第5話 ストーリーテラーな女

 女は二回目のデートでラーメン屋に連れてこられた。どうやら男としてはそろそろ距離を縮めたいらしい。女はヘアゴムを家に忘れてきたことを心の中で舌打ちしながら、普通の醤油ラーメンを頼んだ。男も同じものを。ただし大盛で。


 さしては混んでいない、ヘアゴムの用意なんて考られないような昔からの街のラーメン屋を舞台として、これから男女の茶番が始まろうとしている。


 男は身近なところで親密アピールを図ろうとしている。カウンターで横並びになるのもデートとしては適していると考えたようだ。一方、女には楽しいと思えるコンテンツがなかった。髪をまとめられずに麺を啜る苦痛をイメージしながら、気を紛らわせようと、店の主人の手さばきに視線を集中しようとしている。なんの変哲もない調理方法でラーメンが作られていくさまを、男のつまらない会話に相槌を打ちながら眺めているのだ。


 いよいよラーメンが出てきたところで、男は何故か女の手を握ろうとしてきた。女はその動きを無意識に回避をして、ラーメンの丼ぶりを掴んだ。ラーメンはどこにでもある普通のラーメンで、黄色い中太縮れ麺に僅かなメンマと極薄のチャーシュー、それに白ネギだけのシンプルなものであった。さらに言えば、丼ぶりは、な外側が朱色のラーメン用中華丼ぶりである。


「よかったら、これからもつきあってくれないかな」


 とんでもない場所とタイミングでの男の告白めいたセリフに、女はとなった。――アンタの頭の中、豚骨ラーメンのスープみたいにドロドロで、グツグツと湧とるんちゃうか? そんな似非関西弁が口から出そうになったが、なんとか堪えながら、ラーメンに視線を落とす。すると、ひとつのストーリーを思いついた。女は早速、それを男に聞かせてやることにする。


「あのね。あなたの気持ちは嬉しいのだけれど、わたしは普通のラーメンを頼んだら、ゆで卵が半分だけでも入っていて欲しいの。なんでかわかる? それはね。ゆで卵が食べたいから。――わかる。わかるよ? だったら、トッピングすればいいんだろ? って言いたいのよね。顔に書いてあるわ。でもね、それは違うわ。女をわかっていない。女はね、男の前では追加の注文することをと思う生き物で、そんな真似はできないの。だから、あなたは最初からゆで卵が半分入っているラーメン屋さんにわたしを連れて行くべきだったのよ。そんな気遣いもできないのであれば、お付き合いは難しいわ。それにね、あなたは多分、ゆで卵のことを「味付け卵」だと思っているでしょう? それもナンセンス。わたしが食べたいのは真っ白なゆで卵、それも黄身が完全に固まっているやつよ。中途半端に黄身が垂れる茶色い煮卵なんてお呼びではないの。そんな流行り廃りでゆで卵を決めつけるのも残念だわ。つまり、あなたがわたしとお付き合いできるかどうか、ここまで言えばわかるわよね?」


 唖然としながらもちゃんと話を聞いていた男は、女の言うことに一理あることを認めたようで、をテーブルに置くと、恥ずかしそうな顔をして去っていった。話を聞かされるハメになった店の主人は、決まりが悪そうに、男の背中に「ありがとうございました」と言うと、これまた決まりが悪そうに、大きな半透明のタッパーからハードボイルドに仕上がった白いゆで卵を半分取り出して、女の丼ぶりにそっと入れようとした。


 それを見た女は、ニヤリとしながら、「どうせなら、トッピングでもっとゆで卵を食べたいわ」と、店の主人に言ってのけるであった。


(「テクニック論みたいな創作論」の没例)

 

※オチの作り方の例として、「これまた決まりが悪そうに、大きな半透明のタッパーからハードボイルドに仕上がった白いゆで卵を半分取り出して、女の丼ぶりにそっと入れようとした。」までで終わってしまうのは凡庸で、「(女は頼むのが恥ずかしいとか言ってたくせに)トッピングでゆで卵を頼む」まで書いてオチなんやで! と説明しようと思ったのですが、なんだかと思って没にしました。というより、それ以前に、例文としては長すぎる思いましてん。(似非関西弁)(2024.2.12)



 

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