4日目

 目を覚ました俺が真っ先に見たのはモコモコしてて一面真っ白な景色だった。…そういえば結衣ちゃんと一緒だったんだ。じゃあ、これは結衣ちゃんのパジャマかな?


 …だけど、がっしりと背中に回された手はどうしよう?起こすのは可哀想だけど、ご飯とかの準備をしないと…。


 コンコンコン


 「?どうぞ」

 「すみません、帆立さん。結衣の様子を見にきたんですが…やっぱり」

 「?やっぱりって?」


 入ってきたのは朱里ちゃんだった。そして俺に抱きついている結衣ちゃんを見て一瞬驚いたような顔をした後そう呟いた。


 「結衣は寝るときに無意識なのか抱きついてくることがあるんです。…いや、んです」

 「あった?今はどうなの?」

 「…最近はそうしなくなりました。きっと無理をしてたんでしょう。私たちの前で無理矢理笑うような表情が多くなっていたのには気付いてました。…でも、帆立さんと出会ってからは昔のように笑うんです。だから、これからも結衣のこと、お願いします」


 朱里ちゃんはそう言った。妹たちをちゃんと見ているなんていいお姉ちゃんなんだと思った。だけど、それを話すときの朱里ちゃんは少し辛そうだった。


 「って、すみません。私ったら関係ない話を…。今日は私がご飯作っておきますね」

 「あっ、ちょっと待って!」

 「?はい、どうしました?」


 気付いたら俺は朱里ちゃんを呼び止めていた。何を言おうと思ってたわけじゃないけど、そんなに辛そうな顔をしてほしくなかった。


 「…朱里ちゃんはちゃんと見てくれてるんだね。でも、無理はしないで。…これからは俺も一緒だから」

 「…えっ?」

 「朱里ちゃんもまだ小学生なんだから。せめて俺くらいには頼ってほしいな」

 「…あっ。…じゃあ、また明後日、私の話聞いてくれますか?」

 「もちろん。いつでも待ってるよ」


 そう言って部屋を出ていくときの朱里ちゃんは少し明るい表情になった気がする。


 それからおよそ1時間後、俺は結衣ちゃんの拘束(抱きつき)を起こさないようにほどいてリビングに降りていった。


 「あっ、おはようございます、帆立さん」

 「朱里ちゃんおはよう。朝ご飯ありがとね」

 「!こ、これくらいお礼言ってもらうほどじゃ…」

 「そっか。それでも、こんなに豪華にしてくれたんだから、ありがとう、だよ」

 「…うん。ど、どういたしまして」


 朱里ちゃんは少し恥ずかしそうに頬をうっすらと赤く染めていた。用意されていたのはご飯と豆腐の味噌汁、焼き鮭に卵焼き、それにサラダと冷奴。それが1時間で4人分。…正直、俺よりもかなりすごいんじゃ。


 「あ〜〜!!帆立お兄ちゃんここにいた!!」


 俺とほとんど同じ時間に結衣ちゃんが降りてきた。…もしかして、起こしちゃったのかな?


 それから5分くらいしてから日向ちゃんも降りてきた。みんなで食べた朱里ちゃんの料理はすごく美味しかった。…だれかの作ってくれたご飯ってこんなに美味しくなるんだな。ちなみに、3人はもうある程度は箸を使えるようになっていた。


 「…今日は3人でお留守番していてほしいんだけど、大丈夫?ご飯も朱里ちゃんに任せちゃうことになりそうだけど…」

 「「「うん!(は、はい!)」」」


 …大丈夫、だよね。少しだけ心配だけど信じないと。俺には俺でできることをやらないと…。日本小学校、だったよね?教科書が届くのは明日の予定だしね。俺はタクシーで日本小学校まで向かった。


 「…ここ、か」


 目の前に大きな校舎があった。日本小学校。全校生徒がおよそ1500人もいる少子化の日本では珍しいマンモス校だ。裏口から校長先生にアポを取ってもらって対面した。


 「…本日はどのようなご用件でしょうか?」

 「転校の手続きをお願いしたいので、書類を頂きにきました」

 「…あなたは?」

 「…私は帆立舜と申します。朱…笹瀬3姉妹の親代わりです」

 「…なるほど。分かりました、すぐに用意しましょう。…こちらを」


 そう言って先生はすぐに書類を3組持ってきてくれた。俺は受け取った転校届に記入した。念の為印鑑持ってきてよかった。それに朱里ちゃんが1組、日向ちゃんが2組、結衣ちゃんが3組だったな。元の住所は変わってないよね?…どうしてこんなに綺麗に分かれてるのかな?


