16日目

 日曜日。俺は3人にどう切り出すべきなのか悩んでいた。もしかしたら最初の方に行っておいた方がよかったのかもしれないけど、コミュニケーションを取ることを優先してたからこれまで言わなかった。…でも、いつかは切り出さないといけないことなんだ。子供にとって一番と言っていいくらい嫌いな場所。そこに行こうって…。


 「…ねぇ、みんな。今日はちょっとお願いがあるんだけど…」

 「?私にできることなら何でもします。その、舜さんになら、え、えっちなことでも…」


 俺がどう言おうか悩んでいたせいで曖昧な表現になっちゃったら朱里ちゃんは少し頬を染めてそう言った。…いやいや、違う。そうじゃない!


 …けど、俺はどう向き合っていけばいいんだろう?咲のことは友達として好き、朱里ちゃんと日向ちゃんは妹として好き。もちろん結衣ちゃんもだけど。


 「あっ、違う違う!そういうことじゃないんだけど…」

 「お姉ってむっつり?」

 「〜ッ!?違っ!…好きな人とそういうこと考えるのって普通だもん。べつにむ、むっつりなんかじゃ…」

 「ま、まぁまぁ。俺の言い方も悪かったから、ごめん。…その、3人には病院に行ってほしいなって思って…」


 …本当なら引き取った次の日にでも連れていくべきだったのかもしれない。お風呂のときにアザとかたんこぶとかに気づいてたから。それなのに俺はそんな初歩的なことにも頭が回らなかった。


 「…ユイ、舜お兄ちゃんと一緒なら頑張る。…だから、側にいて?」

 「…うん。ちゃんと一緒にいるよ」

 「ん。…お姉ちゃんたちも」

 「…結衣にそう言われたらうちらがビビってるわけにはいかないよね」

 「私も。お姉ちゃんなんだし2人のお手本にならないとね」


 …朱里ちゃんたちは素直に受け入れてくれた。本当ならもっと駄々をこねたりしてもいいはずの年齢なのに、今まではそんなことを言う余裕も相手もなかったんだ。俺もまだまだ高校生だし頼りないのかもしれないけど、もっとみんながわがままを言いやすいような存在にならないと。


 「…や。朱里お姉ちゃんは確かにユイのお姉ちゃんだけど、もうお手本とかはいい。お姉ちゃんはお姉ちゃんのやりたいことをやってほしい。…ユイは、大丈夫だから」

 「…結衣」

 「ユイは、ね?もう、守られるだけの、子供じゃないんだよ?病院だって、本当はすっごく怖い。…でも、ユイにはお姉ちゃんやお兄ちゃんがいるから、だから頑張ろうって思えるの」


 そう呟くように言う結衣ちゃんの声は小さくても確かに耳に届いている。…そっか。結衣ちゃんはそんな風に思ってくれてたんだ。俺も結衣ちゃんにとっての兄になれてたんだ。


 「…お姉ちゃんには横にいてほしい。前に立ってユイを守るより、横に立って一緒にやりたい。ここでなら、お兄ちゃんが守ってくれるこの場所でなら、ユイたちはそうしていいんだって…甘えていいんだって、思えるの」

 「結衣ちゃん。…うん、いくらでも甘えてくれていいよ。俺はお兄ちゃん…家族なんだから」

 「うん!」


 結衣ちゃんはそう言って満面の笑みを見せてくれた。その笑顔がかげらないようにしたい。


 「…そんなの、私だって。でも、結衣や日向にとっていいお姉ちゃんじゃないと私の存在価値がないじゃん!全部中途半端な私なんかじゃ!!」

 「…何、言ってるの。お姉が中途半端なんかだったらうちはどうなるのよ!うちだって、うちだって結衣のお姉ちゃんなんだよ!だから結衣のために何かしてあげたいって思っても全部お姉がやるじゃん!何でも完璧にこなしてうちの出番も横取りして!うちだってお姉みたいになりたいんだよ!!」

 「でも、もう必要ないでしょ!日向の方がすごいもんね!舜さんが学校を休むってなったときに真っ先に反対してたもん!…私は、ただ黙っていい子を演じてるしかなかったのに。それにお兄って呼んでるし!何なの!私は未だに舜さんってしか呼べてないのに。お兄ちゃんって呼んだらこの恋が叶わなくなっちゃうんじゃないかって、本当に妹としてしか見てもらえなくなっちゃうんじゃないかって悩んでるのに!!それに勉強だって日向の方ができるし、これで料理までできるようになられたら私のいる意味がなくなっちゃうじゃん!!」

