第15話 ブレーカー

 置き去りにされた愛情は、やがて憎悪に変わっていた。イライラとした手つきで、新藤あかねは煙草の火をけして、二本目に手を付ける。1回で火が点かなかったライターにまでイライラしていた。


 30歳を目前にして、赤坂真は出ていった。


ーごめん、これ以上は無理だー


 そんなメッセージ一つで、7年一緒にいた部屋から出ていった。彼の荷物もなかった。電話もSNSも全部ブロックされて連絡のつけようがない。


 兆候なんてものが全くなかった。仲良くやれていたように思うし、出ていく二日前にはSEXだってした。あえて言うのであれば、30歳目前にして、そろそろ区切りをつけてもいいんじゃないかとは思っていたが、それを彼に急かした覚えはない。あかねは特に子供が欲しいという強烈な願望がなかったからだ。


 1週間は泣きに泣いた。やがて涙は枯れ、今残っているのは彼に対する憎悪だ。7年以上付き合って、それなりに思い合った相手に対して、理由を言わずに出ていったことにどうしようもない怒りを感じていた。


 彼と付き合うようになってから禁煙していたのに、見事に復活した。会社の人たちは急に煙草を吸いだした私に対して、思うところはあるだろうが、触れずにいてくれる。その優しさには感謝する。聞かれたら、ギリギリのところで耐えているこの怒りのダムが決壊して、とうとうと不満を述べてしまうに違いない。仕事はしなくてはならない。あんな奴の為に、これ以上自分の生活をかき回されるわけにはいかない。そうでなくても最初の1週間は使い物にならなかったのだから。今まではあり得ない様なミスを連発して迷惑をかけてしまった。私はよく、公私混同して社内にプライベートを持ち込む人間をどこかバカにしていたが、いざ自分がなってみると同じことだった。それが恥ずかしくて、悔しかった。そんな怒りもどうにか煙に変換して仕事をしている。


 二本目の煙草も燃え尽きた。これ以上席を空けるわけにはいかない。あかねはしぶしぶ消臭スプレーをかけて仕事へ戻った。


 席に戻り、いざパソコンへ向かうとバツン、とパソコンが落ちた。停電したのだ。


「やばい!データが!」


 所々で悲鳴が聞こえる。真っ暗になった中、あかねは何か思い出しそうになった。


「すぐにブレーカーがあがるだろうから、落ち着いて。」


 そんな上司の声が聞こえる。


 ブレーカー。


 そうだ、昔、そんな話を真とした。


ー俺さ、時々ブレーカーが落ちちゃうんだよね。ー


ーブレーカー?ー


ーそう、それまで仲良かった奴なのに、ある日突然、あ、こいつとはもう無理だ、みたいになっちゃうことがあるんだよ。ー


ーえ、それってなんかずるくない。ー


ーずるい、か。確かにな。でも表現できないんだよ。本当にブレーカーみたいに、突然ダメになっちゃうんだ。理由なんて俺にもよくわからない。ー


ーひどいな。ー


 そうだ、そんな会話をしたことがある。その時はあまり気に留めなかった。なぜなら、自分に彼はずっと愛情を与えてくれていて、それが途切れるような不安感がその時にはすでになかったからだ。


 そういう、ことなのだろうか。ブレーカーが落ちたのだろうか。私に対して、ある日突然?積み上げてきたと思ったのものは、幻だったのだろうか。煙みたいな。


「中々戻らないな。」


 そんな上司の声が聞こえる。


 あかねはもう少し、もう少しブレーカーが上がらない様に祈っていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る