第2話 魂源魔法と幼馴染


 私が成人の儀式を受けたところまで少し時をさかのぼる。


 我らが国王バルトロメウス陛下が治めるバイワルト王国の地下深くには、危険な魔族が住む魔界がある。これは眠りたがらない子供を驚かせるための方便ではなく、本当に存在している。太陽の恩恵を得られない魔族たちはいつも地上へ侵攻する準備を進めており、そんな彼らの前線基地はダンジョンと呼ばれている。私が住んでいるリンカの町は、国内でも有数の巨大ダンジョン『大顎(オオアギト)』から魔族の侵攻を防ぐために王命で建設された要塞都市である。ダンジョンの入口が分かるということは、既に魔族の手が地表付近まで到達しているのである。地下の巨大な空洞にどれほどの軍勢が潜み、進軍の号令を今か今かと待ちわびているか分からない。当初、リンカは国内の軍備を整えるための時間稼ぎほどにしか考えられていなかった。


 そんな町の様子が一変したのは五〇年ほど前、リンカ建設から約二年後のこと。リンカに産まれてくる子供の中に前世の記憶を持った転生者が誕生し始めたのである。地球の日本という、こことは別の世界、別の星からやってきた彼らの文明、技術はこの世界のものをはるかに凌駕していた。軍勢を堰き止めるダムとしての役割しか期待されていなかったリンカは、数年で国内トップの技術力と軍事力を持つようになり、ダンジョンから吐き出される魔族の大軍を堰き止めるどころか押し返し、ダンジョンの高層領域を人の支配下に置く大勝利を挙げた。第一次大顎戦闘の英雄『始まりの七人』を知らないものはこの町にいない。


 転生者たちが一般の王国民よりも優れていたのは技術力だけではない。転生者のみが扱える特別な力『魂源魔法』を使うことが出来たのである。魂源魔法が戦況に与えた影響は大きく、特に始まりの七人の一人、大神官ガブリエル様の魂源魔法『天職大神殿』は、誰にでもクラスという役割に応じた強力なスキルを獲得することができ、現在は幼年学校で「クラス習熟」という授業が行われているほどである。今もリンカの中心に位置する大神殿は魔法の発動によって瞬時に作られたとおばあちゃんから聞いたことがある。当初、大神殿は魔族の侵攻に備えるための最前線、防波堤としての役割を果たそうとしていたようで、ダンジョンの入口の目の前に大神殿は設置された。現在ではダンジョンを囲むように高さ五〇メートルの巨大な防護壁が建設されているが、大神殿は今もダンジョンからの魔族の侵攻を防ぐ最終防衛ラインとして、私達リンカの人々のシンボルになっている。


 さて、そんな強力な魂源魔法だが、普通に生活しているだけで覚醒することは稀であるため、人為的な覚醒の儀式が必要である。儀式では人の魂に封印されている前世の記憶を呼び覚ますことで、その記憶に基づいた魂源魔法が覚醒するのだという。ただし、現在の人格が丸ごと前世の人格に塗り替えられてしまうなどの事故が発生したこともあり、様々な研究の結果、十五歳以上の精神ならば前世の記憶を受け止めることが出来ると判断された。これによって、産まれてくる子供の約半数に転生者が含まれるようになった現在のリンカでは、十五歳の成人の式典と同時に魂源魔法覚醒の儀式も行ってしまおうということになったのである。


 先月十五歳の成人を迎えた私は今日、成人の儀を受けるために、同じ幼年学校出身のロレントと一緒に町の中心に位置する天職大神殿までやってきた。ダンジョンを覆う防護壁は五〇メートルの高さを誇るため、町のどこからでも見ることが出来る。町の南西の郊外に住んでおり、そこから歩いて神殿まで行かなければならないのだが、巨大な目印のおかげで道に迷う心配は全くない。何事もなく大神殿に到着した私達は受付を終えると講堂に案内され、そこに用意されていた椅子に並んで座った。


「なあアリシア、俺ってどんな魂源魔法が使えるようになると思う!? 前線張るのに役立つやつだといいんだけどな!」


「……もう、朝からそればっかりじゃん。いい加減聞き飽きた」


 くせっ毛の金髪が特徴的な幼馴染のロレントは、昔から剣術が得意だった。授業で当たり前のように選択したクラスは騎士。ただでさえ強かった筋力と耐久力がより強力になって、戦闘訓練の成績はいつもトップだった。


