第7話 引き金を引いたのは貴方
「この人!本当にいいレシピだからおすすめ。」
それは私の家の換気扇の下で、二人で煙草を吸っていた時の出来事。
私が自炊のレパートリーを増やしたいと、話すと彼が言い始めたのだった。彼がYOUTUBEの中で、筋肉質で髭を生やした優しそうな男性がレシピを紹介しているのを見せてくる。
彼のスマホを受け取り、内容を見ると簡単ではあるもののかなりお洒落なれシピだった。
「なにこれ。おいしそうだけど、ワインビネガーなんて高級なもん、うちにないわよ。」
「えー、なんか色々調味料あるじゃん。」
そういって彼は、できるだけ煙草は換気扇の下におきつつ、いそいそと調味料を探し出した。
登録者94人のチャンネルだ。
「ねえ、もしかしてこの人、貴方の知り合い?」
「そう、友達ー。お!あるじゃん、ワインビネガー。」
「そういえば、依然お酢にはまった時期があったような…。」
「何だよそれ。あ、ほんとだ、賞味期限切れてる。」
「だよねぇ。」
彼は煙草を置き、ワインビネガーの蓋を開けて匂いを確認した。
「あ、多分大丈夫。これ使えるよ。」
「えー。」
「酢は賞味期限切れても変な匂いがしなかったら大丈夫なんだって。」
「それもこの友達に聞いたの?」
「そう。言っても僕、まだそのレシピは作ってないんだけどね。」
「何それ。」
「いや、でも他のは作ったよ!どれもおいしかったからおすすめだな~。」
そう言って、彼は煙草の火を消して、リビングに戻っていく。
「ねえ、今日それ作らない?材料買ってきてさ。」
「夕食まで家で粘る気?」
「しょうがないじゃん。最近煙草吸えるところ全然ないんだもん。」
「材料費出してね。」
「了解!やっぱり持つべきは喫煙者の友達だな~。」
「…友達。」
「ん?なんてー?」
私は二本目の煙草に火をつけた。
「ちょっと、最近吸い過ぎじゃない?」
「この人も友達なんだよね?」
そう言って、私はスマホの画面を見せる。
「そうだよー。あ、呼ぶ?呼んでいい?」
「…ダメ。」
「いい人だよー。その人のおかげで僕、いろんな交友関係ひろがってさ。」
貴方は私が気づかないと思っているのだろうか。学生の頃からずっとそうだ。毎回、貴方が友人と紹介する男がどの人も筋肉質で優しそう。似たような人を紹介してきて。女の家に、普通に寝泊まりしに来て。
それで私が気づかないとでも?友達じゃないでしょう。貴方が告白しないから、私も告白できなかった。
「ねえ、昔さ、僕たち付き合ってみる?って聞いてきたことあったよね。」
「…いつの話してるの。そんなの酔った勢いじゃん。」
「私は付き合えるよ。」
「は?」
「私は付き合えるよ、あんたと。」
「急にどうしたの?あ、もしかして今日が休みだから夜までしこたま飲んでたとか?」
「帰って。」
「里美・・・。」
「帰って!帰ってよ!!」
「里美、ごめんね、実は俺、」
「うるさい、帰れ!もう二度と来ないで。」
「そんな。俺ら学生の時からずっと友達だったじゃん。」
「帰れ!」
「…また連絡するから。」
そういって、彼は荷物を持って出ていった。
パタン。
扉が閉まる音がする。
「あつっ。」
二本目の煙草が根元まで燃えていた。慌てて灰皿に落として、手を冷やす。
「…友達なんかじゃないんだよ。」
スマホからまだレシピ紹介の声がする。次、彼が来たら、私は泣きはらした目をしているだろう。
そして、やっと、この恋は終わる。
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