最終話 甘いチョコと、俺の気持ち
今日は俺の誕生日で。大好きな彼女と俺の部屋に二人きりで。
そして彼女が俺のために作ってくれた誕生日ケーキを、彼女と一緒に食べた後。
そして今――俺は彼女を両手で抱き締めてしまっていて。
「い、いづる?」
さっきまで楽しそうな笑顔を浮かべていた美玖の顔は、一気に赤くなっていて、その顔は少し、色っぽく感じる。
あぁ、この感じ。前にもあった。それはちょうど1年前の合格発表の時。
この部屋で美玖と一緒にネットの合格発表の画面を見ていて。
その時も美玖はやっぱり無意識に、俺に肩や足が触れるくらい近くて。
一緒に合格していると分かった瞬間、嬉しくて思わずお互い抱き締め合った。
そしたら俺の腕の中で嬉し涙を流す美玖が愛おしく感じて、俺は美玖の頭をポンポンと撫でた。そしたら涙顔のまま俺を見つめる美玖がたまらなく可愛くて。
俺はあの時――キスしたくなったんだ。
けれどあの時は――まだ付き合ってなかったから、美玖のことを好きなんだと自覚したばかりだったから、美玖との関係が壊れるのが怖くて、その気持ちをグッと抑え込んだ。
でも、今は――
美玖は俺の彼女なわけで、美玖と俺は、両思いだとしっかり自覚した後なわけで、そして今更――それくらいで美玖との関係が壊れるなんて、怖さはなくて。
「美玖、口元、チーズケーキついてる」
「え、う、うそ。恥ずかしい」
俺は美玖の口元についていたケーキを親指でそっとぬぐい取った。
そしたら赤い顔をさらに赤くする美玖が可愛くて。
その時触れた美玖の唇が柔らかくて。
俺はもう、キスしたくてたまらなくなった。
「なぁ、美玖。……キス、してもいい?」
美玖の唇に触れながら、一応そうは聞いたのだけど。
「え? え、んっ、んん――――っ!?」
俺はもう、込み上げる衝動を抑えられなくて、返事も待たずに美玖の唇に俺のそれを重ねていた。
その唇はさっき食べたチーズケーキのせいなのか、ほんのり甘くて柔らかくて。
しばらく重ねた後、ゆっくり離して美玖の顔を見てみれば、美玖は耳まで赤くなっていて。
「だめだった?」
返事は分かってたけど聞いてみれば。
「……ばか。だめなんかじゃ……ない、けど……」
美玖が声になってないような、余裕がまるでないような声で言ってきたのがまた可愛くて。
「けど、なに?」
聞き返してみれば。
「びっくり、するじゃん! ばかっ!」
美玖はお返しと言わんばかりに、今度は美玖の方から唇を重ねてきた。
「んっ――」
(はぁ、なんだよ、これ。くっそ、愛おしい――)
その美玖の仕返しのようなキスが愛おしくてたまらなくて。
そのまま俺の方からも美玖の身体を抱き寄せて、唇を押し付けた。
――『ねーねー、いづるがパパで、みくがママね!! このうさぎのうーたんが あかちゃんでー』
あぁ、キスしてたら急に子供の頃を思い出した。
『みくはおままごとすきだなー、おれはたまにはヒーローごっことかしたい』
『じゃあ、みくがおひめさまやるから、わるいやつからたすけにきてね』
これはたぶん、俺も美玖も幼稚園児くらいだった頃。
美玖とおままごとしてても、ヒーローごっこしてても、俺はいつも美玖の相手役だった。そして、子供の頃のキスなんてノーカンかもしれないけど、おままごと中の一幕だったり、ヒーローごっこの姫を助けた後だったり、何かにかこつけて美玖と俺は、キスをしていた。
それは今よりもっと軽いものだったけど、俺と美玖は何の気なしに、でも他の人にはしない特別なものとして、キスをしていた。
そして、一緒に遊んだ後の昼寝の時に……
『ねーいづる。いつかおとなになったら、けっこんしようね』
『おう!』
そんな約束をして、手を繋いで一緒に寝たりしていた。
今まで忘れていたのは……それが物心つくかつかないかくらいの、幼い頃だったからかもしれない。
少し昔のことを思い出しながら美玖としばらくキスをして、そしてゆっくりと唇を離した。
「――ねぇ、射弦? 今日ね、チーズケーキの他にも渡したいものがあって、持って来てるんだ。……受け取ってくれる?」
「え? 渡したいもの?」
「うん」
そう言って美玖がカバンの中からあるものを取り出した。
その、あるものとは……。
ハートの真ん中に『好き』って書かれた、ベタな本命チョコレート。
「え、おま、これ……っ」
「こないだ、射弦が……チョコ欲しかったって言ってたから。それ聞いて……やっぱり私もあげたいなって思って。あげるなら、これかなって、思っちゃった」
少し照れくさそうに笑う美玖から一か月遅れでもらったそれは、俺が心底欲しかったもので。
「美玖、お前、これは……反則――っ」
胸に込み上げるものを感じながら、その大きなハートのチョコを美玖と一緒に交互に食べた。
「あー、チーズケーキの後に食べるなら、もう少しビターなチョコにした方がよかったかな?」
美玖はそう言ったけれど。
「いや、美玖からもらったって時点で、最高に美味しい」
そう答えた俺の言葉は、心からの本心で。
どちらからともなくまた重ねた唇は、――脳が溶けそうなほど甘くて、心臓が潰れそうなほどの愛おしさが込み上げた――。
美玖が俺の部屋に来たことは何度もあって。
美玖とのキスだって、子供の頃には何度もしていた。
けれどそれらが子供の頃より特別なものに感じるのは、たぶん、俺達があの頃よりも大人になったから。
今、俺達はまだ大人になっていく途中で、まだ付き合い始めたばかりだけど、いつかこのままもっと大人になったら、いつか叶えられるのだろうか。
――あの、物心つく前からの、約束。
『ねーいづる。おとなになったら けっこんしようね』
けれど、その時は、その言葉は俺が言うから。
その願いが叶った時、その時は――
二人純白の正装をして、みんなの前で誓いのキスをしよう。
けれど今はまだ、やっと気持ちが通じ合ったばかりだから。
少し遠回りをしながら、やっとここまできた俺達だから。
これからは、たくさんの言葉と気持ちを重ねて行こう。
まずは今、心からのこの言葉を、君に。
「美玖、大好きだ――」
幼なじみが、今年はチョコあげないと言い出した。―完―
――――――――――――――――――――――
大切な読者さま、完結まで読んでくださりありがとうございました。
この話は、今の流行りとは逸れていて、お好みに合わなかった方も多くいたのかもしれません。
けれど、ずっと温めていた話だったので、流行りに合わせて曲げることなく、私の中にあったそのままの形で完結まで書かせていただきました。
そんな今作ではありますが、面白かったと思っていただけましたら、★やフォロー、コメントなど頂けると大変励みになります。
今後もいろいろな作品を残していきたいと思いますので、また他作品でもご縁がありましたら幸いです。
(他作品コレクションにおススメ順でまとめています)
空豆 空(そらまめ くう)
幼なじみが、今年はチョコあげないと言い出した。 空豆 空(そらまめくう) @soramamekuu0711
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