路地裏のストレイアリス ~転生者街のコンカフェロリ店長が導くダンジョン攻略物語~

一角あんこ

第1話 路地裏メイドウサギの誘惑

『アリシア・フンタ― 実家に転移するポータル作成』


 記憶覚醒の儀式を終え意識を取り戻した私に、「これがあなたの魂源こんげん魔法です」と渡された一枚の紙には、私の名前と、今後の人生を決定づけると言っても過言ではない魂源魔法の能力内容が書かれていた。大きな白い紙に二行だけ書かれたその紙は、下の余白がもったいないことこの上ない。こんなに余らせるくらいなら、せっかくだしもっとたくさんのことを書いておいてほしかったな、なんて。


 神殿を出て肩を落として帰路に就く。念願の魂源魔法獲得への緊張と、その内容のあまりのショボさで完全に気力を使い果たしてしまい、家まで帰るのもおっくうだった。農家として、保有する畑の近く、街外れに家を建てたお父さんのことを恨みがましく思ったことはこれまで何度もあった。しかし、今の私には魂源魔法がある。魔族や魔物との戦いには役立ちそうにないけれど、遠い我が家に一瞬で帰れるというのは日常生活でとても便利そうである。そこまで悲観することではないのかもしれないと、少しポジティブな気持ちになることが出来て、初めて農家の家系に感謝した。


 一応、魂源魔法は個人情報である。転生者の犯罪を取り締まるために大神殿のデータベースには登録されるのだが、成人の儀の前にその情報の取扱いに関する同意書にサインさせられたことを思い出し、私は人通りが多い神殿前の大通りから脇道へと曲がり、人の気配がない路地裏へコソコソと向かった。


 路地裏の行き止まりで立ち止まり、魂源魔法を使おうとして頭がフリーズする。そういえば、魂源魔法の発動の仕方が分からない。


 「魂源魔法!」と小声で唱えてみたり、家の外観や庭、リビングを強くイメージしてみたり、家にいるはずのお母さんの顔を思い浮かべたりしてみても、全く発動する様子は無かった。


 帰宅にしか使えないのに、帰宅にも満足に使えない能力とはいったいどういうことなのか。


「ううっ……」


 整備されていない路地裏の痩せた土に生えた細い雑草が、何もできない今の私と重なって見えて、涙がこみ上げてきた。こんな何もない寂れたところで、私はいったい何をやっているんだろうか。普通に歩いて帰った方が早くないか。そう思ったとき、


「そこのあなた、大丈夫ですか……?」


 と後ろから控えめな声が聞こえた。振り向くとそこには、シックな黒地のワンピースの上にフリフリレースの白いエプロンドレスを身に着けて、肩の下までストレートに伸ばした黒髪の上にウサギの耳のカチューシャを付けた幼い少女が立っていた。


「か、かわいい……」


 小汚い路地裏には不似合いなほどきれいで輝くようなメイド服と、幼さに妙に似合ったウサギの耳が、アンバランスなようでマッチしており、得も言われぬ可愛さを放っている。


 少女はこちらへ歩いてきて、上目遣いで私を見上げるように私の前に立った。成人したてであまり背が高い方でない私の肩くらいまでなのだから、相当に少女の背は低い。ちょうど目の前にウサギの耳がやってきて、その妙な存在感に気圧されそうだった。


「ここがどういった場所かご存じですか? まだお昼ではありますが、あまり治安のよい場所とは言えませんので……」


 少女が指した先にはビールの空き瓶が入ったケースが山積みにされている。人通りの少ない場所を探していた私は、いつの間にか昼の閑散とした飲み屋通りに迷い込んでいたのだ。


「ご、ごめんね。でも、君こそこんなところで一体どうしたの?」


 年齢で言ったら、私よりこの子の方が明らかに飲み屋にふさわしくない。


「若い女の子がこんなところになんの用だろうと思って追いかけてきたのです。何かお困りのようでしたので」


「な、なるほど……」


「ところで先程、魂源魔法と叫ぶ声が聞こえてきたのですが、こちらで何か魔法を使われたのですか?」


「い、いやあ、その、使いたかったけど使えなかったというか、なんというか……」


「ああ、もしかして、本日成人の儀を迎えられたのですね。先程、嬉しそうに神殿から出てくる男の子も見かけました」


「ええ、その通りで……」


「これはこれは、新成人おめでとうございます」


「あ、ありがとうございます」


 お互いにぺこりと頭を下げる謎の無言の時間が生まれる。


「さて、こんなところで長話もなんですので、わたくしのお店へいらっしゃいませんか?」


 少女は路地の出口の方を手で指しながら、反対の手を私の腕に絡ませてきた。


「紅茶かコーヒーか、ああ、もちろん甘いものもありますよ」


 誘拐犯の常套句のようなことを言いながら、少女はグイグイと私の手を引いて歩いていく。見た目よりも強い力で引っ張られ、二分ほど引きずられるように歩いた。


「着きましたよ」


 少女は一つの奇抜な建物の前で足を止める。外壁にはピンク色の塗装が施され、店先の花壇にはピンク色の花が植えられている。入口のドアの上には派手過ぎるピンク色の看板にデカデカと『♡ストレイアリス♡』と書かれている。ピンクピンクピンク! あまりにも怪しすぎる店だった。


「さてさて…… こほん」


 少女は「開店ちゅう♡」と書かれた札が下げられたピンク色のドアの前に立ち、ぺこりと頭を下げる。ウサギの耳が彼女の動きにワンテンポ遅れて垂れ下がった。


「おかえりなさいませ、お嬢様。わたくし、メイドカフェ『ストレイアリス』のディアナと申します」


 路地裏のウサギメイド少女との出会いがその後の私の運命を大きく変えることになるとは、この時の私は夢にも思わなかったのだ————。



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