作家仲間へのインタビュー

 作家業なぞ、いついかなる時も地獄の有様ありさまでございましょう。

 締め切りも、アイデアも、世間様からの風当たりも。

 ろくなものではございません。落伍者らくごしゃのなるものだと揶揄やゆされた事もありましたが、えぇ全く。その通りでございます。

 そういう意味では、あの地獄変にはよくよく憶えがありまして。

 八寒はちかん地獄がなんの地獄とご存知ですか。

 えぇ、えぇ、よくお調べで。そして残念ながら、その程度の地獄でございます。

 八寒地獄は、世間に知られる地獄とは真逆の様相ではあるらしく、寒さが売りの地獄だそうで。ですがまぁ、それ位の情報しかない程度に、おろそかな地獄にございます。

 百幾ひゃくいくらにも刑場けいじょうのの別れた八大に比べれば、粗末な地獄でしょう。

 あるいは、それ程にまで、厳しい刑場であったのか。

 地獄変は、地獄の様相を描いた絵図にございます。元となるのは経典や、伝承。つまるところ誰かが見聞きした地獄そのものでありまして。けれど八寒は名こそあれども実際どうであるかはあまりと知られておりません。

あぁ、本当によくお調べになっておいでだ。そう八大に関しては、行って帰ってきた伝承すらある。けれど八寒にはそれが無い。行ったが最後、ともとれますね。

 作家業も似たものです。なったが最後、最期までずぅっと、吹雪の中をさ迷うのです。

道は無く、辿った場所すら何処とも分からず、一寸先すら真っ白で。真っ暗で。

 そういう意味では、えぇ、あれは良秀よしひでの人生そのものやもしれませんね。

 何時だったか、良秀に言われた事がありました。良秀がまだ、妻子を失ってすぐの頃です。そして既に、アレを作り始めていた頃の話です。

 葬儀そうぎ供養くようも最低限に、休みすらも碌に取らずにただただ作り続ける良秀を、作家仲間数人で、止めに行った事がありました。

 何が良秀の琴線きんせんに触れたかは憶えておりませんが、手も止めず、良秀はこう言ったのは憶えております。

「おまえ達こそ、コレといった才も持ち合わせていないから、物惜しみなぞなさるのだろう」

 えぇ、多少、頭にキましたが、多分、妻子の事を、私か誰かが、つい言ってしまったのでしょうね。そうであれば互い様です。それに、私の腑にはストンと落ちた言葉でありましたもので。

 才能とは、理解する事だと、勝手ながら私は考えております。

 良秀は解っていた。惜しんだ所で何になるのか。と。

 有る物しか無いのです。無い物は無いのです。

 だのに、亡き者の事をアレコレと言う私達を、良秀はどう思っていたのでしょうね。

 あの地獄を見る度に、それを思い出して痛くなる。

 蓮の花のように捲れ上がった心身が、癒える為には時間がかかる。まだ咲いたばかりのその花をつつかれて、良秀はどれ程辛く、苦しかったでしょう。

 アレは紛うことなく、地獄変でございます。

 本当に、申し訳ない事を、してしまった。

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