 「…確かに頂きました。これで完了となります。あなたたちのこれからの人生を応援しています」

 「はい、ありがとうございました」


 そう言って俺は学校を後にした。…思ったよりも早く終わったな。これならすぐに帰れそうだ。…っと、その前に役所でも手続きが必要なんだっけ?それも終わらせるか。そう思った俺はタクシーでまた移動した。


 「すみません。転校の手続きをしたいんですけど、どうすればいいですか?」


 俺は教育委員会の窓口でそう聞いた。


 「はい、転校の手続きですね。では、転居届もしくは転出届の提出をお願いします」

 「…転居届、転出届って何ですか?」

 「へっ?…なるほど、では発行しますのでこちらに必要な記入をお願いします。それとマイナンバーカードなどの本人確認書と印鑑の準備もお願いします」


 俺はここでも受け取った用紙の必要事項を記入していった。3人のマイナンバーカードも必要になるかと思って持ってきておいて正解だったね。


 「お願いします」

 「はい、少々お待ちください。………はい、確認ができました。入学通知書と転出学通知書です。入学通知書は新しく通う学校に、転出学通知書は現在通っている学校に提出してください」

 「はい、ありがとうございました」


 俺はそれぞれ3つずつ受け取って家に帰った。そして、家にたどり着いたときには空が茜色に染まっていた。…3人ともちゃんとご飯食べたかな?朱里ちゃんに任せちゃったけど…。


 「ただいま〜」

 「「「お、おかえりなさい」」」


 俺が声をかけるとバタバタと足音が聞こえてきて3人が出迎えてくれた。…なんかいいな、こういうのも。


 「3人とも、ちゃんといい子で待ってた?」

 「「「うん!(はい!)」」」

 「そっか。流石だね」


 俺はみんなの頭を撫でてあげた。期待したようにこっちに頭を傾けている3人を無視することなんてできなかった。…手がもう一本あればいいのに。


 「そういえば、ちゃんとお昼食べた?…朱里ちゃんには負担かけちゃったかな?」

 「…お昼は食べてません。みんなで考えて、やっぱり帆立さんがいないのに私たちだけ食べるのはいけないと思ったんです。…そう言い始めたのは私です」

 「…そっか」


 俺が聞くとみんな気まずそうに目を逸らした。そして朱里ちゃんがおずおずとそう言った。…やっぱりまだまだ遠慮があるのかな?流石に3人に任せるのは早すぎたかな?


 「ご、ごめんなさい!私が言い出したんです。怒るのは私だけにしてください!」

 「?どうして謝るの?俺はそんなに怒ってないよ?」

 「…だって、言いつけを破ったから」

 「そんなことはどうでもいいんだよ。みんなでちゃんと話し合って決めたことなら反対はしない。…でも、遠慮はしないでって言ったよね?いい、ご飯を食べることは普通のことなんだよ?我慢してない?…お腹空いてない?」

 「「「…」」」


 俺が聞くとみんなが黙って下を向いた。…沈黙は肯定、だよね?


 「…ふふっ、じゃあすぐにご飯の用意しちゃうね。ちょっとだけ待ってて?」

 「「「……うん(はい)」」」


 それからはいつも通りに過ごした。それでもほんの少し暗い雰囲気だったけど…。そして夜になった。今日は日向ちゃんの予定だけど、来ないかな?


 コンコンコン


 「…お兄、起きてる?今日はうちの番だけど、入っていい?」

 「…もちろんいいよ」


 そう思ったけど俺の予想に反して日向ちゃんはやってきた。入ってきた日向ちゃんはクマかな?の着ぐるみパジャマを着ていた。…可愛い。


 「…ねぇ、お兄はどうしてそんなに優しくしてくれるの?」

 「優しくって?」

 「いくら兄だって言ってもおかしいよ。…今日怒られたのもあったかかった。…うちらのために言ってくれてるんだって分かったから」

 「それが普通なんだよ」


 だけど日向ちゃんは俺の言葉を否定するように首をブンブンと降った。


 「…普通じゃない。だってあのクズ…母ですらそんなことしてくれなかったもん。…ねぇ、お兄はどうしてうちらを助けてくれるの?…もし体が目当てなら、うちだけにして」

 「違う違う。…けど、やっぱり兄だからが一番大きな理由かな?それに俺もあの人の家を出るまでは同じ環境だったから。…辛かったよね」

 「…うちもお兄みたいになれるのかな?うちは家族を、お姉と結衣、お兄も守れるようになりたい」

 「…そっか。日向ちゃんならきっとなれるよ。…なら、俺が日向ちゃんを守らないとね。そうすれば無敵、だね」

 「ッ!…うん!」


 そうして抱きついてきた日向ちゃんをしっかり受け止めた。緊張の糸が切れたのか日向ちゃんはそのまま寝息を立ててしまった。…あんな暗い空気の中で来るのはやっぱり勇気が必要だったんだよね。


 そのまま電気を消してベッドに寝転がった。服を掴まれてだいぶ至近距離にいるけど仕方ないか。それからしばらくして俺も眠りに落ちていった。

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