第3話 次に付き合う人は
「別れちゃったんだ。」
木下美希がそう茶化すように言っていた。仕切りがあるだけの個室で、隣の声も聞こえるのに、やけにはっきりと聞こえた。
「わり、ちょっと煙草吸ってくるわ。」
「お前、まだ吸ってるの?俺、一抜けたぜ。」
「あーあー、いつまで続くか楽しみにしておいてやる。」
俺は友人の軽口を交わして、外に出た。灰皿が外にあるところでまだよかった。12月の凍てつく風が少しの酔いもあっという間に醒ました。風も強く、中々火がつかない。
確かに、止めた方がいいんだろうな。
ようやく火が付いた煙草の煙を冷たい息と共に吐く。忙しい時期によくも全員ゼミのメンバーが集まれたものだ。ただ社会人1年目の荒波は皆同じなようで、それぞれの会社の愚痴に余念がない。
美希は、大学時代よりもより一層俺好みになっていた。大学時代は茶髪のロングで化粧も強めだったが、今は黒髪のショートにしていて、前よりも清楚さが増していた。
大学時代から、少し、いいなと思っていた女性だった。彼女は愛嬌があり、人をちょとつついて茶化してくるような子だった。でも彼女は大学に入った時から付き合っている彼氏がいたので、茶化し返すだけで終わっていたけれど。
そうか、別れたのか。
やはり社会人になって環境が変わったのが原因なのだろうか。4年も続いていたのに。
「この寒い中、よく煙草吸えるね。」
考えていた張本人が出てきて、煙が違うところに入り、俺はむせてしまった。
「ちょっと、大丈夫?」
「わり。変なとこ入った。何?まさか今更煙草吸うようになったの?」
「そうなの。チュッパチャップスって銘柄なんだけど。」
「飴じゃないか。」
「うう、寒い。ってか今どきせめて電子タバコにしないの?」
「寒いなら入れよ。吸った気にならないんだよ、電子。」
美希が俺の手から煙草の箱を取り合げる。
「うわー10mじゃんこれ。強いの吸ってるね。」
「そう。肺がんまっしぐら。」
美希の手から煙草を取り返す。かすかに当たった手がとても冷たかった。
「吸い終わったから、入るぞ。」
「はーい。ねぇ、煙草ってそれが一番多いの?」
「メビ〇ス?まあメジャーだよ。」
「そっか。よくあるやつなんだ。」
そういって、席に戻った。土曜の飲み会は盛り上がって、2次会までした後、カラオケに行こうという話になった。最近はカラオケも禁煙だ。肩身の狭い喫煙者はここで別れることにした。
吐く息を白くしながら、美希にアプローチしなかったことを少し後悔していた。
けれど、自分も今、慣れない仕事に手いっぱいだし、何より夢中だった。それを今日、みんなの話を聞きながら自覚したので、時期じゃない。そう思った。
「よっ。」
急に肩を叩かれた。
「美希か。あれ、お前カラオケ行かなかったのか。」
「いやー、久しぶりの飲み会で疲れちゃった。ほら、私基本在宅だからさ。」
「在宅もいいよな。」
「でもなかなか人となりがわかりにくいところはあるよ。」
「わかる。家、どこ?送るよ。」
「大丈夫、私すぐそこなんだよね。あの茶色いの。」
そういって指さした建物は本当に近くだった。
「寄ってく?」
ちょっと気のある女から、これを言われて断る男は、いない。
結局風呂にも入らず、した。
「煙草吸ってる人ってさ、キスが苦いんだよね。」
「悪い。」
相性は、悪くなかったと思う。
「風呂、借りていい?」
「どうぞー。」
軽くシャワーを浴びて出てみると、換気扇の下に灰皿があった。
美希が吸わないなら、恐らく元彼のものだろう。使うことに少し抵抗があったが、行為が終わった後の煙草欲が勝った。
「煙草吸っていい?」
返事が返ってこなかった。元彼のものを使うなという事だろうか。
「・・・吸っていい。ここに来て吸って。」
「え、ちゃんと換気扇の下で吸うよ。あれならベランダ出るから。」
「いいから持ってきて。」
そういうので、一応換気扇は回して、灰皿をベッドの横のテーブルまで持ってくる。
服から煙草を出して火をつける。
うまい。
「ねえ。」
「ん?」
美希が毛布を体にくるんだまま隣に来るから、火があたるんじゃないかとヒヤッとした。
「ちょうだい、一本。」
「なんだよ。今更吸うのはもったいないぞ。」
「一本だけ。」
そういうから、彼女に煙草を咥えさせて、火をつけた。火をつけ方がわからなかったようで、息を吸うようにいった。
案の定、彼女はせき込んだ。
俺はそっと美希の煙草を取って、灰皿に置いた。
「にっが!これのどこがいいの?」
「苦いものをおいしいと思わないとやっていけなくないか?」
彼女が涙目で睨んできた。
「・・・俺、美希が彼女になるなら、煙草やめてもいいよ。」
「本当に?」
「うん。」
ちょっと自信はないが、多分、頑張る。
美希は毛布をかぶって、うずくまっている。咳を落ち着かせているのだろう。
白い煙は、ゆらゆらと部屋を舞っている。
「次付き合う人はー。」
「んー?」
毛布に声がくぐもっていて、よく聞こえない。
彼女は毛布から顔を出してはっきりと言った。
「次、付き合う人は止めてって言っても煙草を止めない人でも、煙草を止める人でもなくて、最初から吸わない人にする。」
煙は、毛布の風で散っていった。
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