17日目

 今日は朝から家の空気が重かった。仕方ないことだと思うけど、やっぱりまだ昨日のことが尾を引いてるみたいだ。少し心配ではあるけど、俺にできることなんて何もないし、下手に介入すると余計にややこしくなっちゃう。


 「…じゃあ、俺はそろそろ行くよ。みんなも鍵をちゃんと閉めて車に気をつけてね。何かあれば気軽に連絡してくれていいから」

 「…はい。いってらっしゃい」


 俺は後ろ髪を引かれる思いをなんとか断ち切って家を後にした。結衣ちゃんにいつも通り接するように頼んだんだから、俺だってそうしないと。


 「おはよ!…舜?何かあったの?」

 「…咲?その、ちょっとな」

 「妹たちのこと?」

 「…はは。咲にはバレてるのか」

 「うん。だって舜は自分のことにはとことん無頓着じゃん。なのに私が苦しんでると真っ先に解決してくれてさ。…そんなん、好きになるに決まってるじゃん」

 「…は、はは」


 通学路で話しかけてくれたのは咲だった。咲のことは友達だと思ってるから気軽に接せられるんだけど、たまにこうやって好意を示してくれるからどうすればいいのか分からない。


 「で?どうしたの?私にも相談してよ」

 「…うん、その。…朱里ちゃんと日向ちゃんが喧嘩しちゃっててね」

 「…喧嘩?」

 「そう。俺が無理矢理終わらせることもできるだろうけど、ちゃんと2人で話し合って納得した上で解決してほしいなって思ってるから」


 というか、そうしないとダメなんだ。2人は考え方の違いで衝突してるだけだし、どっちが正しいとかって問題でもないからな。


 「…そっか。もし私に協力できることがあったら遠慮なく言ってね。朱里ちゃんも日向ちゃんもライバルではあるけど嫌いじゃないから」

 「ああ。もし何かあったら頼む。俺よりも同性の咲の方が2人も相談しやすいだろうしな」

 「…私、舜にも言ってるんだからね?確かに私は無関係と言えばそうなんだけど、でも舜の友達だって自負してるから。だから、舜も私を頼ってよ」

 「…そう、だな。俺も咲に頼りまくるわ」

 「そうそう!相談してくれない方が辛いんだからね!」

 「…ああ」


 咲のおかげでだいぶ気が楽になった。やっぱり友達っていいな。2人にもそんな友達ができれば…って、そういえばどうなんだろう?俺は勝手に学校だし同級生がいるだろうって思ってたけど、確か開校したばかりなんだよな?もしかしてクラスに3人だけ、とか?


 そんなこんなで今日はあまり授業に集中できなかった。そして放課後。俺はすぐに家に向かった。


 「…ただいま」

 「お兄ちゃんお帰りなさい!」

 「うん、ただいま結衣ちゃん」


 俺を出迎えてくれた結衣ちゃんはそのまま抱きついてきた。朱里ちゃんと日向ちゃんは…やっぱりまだ喧嘩中かな?


 その雰囲気は収まることなく寝る時間になった。…これ、やっぱり俺も何か行動するべきなのかな?


 コンコンコン


 「…お兄、ちょっといい?」

 「日向ちゃん?もちろんいいよ」


 俺が行動しようかどうか悩んでいると控えめにドアがノックされた。そして入ってきた日向ちゃんは落ち着かないように視線を動かしている。…いや、俺と目が合わないようにしてるのかな?


 「…おいで」

 「…うん」


 ドアの付近で立ち止まったままの日向ちゃんを呼ぶと俺の側までしっかり来てくれた。


 「………あのさ、お兄。…その、うちが間違ってるのかな?」

 「…日向ちゃんは間違ってないと思うよ。でも、朱里ちゃんも間違ってない。だから俺は日向ちゃんたちの喧嘩に口を挟むつもりはないよ」

 「…うん。うちも間違ってるとは思わない。だってお姉はお姉だもん。昔も今もうちの好きで尊敬するお姉なんだもん」

 「うん」

 「…うち、お姉が馬鹿にされるのは嫌。それが例えお姉自身でも。…それなのに、お姉は今の自分が嫌いなのかな?」


 日向ちゃんはそう言って黙った。俺の言葉を待ってるのかな?


