第16話 僕は僕が

 長所なんてない。僕は僕が苦手です。危うくそう言いそうになって、堪えた。「貴方の長所は?」という質問に、今までと同じような回答を出す。


「どんなことにも最後まで責任を持ってやり通す真面目なところです。」


 間違いではない。でも、長所だとは思っていない。単に、投げ出す方法がわからないだけだ。まさに、今この瞬間みたいに。


「貴方の長所は?」


「大学時代の経験を活かしてどう活躍していきたいですか?」


 何度も何度も聞かれて、何度も何度も答えて。昔、なんかのTVで「同じことに何度も答えないといけないのが時々ちょっと疲れます」と言った男優がいた。アイドルとか俳優とか全く興味ないけれど、最近ちょっと尊敬しだした。「今回の番組の見どころは?」と毎回聞かれて、毎回答えるんだろ。それってすごく精神力のいることだって、最近よくわかったよ。


 面接会場を後にして、会社から出る時に、喫煙室が目に入った。入るべきじゃないんだろうけれど、外から見るに誰もいない。もういいやと僕は喫煙室に入った。


 残念なことに大学生活を経て、得たものなんて何もない。酒と煙草を覚えたくらいだ。どの講義のテストも、もう一度受けるなら合格はもらえないだろう。わかったことと言えば、俺も別に何か突出するものがあるわけじゃない普通の人間だと言う事くらいだ。


 煙草に火をつけてみれば、手癖でスマホを取り出した。万が一に備えて切ってあるスマホの電源を入れる。瑞穂からの連絡が3通ほど来ている通知。見たくないな。瑞穂は一つ年下の彼女だ。最近全然会えてないから、よく連絡がくる。


「お前も来年になったらわかるぞ。彼女と飯食うエネルギーなんてないんだ。」


 と、言いたいけれど言わないのは、彼女なりに十分理解していることがこちらもわかっているからだ。誘いをどんなに断っても謝ってくるだけだし、家に突然来たりしない。同居してなくてよかったと本当に思う。瑞穂はそうしたがっているけれど。いい加減、ちょっとは俺も時間を作って夕食くらいはとるべきなんだろう。


 吐き出した煙に「いいな」なんてちょっと思った。こいつら勝手に浮遊するだけでいいなんて。


 誰もいなかったのに、二人会社の人が入ってきた。俺を見て、談笑を止めてしまった。さすがに居心地が悪くて顔を見られない様にそっぽを向く。自分の顔が見えて、驚く。銀色柱に自分の顔が映ったのだ。疲れた自分の顔に目をそらすと、後ろに映る会社の人はきっちりとネクタイを締めていた。何が自由な社風だよ。こんなに暑いのに、と思う。思うけど、いい加減どこでもいいからその中に自分を入れて欲しかった。もういっぱいいっぱいだ。瑞穂ともこのままダメになりそうで怖い。


 なんで就職活動なんてしてんだろう。いや、しないとダメなんだけど。働かないといけないんだけど。なんでなんだろうな。「義務」がネクタイみたいに首を絞めてきているんだ。


 リクルートスーツは着るべき。質問にはこう答えるべき。卒業するべき。瑞穂とちゃんとご飯を食べるべき。


 義務でしか動けない、そんな自分が苦手なんだよ。嫌いなんじゃない。苦手なんだ。義務でしか俺は動けない。


 なんでなんだろうな。好きで付き合ってるはずなのにな。瑞穂の顔は最近全く思い出せなくて、通知の四角の中にある文字だけなんだ。そこに煩わしさしかないんだ。


 好きで人と付き合えても、好きで生きてるわけじゃないなんてな。


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