第7話 影のある男

 オーナーである子安圭介、秘書である宮村美里、そして将来の厩務員である林原真尋。


 3人体制になり、しかも男1人に、女2人の「両手に花」状態になるものの、圭介は不安でいっぱいだった。


 その理由とは、

(人員が足りない。せめてもう少しいる)

 10haのスペースは思った以上に広かった。


 厩務員が仕事場として務めるべき厩舎だけでも広いし、それ以外に放牧地もあるし、餌などを管理するサイロもある。


 とても、真尋一人では足りない。


 仕方がないから、募集をかけた。

 当時、インターネットによる募集広告もあったが、現在ほど盛んではなかった。そのため、インターネットと新聞広告、それに求人雑誌を利用した。


「求む 厩務員。住み込みで働ける人募集。年齢・性別・経験問わず」


 などと記載し、相場に近い時給を提示した。


 ちなみに、中央競馬などの言わば「正式な」場所では、厩務員になるには経験や資格が必要だが、圭介の牧場はあくまでも「個人事業主」に近いので、経験値すら問わなかった。早い話が「働けるなら誰でもいい」というくらいにハードルを下げている。


 だが、1週間経っても、誰も現れなかった。

 いくら「不景気」の世の中であっても、「住み込み」というのが問題だった。つまり、若者はプライベートを重視する。


 住み込みで働く牧場など、プライベートはないに等しいし、四六時中監視されているようにすら思われるのかもしれない。


 そこで、

「個室の寮あり。勤務時間以外は自由」

 という文言を付け足した。


 正確には、この一軒家は広いだけで、寮ではないが、嘘は言っていなかったからだ。

 最も、当時は、平気で嘘をついて、騙して人を入れるような企業がザラにあったが。


 さらに1週間後。


 一人の男が応募してきて、面接をすることになった。

 面接官はまたもオーナーの子安圭介自ら、立ち会いは前回と同じく美里だった。


 2人は一応、正装のスーツで立ち会う。


 やって来たのは、20歳前後の若者で、真尋と大して変わらない年齢と思われた。だが、暗い。


 とにかく表情が暗いのが、第一印象だった。

 俯き加減で、表情にもどこか「影」が感じられる。身長は175センチくらいで、割とがっしりとした体つきをしていたから、体力はあるように思われた。


(名前は、結城ゆうきとおる。20歳。日高町出身か)

 男は、結城亨と名乗る男で、三石町からは多少離れている、内陸の日高町(合併後の現在の日高町より小さい)の出身。


 高校を卒業後、地元のコンビニや牧場スタッフとしてフリーター的な働き方をしていたが、いずれも長く続かなかったらしい。


「志望動機は?」


「はい。私、親が酪農の仕事をしてまして。その関係で、動物関係には詳しいので」

 それだけだった。


 あまり詳しくは語りたがらないというか、何かを「隠している」ようにも見えるその素振り。


 とりあえず、詳しく聞いても答えてくれなさそうな雰囲気があったので、面接は終了して、帰らせた。


 その後、圭介はリビングで美里と話し合う。


「どう思う?」

 率直な意見を聞きたかった圭介から話を振る。


「うーん。正直、よくわからない、という印象ね」

「だよなあ」


「でも、いいんじゃないかな。人にはそれぞれ事情があるだろうし、嘘は言ってるように思えなかったし。それに……」

「それに?」


「社会人経験がほとんどない、20歳の男に、高い経験値を求めること自体が酷なことだしね」

 一理ある、と圭介も納得した。


 ということで、翌日には「採用通知」を出して、その男、結城亨が3人目のスタッフとして加入することになる。


 採用理由としては、表向きは「力がありそうで、力仕事には役に立ちそうだ」というものだった。

 つまり、厩務員というのは意外と体力を使う。


 重い物を持つ必要があるし、朝も早い。

 北海道の真冬の朝は、とてつもなく寒いから、環境に慣れている地元民の方が都合がいいし、女性の真尋一人では荷が重い力仕事の足しになると考えた。


 ようやく4人体制となる。


 だが、これ以上、さらにスタッフ募集をかけようとする圭介に、美里が「待った」をかけた。


「何でだよ?」

 何でわざわざ採用活動を止めるのか、と圭介はいぶかしんだが。


「当たり前でしょ。お金がもったいない」

 スタッフ1人の給料にしても、積もればバカにならない金額になる。


 約1億円という資産があるとはいえ、無駄遣いをしている余裕はなかった。


 ということで、当面は「少人数体制」で行くことが、圭介と美里の同意の元、決定された。


 あとは、この牧場の名前、そして現状把握だった。


 そして、そこからが実際問題として「大変な」問題だったのだ。

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