第3章 動き出す運命
第9話 相馬眼
オーナーブリーダーとして始動して3か月。
自前の牧場施設「子安ファーム」を修繕し、一応、馬を受け入れる体制を整えた子安圭介だったが。
目下、馬自体がいない。
しかも、馬を譲ってくれるような、親しい競馬関係者もいない。
オーナーブリーダーや馬主には、「馬主協会」というものがあり、その活動内容としては会員(馬主)同士の相互交流、情報交換から、会員が手にした賞金の一部を原資とした地域福祉活動・災害復興などへの助成・寄付、また競馬の主催団体に対して馬主としての意見や要望を伝える役割もあるのだが。
そもそも成りたての彼らは、まだ札幌にある馬主協会から呼ばれてすらいなかった。しかも次回の開催まではまだ日があった。
そして、あっという間に7月を迎えることになる。
7月に行われるセレクトセール。ここには主に当歳(0歳)か1歳の幼駒が集められてセリにかけられる。
もちろん、セリの参加者は馬主かオーナーブリーダーだ。
このセリというのは、それこそ漁業関係者が「高額の魚を競る」ように、「初期金額」から始まって、どんどん競り上げて、一番高額を出した者に馬が譲られる。
一般的には高額であればあるほど、いい馬、あるいは良血統と言われているが、かと言って、高額だから必ず大きなレースを勝てるわけではない。
逆に格安で手に入れたのに、GⅠを勝った馬も数多くいる。いかに良馬を見極めるかが重要になる。
そんな中、圭介はセリに行く前に、美里に相談事を持ちかけていた。
「で、どうするよ。ワトソンくん」
「誰がワトソンよ」
吐き捨てるように言った、美里だが、彼女には、実はある「秘策」があった。
それを圭介に披露することになる。
「どうせ1年目のペーペーの若造のあんたには、
色々とバカにされている気がする圭介は、苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべるが。
「入ってきて下さい」
彼女が、執務室に招き入れた男は、「変わっていた」。
年の頃は、40代後半くらいか。頭がだいぶ後退しており、白髪交じりの短髪で、メタボリックシンドローム気味の、出っ張った腹が目立つ。彫が浅い、平べったいヒラメのような顔をした、お世辞にも「風采がいい」とは言えない中年男だった。
「紹介するわ。こちら、相馬眼を持つ、
「ダジャレかよ!」
思わず突っ込んでいた圭介。
もちろん「相馬眼」という言葉自体は知っていた。
相馬眼。その名の通り、「馬を見る目を持つ者」。
古くは、軍事に馬が使われていたことから、多数の馬の中から、「これは」という馬の能力や資質を見極めることが出来る者を「相馬眼を持つ者」と評したそうだが、実はこの「相馬眼」には明確な基準など何もない。
つまり、優れた相馬眼を持つとされる人物が具体的に、馬のどの点を見ているのかは千差万別なのだ。
一般的には、馬体の骨格や歩行動作、顔つき、筋肉の付き方、馬の性格等を総合的に判断していると言われる。しかし実際には、最終的な判断においては、自身の経験に基づく直感に頼る場合も多く、優れた相馬眼を持つと言われる人達は、この直感が非常に秀でているとされる。
簡単な話「なんとなく」で決めていると言っても過言ではない。
しかも、
(見るからに
真っ先に目の前に立つ、風采の上がらない男、しかも相馬という冗談みたいな名前を持つ、相馬眼の人物を圭介は疑った。
その彼の内面の迷いを、読んでいた美里が制する。
「相馬さんは凄いわよ。
「ああ。あれだろ。確か福島県で毎年開催されてる祭りだろ?」
「そう。元々、相馬野馬追は、相馬氏の先祖である
「だからそれと何の関係が?」
「相馬さんは、その福島県浜通りの出身なの。しかも武士、相馬氏の末裔なんだって」
正真正銘の相馬氏の流れを組む、「武士」の末裔、それがこの男の正体らしい。最も、彼は相馬氏の末裔と言っても「分家」出身らしく、直系の子孫ではないそうだが。
さすがに驚いた圭介だが、どうもこの風采の上がらないおっさんに、そんな力があるか疑わしいという目は隠せていなかった。
すると、男はおもむろに口を開いた。
「この相馬慎三郎。
男、相馬慎三郎は神妙な面持ちで、特徴的な福島訛りで答えた。
(どこのヤクザの世界だ)
苦笑する、というより、もはや「呆れた」に等しい圭介。
(この男、借金の負い目に協力したんじゃねのか)
と、疑いたくもなっていた。
実際、この相馬と美里の間に、何があって、彼が美里にどんな恩義を感じているのか、そして福島県の相馬地方出身の相馬が、何故この北海道にいるのか。
それについては、圭介はさして興味がなかった。
興味があるのは、その「相馬眼」が本物かどうかだけだ。
圭介の頭の中では、当時流行った某国民的RPGの、仲間が増えた時に流れるBGMが流れていたが、同時に「呪われた時」のBGMも流れていた。
相馬眼を持つ怪しい男の加入が、吉と出るか、凶と出るか、結果は神のみぞ知る状態だった。
彼らにとって、初めてのセレクトセールが始まろうとしていた。
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