第12話 涙の代わりに

 雨の日は煙草の煙が外に出ていかない。煙まで自由になれないなんてな。狭い部屋で、どうでもいい気分になる。


 幸の残した煙草を吸うようになって、1か月が過ぎた。一箱吸ってみたら慣れてしまって、買い足してしまった。煙草を吸うのを咎めてたからだろうか。彼女が出て行ってしまったのは。


 その割には色んなものを残して出ていった。煙草も服も。自分が買い与えたからだろうか。尽くしてきたのに。なんでもしてきたつもりだったのに。


 笑い合った記憶もあるはずなのに、なぜか彼女の煙草を吸っていた仕草だけを思い出す。煙草の煙は嫌だったけれど、コンビニに行くと必ず彼女の煙草も買っていった。なくなると、買いに行ってしまうから。雨でも、嵐でも。


 幸になぜ煙草を吸うのか聞いたら、亡くなった父が吸っていたから、と答えていた。ふうん、と俺は答えた。あまり詳しく聞いたらいけないと思ったから。幸はつまらなさそうに、また煙草に火をつけていたっけ。


 あの時、俺も煙草を吸っていたら何かがかわっていただろうか。煙草の煙で少しぼやける部屋を見て思う。


 一緒に煙草を吸うんじゃなくて、聞いてあげたらよかったのかな、と今になって思う。連絡も細目にしていた。好きなものはちゃんとわかっていた。料理や洗濯などの家事もほとんど自分でやっていた。でも、幸がしてほしかったのはそんなことじゃないんじゃないか。


 そんな風に、今なら思う。雨が降っていても構わず、こうやって窓辺で煙草を吸っていた幸。同じようにすると、なぜかひどく泣きそうになるのだ。彼女の涙は一度も見ていないけれど。煙草を吸っている時、彼女はいつも笑ってはいなかった。


 戻ってこないだろう。もうわかっている。彼女の煙草を常に買い足していたって。

 

 煙草は彼女の代わりにはならない。わかっている。だけど、手はもう1本と伸びた。


 俺も泣くのが下手くそだ。

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