第11話 煙草を吸う女

「俺、煙草吸う女、嫌いなんだよね。」


 彼はそう言っていた。そんな彼が私は大好きだった。それでも、私は朝に1本だけ吸う煙草がやめられなかった。


 元々ずっと、そうだった。毎日1本だけ、化粧をして、赤い口紅をつけた後窓を開けて、1本だけ吸う。


 呼吸できる気がするのだ。なぜかとても。背徳感なんだろうか。1本だけだ。止めようと思えばきっと辞められる。だけどその1本がやめられなかった。赤い口紅が残った吸い口を灰皿に残すとなぜか安心した。


 吸い終わったら部屋にフレグランスのスプレーをかけて、香水をつけていく。ばれたことはなかった。彼にも。


「悪い、終電逃して。泊めてくれないか。」


 そんな酔った彼の急な来訪に、私は灰皿を隠すことを忘れてしまっていた。彼は、気づいてしまった。


「だよ、これ!」


 彼は灰皿を床に叩きつけた。ゴン、という鈍い音がした。


「俺、言ったよな。煙草吸う女が嫌いだって。お前、吸わないって言ったよな。」


「ごめん。」


「しかも、よりによって口紅付きかよ。」


 多分、この恋はもう終わりだ。片づけをしようとする、私の腕を強く握った。痛かった。


「俺のお袋はな、ろくに面倒も見ないで男と遊んでばかりだった。家にいる時はいつも馬鹿みたいに煙草吸って。こんな風に口紅がついた煙草を殴られた後片づけてた。最低なんだよ。」


 今度は私が驚いた。


「うちもそうだったの。私は両親とも煙草を吸う人で、二人とも愛人がいて。赤い吸い口がついた煙草はいつも母が残すものだった。」


 私たちは見つめ合った。初めて心が交わって、決定的に違うことが分かった。


「貴方は嫌いになって、私はきっと縋ってるのね。」


「…。」


「私たち、変に大人になっちゃったね。」


「…帰る。」


「気を付けてね。」


 扉は閉まった。こんな夜中掃除機をかけるわけにはいかなかったから、私は吸い殻を拾い、ティッシュを濡らして灰を拭いた。涙が出てきた。


 それでも私は、明日もまた、朝に1本だけ煙草を吸うのだろう。

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