 「ふざけないでよ!何なの価値って!じゃあ、お姉にとってうちの価値って何!か弱いこと?守れること?…そんな価値、うちはいらない!!…うちはうちにとってのお姉みたいな存在だって結衣に思ってもらいたい。だって、結衣はうちにとっても妹なんだもん。だから、うちは考えた。お姉みたいになるにはどうしたらいいんだろうって。お姉はいつだってうちらの前に立ってた。いつも庇われてばかりで情けなかった。だからうちはせめて結衣の前には立ちたいって思った。それも、最初はうまくいってたんだよ?でも。…だけど!お姉だってうちと対抗するように同じようなこと始めたじゃん!」

 「そんな過去のことなんてどうだっていいじゃん!私は今の話をしてるの!」

 「過去って何!今ってどういうことなのよ!うちは過去だって今だってずっとお姉に憧れてるんだよ!勝手に過去にしないでよ!」

 「日向こそ勝手に私の理想を作らないで!すごい?完璧?…だからこそ私は日向のお姉ちゃんじゃなきゃいけないの!日向と結衣に頼られるような、すごいって思ってもらえるようなお姉ちゃんじゃなきゃいけないのに…」

 「違う!…何で。何で伝わってくれないの!うちは、うちは!…もう、いい!お姉のばか!!」

 「日向ちゃん!?」


 日向ちゃんはそう吐き捨てるとリビングを出て行っちゃった。…俺はどうすればよかったんだろう?どっちかに肩入れするつもりも権利もないだろうし、時には姉妹喧嘩だって必要だと思って口を挟んだりしなかったけど、もっとうまくやる方法があったんじゃないだろうか?どうしてもその考えが頭から離れてくれない。


 …ほんと、中途半端は俺の方だよな。日向ちゃんを追いかけることもできなければ朱里ちゃんを慰めることもできないなんて。


 「…ごめんなさい、舜さん。空気、悪くしちゃって」

 「…いや。それは大丈夫」

 「…そう、ですか。…その、せっかく病院に行こうって誘っていただいたのに申し訳ないんですが、後日で大丈夫ですか?」

 「…うん」

 「…すみません。…その、ちょっと気晴らしに外にでも行ってきます」

 「…そっか。車とかに気をつけてね」

 「…はい」


 朱里ちゃんもそれだけ言ってリビングを出て行った。今残ってるのは俺と結衣ちゃんの2人。


 「…お兄ちゃん」

 「…大丈夫。きっと仲直りできるから。今は2人を信じて待と?」

 「…うん。…ユイ、変なこと言っちゃったのかな?」

 「変なこと?」

 「ん。ユイが言い出さなきゃお姉ちゃんたちが喧嘩することもなかった…」


 俯いたまま搾り出すように呟いた結衣ちゃんの表情はきっと陰っちゃってるはずだ。少し前にずっと笑顔でいさせてあげたいって思ったばっかりなのに…。


 「…ユイが、ユイなんていなければよかったんだ」

 「それは違うよ。…きっと早かれ遅かれこうなってたと思うから。そのタイミングがたまたま今日だったってだけ」


 それこそ、限界まで隠し通した後に大きな問題として発覚するよりもずっとよかったはずだ。


 「でも…」

 「…なら、結衣ちゃんは普通に接してあげて?多分それが2人にとっての支えになると思うから」

 「…ユイに、できる?」

 「結衣ちゃんにしかできないよ。…多分俺が一言注意すれば2人の喧嘩は終わると思う。でも、納得できるかは別。俺は同じ立場に立つことはまだできてないから」


 朱里ちゃんも日向ちゃんも優しい女の子だから、俺が言ったことには素直に従ってくれると思う。それこそ、朱里ちゃんが正しい、日向ちゃんが正しいって言えばそれが正しいことになる。…だからこそ俺は口出しするわけにはいかないんだ。


 「…ん。お兄ちゃんがそう言ってくれるなら、ユイはいつも通りにする。朱里お姉ちゃんも日向お姉ちゃんも大好きなユイのままで。…だから、お兄ちゃんにもいっぱい甘えていい?」

 「もちろん。俺だって結衣ちゃんが…朱里ちゃんも日向ちゃんも大好きだから」

 「うん!ユイだって、お兄ちゃんのこと大好き!」


 そう言ってぎゅっと抱きついてきた結衣ちゃんを俺はしっかりと受け止めた。…少し震えてる結衣ちゃんのためにも俺だってしっかりしないと。

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