第14話 彼女と初めて過ごす誕生日

※本日いよいよ完結! 2話続けて更新しています。

―――――――――――――――――――――― 



 美玖と誕生日を一緒に過ごす約束をしてから、約一か月が経った。


 その間に繋ぐ指の本数もゆっくりと増えて、今では指を絡めた恋人繋ぎをするくらいにまでなった。


 そして今日は3月14日、俺の誕生日。



「じゃあな、美玖。また後で!」


「うん! また後でね。……あ、ちょっとだけ待たせちゃうかもだけど、大丈夫かな」


「ん? おう。適当に時間潰して待ってるから大丈夫」



 学校からの帰り道。俺の家の前で美玖とそんな会話をして手を振った。


 お互い一旦家に帰って支度してから、美玖が俺の部屋に来ることになっている。


 それは俺が誕生日プレゼントにリクエストした、美玖の手作りチーズケーキを一緒に食べるため。



 美玖とは物心ついた頃からの幼なじみだから、美玖が俺の部屋に来た事は何度もあるし、受験生だった去年に至っては勉強するために頻繁に来ていた。


 けれど、それも合格発表のあの日まで。それ以来は一度も美玖は俺の部屋に来ていない。


 ましてやあの頃の俺はまだ美玖のことを好きだと自覚する前で、ただ気心が知れて仲のいい幼なじみだと思っていた。


 だからあの頃は多少部屋が散らかっていようと、多少掃除が行き届いていまいと、別にいいかなと思っていた。



 だけど、今は違う。美玖は俺にとって好きな子で、俺のはじめての彼女。多少はあの頃よりもよく思われたいし、多少は何かを期待してしまう。


 ――そんなわけだから、美玖が部屋に来ることになった先月から、俺は部屋の中のいらないものを捨ててみたり、配置換えをしてみたり、昨日に至っては念入りに掃除してみたりしている。


 そうして過去イチ綺麗になった部屋を美玖が来るまでに散らかしたくなくて、妙にそわそわとして落ち着かない。


 だから、無駄に掃除機をかけ直したりしながら気を紛らわせて、美玖が来るのを待っていた。

 


 ――ポコンッ


(来たっ!!)


 帰宅してから小一時間くらい経った頃、簡易テーブルに置いていたスマホが鳴ったのを、俺は急いで確認する。その音はやっぱり美玖からのLINEEで、家の前に着いたことを知らせるものだった。


 俺は急いで玄関先まで出迎えに行く。


「射弦ー。お待たせー」


 片手を軽くあげて美玖が俺の名前を呼ぶ。そんな美玖は家に帰ってから着替えてメイクをしてきたらしく、元々綺麗な顔立ちだけど、学校で見るよりもさらに可愛くて、そして大人っぽく見えた。


「あ、うううん。全然待ってないから大丈夫。どうぞ、あがって」


 少しだけ心拍数が上がるのを感じつつ、美玖を家の中に招き入れた。


「お邪魔します。あーこの感じ、久しぶりだな―。射弦のお母さんは? 射弦の家族の分もケーキ作ってきたから、挨拶がてら渡したいなって思うんだけど」


 美玖はそう言って手に持っていた紙袋を軽く持ち上げた。


「あ、母さんならパートに行ってる。美玖からって渡しておくよ。ありがとな」


「んっ! よろしく伝えておいてね」


「うん」


 和やかにそんな会話をしつつ、ふと思う。親には美玖と付き合い出したことを話していないけど……話すべきか? いや、でもわざわざ話すことでもないよな?


 考え事をしつつ美玖と俺の部屋に向かった。


 



「あー射弦の部屋来るの久しぶりだー!! 去年の合格発表の時以来だよね。なんか、さっぱりした?」


 俺の部屋に入った美玖はそんな事を言う。


「ん、まぁ、俺も高校生になったし?」


 少しかっこつけてみたのだけど。


「えー? 意外だな―。こんなに部屋の中いい匂いするとは思わなかったよ?」


 さっき吹きかけまくった消臭スプレーの匂いを指摘されて、少し恥ずかしくなる。


「ぐ。さっき、ファーブリー撒きまくって、掃除したんだ」


 そしてあっさり暴露する俺に、美玖はくすくすと笑って。


「……あはは、一緒だね。私も……久しぶりに射弦の部屋に来るからと思って、新しく服買ってみたり気合い入れてメイクしたりしちゃった」


 そういう美玖はやっぱりいつもより格段に可愛くて。それもやっぱり俺のためだったんだと思うと嬉しくて。


 今でも美玖とは気心が知れた仲だとは思ってるけど、付き合うってなってから意識したり相手を想うからこそ変わった部分もあって、少し新鮮に感じたりドキドキすることが増えた気がした。



