3日目②

 「…なんでよ!!」

 「!?ちょっと日向!!何言ってるの!!」

 「日向ちゃん?どうかしたの?」


 涙目で訴えようとしている日向ちゃんに朱里ちゃんはすぐに止めようとした。だけどそれより先に俺が少ししゃがんで日向ちゃんと目線を合わせた。


 「何でうちらにそんなに良くしてくれるの!!何が狙いなの!!」

 「狙いなんて…」

 「嘘だ!!だってうちらを助けてくれる人なんていない!!今までもこれからも3人で協力していくしかない!!他人なんて信じられるわけがないの!!」


 そう叫ぶ日向ちゃんの表情は必死だった。どこか自分に言い聞かせているような感じがした。それはきっと気のせいじゃないんだろう。まだ出会って3日目だけどそれは確信を持って言える。


 「もううちらに構わないで!!……どうせ捨てられるくらいなら、初めからいらない」

 「…そっか。でも、前提が間違ってるよ」


 …日向ちゃんは一番臆病だったんだ。手に入れてないものを失うことはない。それは当たり前のこと。だけど、失わないために何も得ようとしないなんて悲しすぎる。そんな考え方はしてほしくない。…幸せを掴むのは辛いことじゃないはずだから。でも、今そんな綺麗事は絶対に響かない。だから、まだそれは伝えられない。


 「…前提?」

 「そう。俺たちは他人じゃない。だって俺も…あの人の子供だから」

 「!そ、それって…」

 「俺は君たちの兄だってこと。…まぁ、何も気付かなくてずっと助けられなかった俺なんかが兄貴ぶるなって感じだけどね」


 そういえばまだ伝えてなかったんだよね。だけど俺も勇気を出さないと。なんでもっと早く助けてくれなかったのか、って言われるよね?


 「…ほんと?」

 「うん、ほんとだよ」

 「…うちら、捨てられない?」

 「もちろん」


 俺がそう言って日向ちゃんの頭を撫でてあげると、我慢できなくなったのか日向ちゃんがしがみついてきた。


 「うち、もう草とか虫を食べるのはイヤなの!!みんなで服にくるまって寝るよりもベッドで寝たいの!!お風呂にも入りたいの!!」

 「うん」

 「ほんとは学校のみんなが羨ましかったの!!うちらにないものを全部持ってるような気がして」

 「うん」


 胸の奥の感情を全部吐き出したような日向ちゃんはゆっくりと俺の腕の中から離れていった。そして少し照れたように視線を外して小さなだけど、ハッキリと聞こえる声で「…ありがと、お、お兄」と呟いた。


 「でも!…うちらに遠慮しないで。それは怒ってるんだからね!」

 「?ど、どういうこと?」

 「学校休んだの、うちらのせい、だよね?」

 「…少し違うよ。せい、じゃない。日向ちゃんたちの、だからね」


 俺がそう言うと日向ちゃんは少し考え込んでしまった。だけど、俺が勝手にそうしただけなんだからそんなに気にしなくてもいいのに。…だけど、優しいと気にしちゃうのかな?


 「…朱里ちゃんと結衣ちゃんもごめんね。本当ならもっと早く兄だって打ち明けるべきだったのに少し怖くて…」

 「怖い、ですか?」

 「うん。俺がもっと早くに3人のことを知っていればすぐに助けられたのにできなかった。…だから、ごめん」


 朱里ちゃんは俺と日向ちゃんが話している間に結衣ちゃんが会話に入ってこないように見張ってくれていた。


 「…謝っちゃ、イヤ。ユイたち、今幸せ、だよ」

 「そうですよ。私たちはあの日、帆立さんに着いてきて良かったと思います」

 「…そっか」

 「はい。私も、きっと結衣と日向も、他ならない帆立さんには否定してほしくないと思いますよ」

 「…そっか、2人ともありがとね」


 やっぱりみんな優しいんだね。あんなに辛い目にあったのに人を思いやれるんだから。


 「あー!うちも頭撫でてよ!」

 「…ふふっ、もちろんいいよ」


 無意識に2人の頭を撫でていた俺に気付いた日向ちゃんがそう言ってきた。…そういえば、まだ日向ちゃんは一回も撫でてあげてなかったよね?昨日も寝てたし。俺が日向ちゃんを撫でると口元をムニムニとさせていた。


 「…っと、じゃあ3人の部屋を作るか。本当なら一人一部屋のつもりだったけど…みんなで一緒の方がいいのかな?」


 …今朝の感じを見ると結衣ちゃんはみんなと離れたくないのかな?


 「…ユイ、帆立お兄ちゃんと、一緒」

 「!?俺と一緒?いやいや!!」

 「…ダメ?」

 「流石にそれはダメ!」


 一緒の部屋がいいなんて。いくら上目遣いで頼まれても…。


 「…うちもお兄と一緒に寝たい。兄弟ならいい、よね?」

 「いやいや!」

 「…私も、帆立さんなら、いい、よ?」

 「朱里ちゃんまで!…冗談、だよね?」


 …これで3対1?多数決ってこんなに理不尽だったの!?けど、無理でしょ!女の子と一緒に寝るなんて!


 「冗談、なんかじゃないよ。…私は帆立さんを信じたい。疑いたく、ないから」

 「…朱里ちゃん。…仕方ないな」


 …そう言われたら受け入れるしかないな。


 それから午前中で3人の部屋を用意した。掃除をしてベッドとクローゼット、机と椅子をそれぞれ一つずつ。それからリビングとなぜか俺の部屋にテレビを一つずつ。


 午後は勉強を教えていた。国語、算数、理科、社会。とりあえずはこの四つが主になるかな?…って思ったけど、教科書がない!!


 …よし!今日は箸の持ち方を先に完璧にしておこう。教科書は忘れないうちにネットで買っておいて。


 そんな風に過ごしていたらあっという間に一日が終わった。…つまり、寝る時間がやってきたんだ。


 「…本当に俺と一緒に寝るの?」

 「?うん」


 俺は後ろをついてきている結衣ちゃんにそう言った。結衣ちゃんは昨日買ったウサギのパジャマを着ていた。可愛い!!


 …てっきり4人で寝るのかと思っていたのに、それだと狭いからって正論に押し切られた。だから言い出した順番で結衣ちゃん、日向ちゃん、朱里ちゃんの順番で添い寝することになった。(これまで通り3人で寝ればいいんじゃという俺の意見は聞き入れられなかった)


 「…帆立お兄ちゃんはどこか行ったりしない、よね?」

 「うん。結衣ちゃんたちが独り立ちするまではずっと側にいるよ」

 「や!ユイ、帆立お兄ちゃんと離れない!」


 その言葉を行動で表すように、一緒に寝ている俺を結衣ちゃんがぎゅっと抱きしめた。


 「大丈夫。ここにいるよ」

 「…う、ん。約束…すぅ、すぅ」

 「…約束。おやすみ、結衣ちゃん」


 そのまま眠った結衣ちゃんの横顔は穏やかそうで、俺がそうできたなら良かったと思う。側にいたいと言ってくれたのも嬉しかった。


 …でも、いつかは旅立っていくんだよね?だって、女の子の幸せの一つの完成形は結婚して家庭を持つことって聞いたことあるから。もちろん俺の価値観を押し付けるつもりはないけど、それは俺じゃ絶対に与えてあげられないことなんだ。そう思うとほんの少し寂しくて、抱きついてきた結衣ちゃんをそっと抱き返した。そのまま俺も夢の世界に旅立った。

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