第4話:ターゲットを選定します
「んふふふふ…、んふっ…んふふふふふふ…。」
ああ、幸せ。なんて私は幸せなんだろう。
「先生、気持ち悪いです。」
「恭弥くん辛辣う〜。」
私は今何を言われても全然平気、だって目の前にイケメンたちの尊い世界が広がっているから。
千秋=氷室さんという最適解を導き出した私は、当面は氷室さんの観察に勤しむことに決めた。
確かに千秋は黒髪クールなイケメンキャラという設定で、氷室さんとも被るところがある。アイドルをしている春翔のマネージャー兼お世話係で、芸能界を舞台にした私の作品の攻めキャラだ。
つまりその“千秋×春翔”というカップリングの妄想を滾らせることができれば、ストーリー展開に深みやリアリティが増すはずなのである。
そこで私が次に考えたのは、“春翔役の選定”だった。
受けである春翔に近しい人物が定まれば、千秋×春翔、通称“ちあはる”の世界は更に輝く!!
現在、私の目の前には夕食を食べている氷室さんと葉月さん。朝比奈さんは料理上手らしく、朝比奈さんが腕によりをかけて作った手料理をみんなで食べているところだった。イケメンの手料理を食べながら、イケメンを拝めるなんて…なんて幸せなの。あっ、これ美味しい。
「みのりちゃん、なんだか幸せそうだねえ、何かいいことでもあった?」
葉月さんにそう問いかけられ、私は思いっきり首を縦に振る。
「はい、仕事の風向きが良い方に変わりそうで…!スランプ続いてたんですけど、突破口が見えて来ました!」
私はご機嫌に答えながら、お肉を頬張る。あっ、これソースも濃厚で美味しい。
「へえ…それはよかったね、ところで気になってたんだけど、みのりちゃんって小説家だよね?どんな小説書いてるの?」
「あっ、それ俺も気になる!教えて!!」
片付けが終わったのか、朝比奈さんも席に着きながら興味深々と言うように話に乗ってきた。
う〜〜ん、これは言っても大丈夫だろうか…。
BLジャンルは女性の一部に人気のあるコンテンツだが、男性には苦手意識のある人も多いだろう。でも嘘をつくわけにも…。
「BL小説です。」
…ん?
みんなの視線が氷室さんに集まる。氷室さんは何事もないかのように、黙々と食事を続けている。
「…恭弥くん?今なんて?」
「だから、桃瀬先生が書いているのは、BL小説。」
葉月さんと朝比奈さんがフリーズしている。
私はというと、尋常じゃないほどの汗をダラダラとかいていた。
「び、びーえる……小説…。」
葉月さんはなぜか氷室さんの言葉を復唱し、カシャンっと持っていたフォークを落とした。一般男性にはやはり馴染みがない単語なのかもしれない。
一方朝比奈さんは、「へえ〜〜!」となぜか関心しているようだった。俳優さんだから、もしかしたら役作りのためにBLジャンルの作品に触れたことがあるのかもしれない。
「あ、もしかしてBL小説がわからないか?BLというのは、男同士の恋愛模様を描いたもので、攻めと受けというものがあって…。」
「や、やめてえええええ!!わかったから!!!」
氷室さんが葉月さんに追い討ちをかけるが、葉月さんは青い顔をしながら両手で耳を塞いでいる。女性好きの葉月さんには理解できないジャンルのようだ。
「というわけだから、お前たちも協力してくれ。」
「え?」
困惑する葉月さんを他所に、氷室さんはしれっと会話を続ける。
まさか…。私は嫌な予感しかしなかった。
「先生の、参考資料として協力してくれ。」
そうだった、この人はこういう人間だった。
この男も目的のためには手段を選ばない。
私の担当編集——氷室恭弥は、根っからの仕事人間なのだ。
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