三つ子の気持ち①
〜朱里〜
私は自分が嫌いです。もっと強ければ、もっと賢ければ、もっと上手くやれれば…。私が守ってあげたかった。妹たちに苦しい思いをさせたくなかった。私は、お姉ちゃんなんだもん。私には妹たちしかいない。
…いつからだろう?そう思うようになっていったのは。もう、覚えてない。だけど、あの感覚だけは忘れることはないでしょう。焦燥感?嫌悪感?…それよりもずっとずっと強い絶望感。
アレはまだ私たちが小学校にも通っていない頃。まだ多少は親子としての感情があるのかと期待していた頃。…私たちは3人で日頃の感謝を手紙で伝えようと思った。まだそのときは家事をしてくれていたから。…その結果、私たちは近くにあった白紙とペンを手に取ってしまった。
そして運命の日。母に手紙を渡そうと思っていたその日は気分が良くて1人で外を出歩いていた。昔の私は外で体を動かすのが好きだった。そして帰ってきた私が見た
「もう止めて!」
「…朱里?あなたなの!勝手に私のボールペン使ったのは!!」
「えっ?…うん。でも、ほら、見て!みんなで書いたんだよ!」
バチンッ!
頬に一瞬走った鋭い痛みの理由はすぐには分からなかった。だけど、渡そうとした手紙をビリビリに破いている母を見てビンタされたんだと気付いた。
…私にはそれだけだった。もし、もっと早くに帰ってきていれば大切な妹たちがこんなに痛い思いをしないで済んだかもしれない。私が身代わりになれたかもしれない。…それなのに、何もできなかった。お姉ちゃんのくせに一番傷が少ないなんて…。こんなんじゃダメだよね。私が今度こそちゃんと守らないと!
そこから私は妹たち以外は信じられなくなった。次の日からご飯とかも自分でやれと言われたことも原因かもしれない。だけど、それで良かった。もうあんな人が用意したご飯は素直に食べられそうにないから。
それから私はあの人の言いなりになって行動した。そうすれば地位が上がるから。妹たちも守れるから。…私さえ犠牲になればいいから。
そんな風に暮らしていたらあの人が死んだ。そのことはどうでも良かった。だって、私たちの暮らしは変わらないから。…そう、思ってたのに。
帆立さんから一緒に住んでいいと言われた。だけど、純粋な善意なんてありえない。もしも体が目的なら、私だけで我慢してもらえるか交渉しないと。…今度こそ、妹たちの幸せは私が守るんだから!
〜日向〜
うちは自分が嫌い。お姉のようにカッコよくなれないから。いつもうちらのずっと前を走っていて、どれだけ頑張っても追いつけない。本当はうちだってお姉も守りたいのに、いつも守られてばっかりだから。
うちにとってのお姉は憧れだった。困ってると必ず助けてくれた。
三つ子だけあってうちらの顔はそっくりだった。だからうちは結衣と同じ色の髪のかつらを結衣が切った髪から作った。それでクズからの暴力を肩代わりした。
それは思った以上に上手くいった。だけど同時に、あのクズにとってうちらを見分けるのは髪だけなんだと気付いた。…家族ならちゃんと分かってくれるんじゃないか、そんな期待が無かったと言えば嘘になる。だけど、あのクズからしたら所詮はその程度だったんだ。
お姉にはすぐに気付かれた。そしてうちは自分のやっていることをお姉に話した。すると、お姉もうちと交代で結衣の変装をすることになった。
…最初はうちの方が回数が多かったのに、次第にお姉の方が多くなっていった。…お姉と同じように結衣を助けたかっただけなのに、結局お姉の負担を増やしちゃった。…うちは余計なことをしちゃったんじゃないか。何回もそう思った。だけど、徐々に明るくなってきた結衣のためにもここで終わらせるわけにはいかなかった。
そうこうしているうちにあのクズが死んだ。スカッとした。だけど、うちらだけじゃ生きていけない。葬儀の日の誰にも頼れない空気感の中でそれが分かって怖くなった。…せっかくクズから解放されたのに、うちらは自由がないの?って。
それから帆立さんという人が声をかけてくれた。だけど、お姉の後ろに隠れるだけでやっぱり何もできなかった。…やっぱりうちはお姉みたいにはなれないのかな?
〜結衣〜
ユイは自分のことが大っ嫌い。弱虫で自分のことしか考えてないんだもん。お姉ちゃんたちはユイのことを考えてくれるのに。
ユイが気付いたのは偶然だった。夜中にトイレに行きたくなって起きたらリビングのドアから光が漏れていた。
「結衣!この点数は何!もっとちゃんと勉強しなさいっていつも言ってるでしょ!」
「…ごめんなさい」
そこからお母さんの声が聞こえてきた。いつもは気にしないのに、ユイの名前があったからこっそり覗いてみた。そしたら…ユイと同じ髪をした日向お姉ちゃんがお母さんから叩かれていた。
本当なら出ていかないといけないのに、臆病なユイはその場から逃げ去った。怖くて怖くて仕方なかった。日向お姉ちゃんから明日どんなことを言われるのか、お母さんはどうしてあんなことをしているのか、何もかもが分からなかった。…でも、次の日も普段と何も変わらなかった。
…ユイはずっと守られてばかりだったんだ。それまでも何回かお母さんから叩かれたけど、それはむしゃくしゃしてたからだと思い込んでいた。いつかちゃんと優しいお母さんになってくれるはず。何も知らないユイはそう願っていた。でもそれは違ったんだ。ユイがそう思えたのはお姉ちゃんたちがユイをずっと庇ってくれてたから。…もう、優しいお母さんなんていない。
もうユイを守らなくていいよ。…そう言う勇気のなかったユイは意識して明るく振る舞うようになった。お姉ちゃんたちのおかげでユイは楽しいんだよ。それを伝えたかった。
それからしばらくして、お母さんがいなくなった。それはどうでも良かった。ユイにはお姉ちゃんたちがいれば後は何でもいい。
そこから帆立さんの家に行くことになったユイは明るく振る舞う。だってそれがユイの役目だから。それがお姉ちゃんたちを喜ばせられる方法だから。
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