第5話 ないないずくし
無事に馬主、というかオーナーブリーダーというか、になれた彼、子安圭介だったが。
すぐに問題に直面する。
「ない!」
思わず叫んでいたほど一面、原っぱだ。
そう。ここには施設という「器」しかない。
馬自体がいないのだ。
そんな絶望の声を上げる圭介に、相棒とも言える美里が説明する。
「そりゃ、ないでしょ。いい、圭介? まずオーナーブリーダーにはこれだけの費用がかかるの」
そう言って、彼女は、わざわざノートに書いてきた一覧を見せて説明した。
【支出】
①馬の購入費用: 数百万円から数億円。馬によって異なる。自家生産しない限り、毎年必要。
②厩舎への預託料: 中央競馬の厩舎に馬を預けるために毎月60~70万円必要。
③放牧時の費用: 毎月20~40万円必要(主に餌代)。
④放牧地と厩舎間の移送費用 : 放牧地へ移送する費用もかかる。なお、厩舎と国内の競馬場の間の輸送費用は発生しない(中央競馬会が負担するため)
⑤治療費: 馬が怪我や病気になった場合に発生。
⑥保険料: 年1回発生。平地競走の競走馬の場合、概ね馬の価格の3%から5%くらいになることが多い。
【収入】
①特別出走手当 : 全額馬主に入る。新馬・未勝利競走の場合42万3000円が基本(ここから加算減算が発生する)。
②本賞金 : 競走馬が5着以内に入った場合に入る。
※例: 平地未勝利戦で3着になった場合、130万円なので、馬主にはその8割、104万円が入る。
③出走奨励金: 競走馬が6着から9着(重賞及びオープン特別は10着)に入った場合に、1着とのタイム差が所定時間内だった場合(重賞・オープン特別の場合は未勝利・未出走でない限りタイム差要件はない)に入る。
※例: 2歳新馬戦で8着になった場合、42万円なので、馬主にはその8割、33万6000円が入る。
④特別出走奨励金: 3(4)歳以上のGIレースで11着以下に入った場合に、大阪杯・天皇賞(春)・宝塚記念・天皇賞(秋)・ジャパンカップ・有馬記念は200万円、それ以外は150万円。馬主にはその8割(つまりそれぞれ160万円、120万円)が入る。また3(4)歳以上芝1800m以上のGII競走で11着以下に入った場合も馬がオープンなら100万円、3勝クラスなら50万円(これも馬主にはそれぞれ80万円、40万円)が、所定のタイム差以内であれば入る。また、有馬記念ファン投票で10位以内の馬が出走した場合、ワールドオールスタージョッキーズ・ヤングジョッキーズシリーズでも入る。
⑤距離別出走奨励賞: 3(4)歳以上芝1800m以上の、オープン・3勝クラス・2勝クラスと、1勝クラスの特別競走に出走した馬のうち、10着以内に入った馬に対して交付される。
※例: 3歳以上2勝クラス芝2000mの競走で5着に入った場合、26万円の8割、20万8000円が入る。
⑥内国産馬奨励賞: 内国産馬で5着以内に入った場合に入る。
※例: 2歳新馬戦で1着になった場合、170万円の8割、136万円が入る
⑦内国産牝馬奨励賞: 内国産の牝馬で、牝馬限定戦以外の新馬・未勝利戦(3歳春季まで)で5着以内に入った場合に入る。
※例: 2歳未勝利で3着になった場合、35万円の8割、28万円が入る。
⑧付加賞: 特別競走で3着以内に入った場合、特別登録料のうち1着7割・2着2割・3着1割が賞金として入る。なお、付加賞に関しては調教師の取り分はなく、平地競走の場合9割が馬主に入る。
⑨馬主賞品: 優勝した馬の馬主に対して、所定の金額相当の賞品と競走を記録したDVDが入る。
そのノートを見つめ、目を走らせて、思わず圭介は叫んでいた。
「めんどくせえ! こんなもん、覚えられるか!」
「別に覚える必要ないけど。ノート見ればいいんだし」
「つまり、一言で言うとどういうことだ?」
その質問に、彼女はいじめっ子のように、意地悪く微笑んだ。
「勝てなければ、赤字ってこと」
「借金地獄じゃねえか!」
「何を今さら。わかっててこの3年、我慢したんじゃないの?」
「いや、ある程度はわかってたけど、こんなにかかるのか?」
「そうよ」
「じゃあ、まずは従業員からだな。人がいないと、仕事が回らないし、話にならねえ」
そう呟き、天を仰ぐ圭介。
北海道の3月は、内地の感覚ではまだ冬と言っていいほど、寒い。
関東より西では、すでに桜が咲いていてもおかしくないが、北海道で桜が咲くのは大抵5月に入ってからだ。(※現在は地球温暖化の影響で4月末のところもある)
その肌寒い空気感を感じながら佇む彼に、彼女は告げた。
「あ、それなら一人、当てがいるから、今度面接に連れてくるね」
「誰だ?」
「私の
「従妹? いくつだ?」
「18歳」
「18歳! ガキじゃねえか。しかも未成年。いいのか?」
(※当時は18歳は未成年扱い、2022年から成人年齢は20歳から18歳に引き下げ)
「いいんじゃない、別に。それに若い女の子だから嬉しいでしょ」
「別に」
一応、目を逸らしていた圭介が、心なしか、嬉しそうな顔をしていたのを、美里は見逃さなかったが、その表情が、この後、一変することになる。
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