53 月光の花

 1日目、2日目共に日が完全に暮れるまで移動し3日目の今日ようやく地図にあるアメリ湖に辿り着いた。

 足元が泥濘ぬかるんでいるため湖には近づかず遠回りに対岸を目指す。

 ネヴェアによると湖の東側、湖と山との間に木々が開けて月光が届く場所に月光の花は咲いているらしい。

 時期は関係なく月さえ見えていれば採取出来るらしいが他の人が取った後だと量が取れないのでバッティングしない事を祈ろう。


 相変わらずゴブリンは現れるが沼地の方から現れるウォーターフロッグが一番多い、今回は帰るのにも日数がかかるため死体は放置して進む。

 沼地の方向が南側から西側へ傾き初めた頃、丸々と太った大きなヘビが後ろ側から現れた。

 すでに食事済みらしく数個の丸みを帯びた巨体はまだ食事が足りないのかこちらに口を開けて警告音を発してくる。

 泥に塗れて太ってはいるが見た目と色的にダンジョンにいたウォータースネークの育った個体だろう、倍近い大きさになったこいつならフロッグを余裕で丸呑み出来るので放置した死体から匂いを辿って来てしまったのかも知れない。

 ダンジョンでは巨体と動きの速さと何より首を切り落としても動くほどの生命力に難儀したが今ここにいるのはゴブリン達を抜いた魔法がメインの連中が大半だ。

 ウォータースネークがここが死地だと気がついた時には体に魔法が突き刺さり飛爪が膨らんだ腹を切り裂いた。

 勝てないと悟ったウォータースネークが身を翻し東の方に逃げて行く。

 沼地に入らないように西側からゴーレムを近づけさせていたのが裏目に出た、この辺には以前立ち寄った辺境の村があるのだ手負いとはいえあんなのに襲われたら不味い事になるかも知れない。


 フォレコに追いかけて北側に行かせないように伝え、トラッドに逃げる先に案内するように命令する。


 走ってトラッドを追いかけて行くと50mほどの木々が開けた場所で死んだウォータースネークと共に待っているフォレコに追いついた。



「ありがとうフォレコ、無事に倒せたか。」


「ニ゛ャー」



 フォレコを撫でて感謝を伝えると辺りを見回す、周囲に咲くチューリップの様な白い花々どうやらここが目的地らしい。

 クルス達に広場の外でウォータースネークを解体してもらいその間に簡易鑑定のメガネで花の名前を確認する。

 確かに月光の花で合っているらしい、花の中に溜まる蜜を集めるらしいがやる前に念の為ネヴェアにも確認しておくか。



「ネヴェア、この花の蜜を集めればいいんだよな?」


「あたしも初めて見るけど絵で見た見た目と同じだね。後は晴れた夜に蜜を集めるだけさ。」


「花を切り取ったり掘り返したりはしなくて良いんだな?」


「そんな事したら二度と手に入らなくなって下手すりゃお尋ね者だよ!傾けて器に移すだけでいいんだよ!」


「そうよ!魔物をけしかけて花畑を荒らすだけじゃ飽き足らず掘り返したりしたら生きては返さないんだから!!」



 突然聞こえた聞き覚えのない声に振り向くと木から上半身を生やした全身緑色の少女がいた。



「アイビードライアド!喋れるのか!?」


「失礼ね!あんな狂った下級精霊と違ってれっきとした本物のドライアドよ!」



 咄嗟に身構えて慣れない剣を抜いたがどうやらまだ襲われることは無いらしい。

 警戒を緩めずに戦闘態勢のままドライアドとの会話を続ける。



「そのドライアドが何の用だ?」


「用があって私が来たんじゃなくてあんた達が私の所に来たのよ。」


「ここはドライアドが管理してる花畑なのか?」


「そうよ、ここに限らず上位の素材がある所には大抵精霊がいるから気を付けなさいあんた達なんか簡単に殺されちゃうんだから。」


「なるほど、ウォータースネークを追い込んでしまった事はすまなかった。

 追い込むつもりは無くてたまたま逃げていった先がここだっただけなんだ、詫びが必要なら用意するよ魔力を込めた土の魔石でどうだ?」


「あら分かってるじゃない、でも足りないわ月光の花は土と水と闇の魔力が必要なの。」



 土属性の精霊だから適当に土の魔石を上げてみたが合ってはいたらしい、魔石ですむなら簡単だダンジョンで取ってきて魔力を込めるだけですむのでこちら的には非常に助かる。



「ならその3種の魔石を用意したら今夜蜜を採取してもいいかな?」


「用意できる物なら用意してみると良いわ、今持ってもいないのにどうやって用意するつもりかしら?」


「大丈夫、今夜中に用意するよ。それじゃあ急がないといけないから一旦失礼する。」


「本当に持ってくるつもりなの?出来ると言うなら待っててあげるけど精霊との約束を違えた時は覚悟しなさい。」


「大丈夫、魔力量は分からないけど魔石自体はすぐ集まるからな。」



 ウォータースネークを一度全て準備部屋に運びフォレコ達に土と闇の魔石を1個づつ取って来るように頼む。

 水の魔石は3日前からネヴェアが21階にレベル上げに行ってるから何個かある。

 今あるMPをすべて水の魔石に注ぎ込むがドライアドが要求する量に足りるだろうか?