 こいつは今朝どころか十年前から魂源魔法をずっと欲しがっている。産まれてくる半数が転生者なら、同様にその半数は転生者ではなく、魂源魔法を獲得できない人もいるというのに、この脳筋バカは自分が転生者でないなんて微塵も考えていないのだ。そういう、己の全てを信じることが出来る心の強さだけは少しだけうらやましくもあるのだけど。


「アリシアは魔術得意だし、俺の後ろからの援護がもっと強くなるヤツだといいな!」


「はいはい、分かったから」


反対に、私は身体に流れる魔力の操作が得意だった。今は麦農家だが、昔は魔導士としてダンジョンで活躍していたお父さんの血を受け継いだのだと思う。私も魔導士のクラスを選んだ。一人での戦闘訓練の成績はそこまで良いわけではなかったが、複数人での連携が得意だった。気心と考え方がよく分かるロレントとのタッグで負けたことは一度もない。成人後も、当たり前のように二人で組むものだと思っていた。


「いやあ~、早く魂源魔法使ってみたいな! まだか、まだなのか!」


「恥ずかしいから、いい加減静かにしてよ」


 儀式には、私達の他にも二人の男子が参加していて、私達の横に座っていた。申し訳ないと小さく頭を下げると、片方の男子は気にしていないとばかりに片手を振った。


 そうこうしているうちに白地に青いラインの入ったローブの男性がやってきて、成人の儀式が始まった。神殿長様やリンカ町長のありがたいお話の後、様々な書類(儀式が失敗しても責任は取れないとか、魂源魔法の情報は濫用しないとか)にサインする長い長い待ち時間を経て、ようやく魂源魔法を覚醒させる時間がやってきた。儀式は、一人ずつ別室に呼ばれて行われるようで、最初に手を振り返してくれた男子が名前を呼ばれて講堂から出ていった。


「結構時間かかるんだな」


「そうみたいね」


「父さんたちはどんなことをするのか教えてくれなかったから、すっげー楽しみなんだよな。まだか? まだか?」


 何もせず座っていることが出来ないロレントが、痺れを切らして暴れ出さないかひやひやしていると、神官様が講堂に入ってきた。


「ロレント・ヴェルターさん、こちらへ」


「うっす!」


 ロレントは勢いよく立ち上がり、私の方を見てニヤリと笑った。


「俺、最強になってくるから」


「分かったから」


「魂源魔法の練習したいから、終わったら先に帰る。また今度な」


 そう言ってロレントは講堂から出ていった。知らない男子と二人で取り残された空間の味は最悪だったが、思ったより早く彼は呼ばれて出ていった。最後に一人で待つ時間はとてもとても長く感じた。リンカの子供なら誰もが一度は考えたことがあるであろう、「自分が転生者ではなかったら」という不安に一人で耐えるのは苦しかった。私はロレントのように私を信じることが出来ないのだ。ヤツの大声で気が紛れていたことに、今更気づいてももう遅い。無限にも感じる静寂を引き裂いて、講堂のドアが開く音がした時、身体がビクッと反応してしまったのは仕方がないことだ。


「アリシア・フンタ―さん、こちらへ」


「は、はい」


 これまで案内をしていた人とは異なる女性の神官に案内されて、私は壁も天井も真っ白な部屋に入り、椅子に座った。私の前に立った神官は、二本の木の枝がねじれて絡み合っているような杖を手に持っていた。


「これから、あなたの前世の記憶を呼び覚まします。意味が分からない光景を見ることになるかもしれませんが、あなたはアリシアであることを忘れないでください」


「は、はい……!」


 神官が杖を私の頭の前に掲げる。これから儀式が始まる、私が転生者かそうでないかが分かるのだと思うと、あまりの緊張感に心臓が爆発してしまいそうだった。


「それでは始めます」


 私が何か返答をするよりも速く、杖の枝の先に真っ黒な球体が現れた。球体からは止めどなく暗闇が溢れ出し、部屋中に広がっていく。


「暗闇の奥を見てください!」


 身の毛もよだつような、嫌悪感さえ覚える泥のような暗闇だったが、私は神官の言うとおりに球体の暗闇の中を見つめようと目を凝らした。


「奥の奥、ずうっと奥にある光を見つめて……」


 私は、神官の声に言われるより先に小さな光の粒を見つけていた。点のような微かな光なのに、重苦しい暗闇の中ではとても暖かい熱を放っている。その熱に引かれるように、私の意識は光に向かって吸い込まれていった。


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