「ケーキ、食べよっか」


「うん」


 少しだけ照れくさくなりながらケーキを食べる準備をする。



「ね、見て。チョコプレートと、ろうそくも用意したんだ!」


 そう言って見せてくれたのは、『いづる Happy Birthday』とチョコペンで書かれたチョコプレートと、1と6のナンバーキャンドル。


「え、このHappy Birthdayも美玖が書いたの? すげーじゃん!!」


 それはまるで店のもののように本格的で、心が躍った。


「へっへー!! 射弦の誕生日だからね、がんばった!!」


 美玖は得意げになってて、そんな美玖も可愛いと思う。けれど。


「あれ? これ、Birthdayのスペル間違ってね? iとrの位置、逆だぞ?」


「え、うそうそ、間違えちゃった!? やだ、見ないで!」


 俺に指摘されて恥かしがる美玖も、肝心なところでスペルミスするところも、美玖らしくて可愛いなと思った。



「はは、美玖が書いてくれたんだなーって実感出来て、嬉しい。ありがとな」


「うん」


 そして二人で照れながら笑い合った。






 そうしてささやかながら誕生日の歌を美玖が歌ってくれて、俺はろうそくの火を吹き消した。すると美玖がおめでとうと言ってくれて……一緒にケーキを食べた。


「ん!! うまい!! やっぱ美玖のチーズケーキ最高にうまい!!」


 一年ぶりに食べた美玖の手作りチーズケーキはやっぱり美味しくて。


「ほんと? よかったー!」


 安堵しながら嬉しそうにする美玖はやっぱり可愛くて。少し、そんな美玖を撫でたいような、抱き締めたいような、そんな気持ちになったけど、ケーキを食べながらだったし、位置も簡易テーブルを挟んでいたから距離感も掴めなくて、心の中だけにとどめておいた。




「でもさ、このケーキを前に食べた時は俺ら、受験生だったんだよなー」


「うんうん。あの時は射弦が私のために受験対策問題集作ってくれたお礼で作ったんだよね」


「そうそう!! 美玖が補習に呼ばれたりしてたから、そんな事より俺が美玖専用の対策問題集作ってやるって言って」


「うんうん、それで成績上がって補習も行かなくて良くなって……」


 去年の話に花を咲かせている間に、ふと思い出した。


 そうだ、俺、あの時――美玖のために問題集作ったけど、内心、美玖が補習行ったら俺の部屋で一緒に勉強する時間が減るからっていうのも動機だったんだ。


 なんだ、俺……自覚してなかっただけで、俺も美玖と一緒に居たかったんじゃん。



 そうして自分の中にあった美玖への気持ちを再認識している間に、話は中学の時の同級生の話題になっていて――。


「あー、あの子、名前なんて言ったっけ。こないだこの服買いに行った時に久しぶりに見かけてね!!」


「え、だれだれ、気になる!!」


「あ、卒業アルバム見たら分かるかな!?」


 

 気付けば美玖と並んで一緒に卒業アルバムを眺めていた。


「あ!! この子この子!! この子がねー」


 声を弾ませながら美玖は話してるけど……気付いてるのかな。


 俺の隣に座った美玖の肩や足が俺に触れてて……さっきまでより、格段に距離が近くなっている事。


「あれ? 射弦? 聞いてる?」


 そうして俺の至近距離で俺の顔を見上げた美玖の顔は……すごく、近くて。

 そしてふわっと美玖の髪のいい匂いがした。


 その匂いはさっき俺が部屋に吹きかけまくった消臭スプレーの匂いなんかより、何百倍もいい匂いで……俺の中の何かを刺激した。


「……なぁ、美玖? 距離、近い」


「え、あっ! ごめん!?」


 俺の声に急に美玖が身体を離そうとしたのだけど。



「違う。……あんまり近いと……こうして抱き締めたくなる」


 俺はさっきから俺の胸の中で疼いていた気持ちがこらえられなくなっていて。


 ――美玖の身体を両手でグッと、抱き締めていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る