夜も深け23時を過ぎそろそろ行ってもいいだろう。召喚獣たちにも協力してもらい3種とも5千以上づつMPを込められたはずだこれでダメならクルス達ホムンクルスにMPを入れてもらおう。



「あら、逃げるための方便かと思ったら本当に持ってきたのね。」


「言っただろ魔石を用意するのは楽なんだ、出来るだけ魔力を込めたけどこれで足りるか。」


「ん~元通りに戻すならもうちょっと欲しいけど本当に用意してきた正直さに免じて許してあげるわ。」


「よかった、もう少しでいいならなんとかなる。

 クルス、ダリア、この魔石に5千づつMPを込めてくれ。」



 またすぐ蜜を採りに来る可能性がある以上完全に元通りにしてくれた方が助かるからな、多い分には問題ないだろう。

 魔力を込められた魔石をドライアドまで持っていく。



「いや、なにそいつら。なんで人間が上位精霊並みに魔力持ってるのよおかしくない?」


「おかしくないよ、人間じゃないんだから大丈夫だ。」


「人間じゃないの?なら良いのかしら、こんなに魔力が多いの見たこと無いけど。」



 この世界ってホムンクルスはいないようだな、人類を滅ぼしたとか書いてあったし更に他の世界の産物なのかも知れない。



「それで、これだけ魔力があれば花畑を直せるんだよな?」


「十分すぎるわ、直すどころか広げることも出来るわね。」


「なら約束通り蜜を採らせてもらうよ。」


「いいわよ、好きなだけ採っていくと良いわ。花を傷つけないように注意なさい。」



 俺とクルスとダリアでこの為に買ってきた果実酒用の瓶に移していく。

 意外と沢山の密が溜まっていて1本で缶コーヒーの1/5くらい採れている気がする。

 ここに来るまでは広場に数本とかのイメージだったんだが100本以上あるしなんか思ってたのと違うな。



「なあ、貴重な花だって聞いてたんだがこんなに生えてるのが普通なのか?」


「そんなわけがないでしょう、蜜を採れば採るだけ花は枯れやすくなるわ。

 ま、あんたのくれた魔石のお陰でしばらくは安泰だけどね。」


「なるほど、この景色も見れるのは今だけって事か。」


「でしょうね、この近くにも人間が村を作ったし数十年後には無くなっているかも知れないわ。」


「その辺は俺にはどうにも出来ないから諦めてもっと山の反対側とかに逃げるこったな。」


「何年かに1度魔石を持って来てくれてもいいのよ?」


「ここまで来るのも大変なんだ、必要な時くらいしか来れないよ。」


「人の街じゃこの蜜を売れば何年か暮らせるって聞くわ、なら何年かに1度採りに来て売れば生活できるんじゃないの?」


「確かに、なら気が向いたら来るって事で。

 旅に出るかも知れないし約束はできないからね。」


「十分だわ、まだしばらくはここまで来る人間も少ないだろうし10年は問題ないと思う。」



 その後もしばらく雑談を続けたが流石に眠くなったのでお開きになった。

 精霊との約束を破ったら覚悟しろと脅されたので明言は避けたのだが多分またすぐに来ることになるだろう。

 四肢欠損の修復など地球でも異世界でも高額で売れるのだからあればあるだけ良いに決まっている。

 花5本分の蜜で金貨1枚ならこれで金貨20枚分はあるだろう、西側の花畑次第だが一気に大金持ちになれるかもしれないな。

 製作魔法の期限次第だが2個は作れそうな余裕は出来たので安心した。

 材料を渡しても順番待ちの優先権だけで安くはならないらしいしな製作魔法じゃないと作れないのか国や貴族が搾取しているのか分からないが材料費1回銀貨20枚の物が白金貨1枚になるのだからボロい商売だ。


 街に一度戻ってから西の湖の向こう側まで一週間移動ばかりになってしまうがおかげで中級ヒールを取ることも視野に入ってくる、地球での売却額も調べておいたほうが良さそうだな。

 陽光の花を採取したらゆっくりとどちらにするか決めようかな。

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