第4話 きれいなものを見上げたくて

小さい頃、シャンメリーの泡をいつまでも見ていた。


きれいだな、そう思って。テーブルの上に置いてあった透明なグラスをいつまでも見上げていた。


今は、もっぱら見上げるのはこの白い煙だけだな。


安城弘子はそう思った。


「換気扇の下で吸えよ。」


ベッドで寝ていた木村敏郎がうざそうに寝返りを打った。


自分はベッドで吸うくせに。


不満を持ちながらも、弘子はガウンを着て、換気扇へ移動した。


ゴウウゥゥゥン。


煙は黒い網に悲惨そうに吸い込まれていく。


弘子と、敏郎の関係には名前がない。


セフレ、という割にはデートに行くし、恋人というには敏郎には別の人がいた。


この家には、吸い殻がいつも3つある。弘子と、敏郎と、知らない誰か。


女の子しか吸わないような、薄いピンクの吸い口に口紅を残していく誰か。


グラスに水を注いで飲む。小さい水泡が汚い。


ここで、割ってみようか。


弘子は少しそう思った。


"大丈夫か”というか“なにやってんだよ”っていうか。


ガチャン。


水を含んだグラスは重い音を立てて割れた。


「何やってんだよ!ちゃんと片しとけよ!」


ベッドからうざそうな声が響いた。


「私、禁煙するわ。」


返事はなかった。グラスは片付けず、服を着て帰ろう。


家に帰って、煙草を捨てて、シャワーを浴びよう。


あの女はきっと、普段、あんな甘い匂いだけ残る軽い煙草を吸わない。


もっと重い、煙草を吸ってるんだ。


私は、次はきっと、クリスマスにシャンパンをごちそうしてくれる男と付き合う。

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