 「…もう一回、お姉と話してみる。うちがどれだけお姉に救われてきたのか、お姉に伝えてくる。…うちは、お姉と仲直りしたい」

 「…そっか。がんばれ」

 「うん。…話聞いてくれてありがとお兄」

 「またいつでも頼ってくれ」


 日向ちゃんはそれだけ言うと部屋を出た。…さっきの沈黙は自分の気持ちを固めてたってことかな?なら俺が変なこと言わなくてよかった。


 〜三人称視点〜

 舜の部屋を出た日向ちゃんはこの2週間くらいですっかり落ち着けるようになった自室へと向かっていた。


 「…お姉、ちょっといい?」

 「…うん。いいよ」

 「…その、昨日のこと、なんだけど」

 「…うん」


 日向ちゃんも朱里ちゃんも少し硬い声で話している。


 「…じゃあ、ユイはお兄ちゃんの部屋に行ってるね!」

 「…結衣」

 「お姉ちゃんたち、ちゃんと仲直りすること!」

 「…うん」


 そう言い残して結衣ちゃんは部屋を出た。2人きりになった部屋の中はしばらくの間静寂に包まれていた。


 「…うち、やっぱりお姉が好き。過去だけじゃなくて、今でも」


 そんな静寂を払ったのは、小さくも確かな芯の強さが滲む日向ちゃんの言葉だった。


 「…私は、嫌いなんだと思う。昔は好きとか嫌いとか考えてる余裕はなかったから気づかなかったけど、舜さんのおかげで自分自身を見直す余裕が出たの。最初は気張ってた。だから気づかなかったんだけど、舜さんを信じられるようになってきたら日向も結衣も私の何倍も舜さんと仲良くなってた。それなら私はせめて舜さんの役に立とうと思ってた。朝は私が一番得意だったし、最初はうまくいってたの。舜さんにも褒められて頼られて。…でも、勉強は全然できなかった。日向も結衣も簡単に解いてる問題が私は分からない。舜さんから細かく解き方を教えてもらわないとダメだった。だから、朝も舜さんに勉強を教えてもらってる。…舜さんの、邪魔してる」


 どこか遠い目をしてそう話す朱里ちゃん。それに対してぷくっと頬を膨らませているのは日向ちゃん。


 「…お姉だけズルい!うちもお兄と2人っきりでお勉強したい!」

 「日向!?…そ、その、迷惑になるでしょ?」

 「迷惑かどうかはお兄に聞いてみないと分かんないじゃん!」

 「で、でも…」


 羨ましいという日向ちゃんに対して、自分がやってもらってることだから強く拒否できない朱里ちゃん。いつの間にか2人の中にあったぎこちない空気はなくなっていた。


 「…うん。お兄の言った通りだ」

 「舜さん?何か言ってたの?」

 「どっちも正しいって。うちはお姉が好き。それはいい部分も悪い部分も全部含めてお姉だから」

 「…うん。私も日向のことは自信を持って好きって言える。どうしてかって聞かれると分からないんだけど、それでも好きなの」

 「…うちも。うちだって自分は好きじゃない。お姉もうちと同じなのかなって」

 「…そうかも。やっぱり私たちそっくりだね」

 「ね。もしかしたら結衣もうちらみたいにお兄を異性として好きになるかもね」

 「…結衣は強敵だね。私ももっと頑張らなくちゃ」

 「うちもお姉に負けないよ。…これだけは誰が勝っても恨みっこなしね」

 「…うん。私も譲らないからね」


 そうして2人は笑い合った。


 〜舜視点〜

 コンコンコン


 日向ちゃんが出てからすぐに俺の部屋が再びノックされた。日向ちゃんかな?


 「どうぞ」

 「…お兄ちゃん」

 「…結衣ちゃん?どうしたの?」


 だけど入ってきたのは結衣ちゃんだった。少し不安気な表情で見つめてくる結衣ちゃんに俺はそう聞いた。


 「…今ね。お姉ちゃんたちが話し合ってるの。…なんで、こんなことになっちゃったのかな」

 「…こんなこと?」

 「…みんな、ばらばら。…ユイ、ここに来てから。お兄ちゃんと会ってからは、楽しいことばっかだったの。幸せって、思えた。…お姉ちゃんたちも、そうなんじゃないかって。…なのに」

 「…喧嘩、しちゃった?」


 結衣ちゃんはこくんと頷いた。…そっか。結衣ちゃんにとってもこういうのは初めてなんだよな。ずっと朱里ちゃん、日向ちゃんのことを考えてたけど、結衣ちゃんだって心配に決まってるよな。


 「…ごめん、結衣ちゃん」

 「な、なんでお兄ちゃんが謝るの?」

 「…俺、結衣ちゃんに甘えていいって言っておきながら気にかけてあげられなかった」


 昨日結衣ちゃんにそんな風に言ってたのに咲に相談したのは朱里ちゃんと日向ちゃんのことだけ。今朝も見送りに来てくれた結衣ちゃんにいつも通りを意識しすぎて雑な対応になっちゃってたんじゃないか?…俺、かっこ悪いな。


 「ユイ、お兄ちゃんに大丈夫って言ってもらえると安心するの。…ねぇ、お兄ちゃん。お姉ちゃんたち、仲直り、できるよね?」

 「…うん。きっと大丈夫」

 「…うん!」


 結衣ちゃんはそう言って明るく笑ってくれた。…俺の根拠のない大丈夫を信じてくれたんだ。なら、本当に大丈夫にするしかないよな?


 もし明日になっても改善してなかったとしたら俺も介入することを決めた。

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