第13話 彼女との約束

「射弦っ! お待たせっ」


 部活の後、美玖と一緒に帰るために校門の傍で待っていると、着替えを済ませた美玖が弾んだ笑顔で駆け寄ってきた。


 そして美玖が立ち止まった瞬間、ふわっといい匂いがする。それに心なしか、美玖の顔がさっきまでよりも可愛い。


「あれ? 美玖、なんかいい匂いする。それになんか……可愛い?」


 思わず声に出してみれば。


「わ、バレちゃった。恥ずかしいな。射弦と二人で帰るからと思って……ちょっとだけ、メイクと匂い対策してきちゃった」


 へへっと照れ笑いする美玖がやっぱり可愛くて、グッとくる。


 あぁ、俺は、一日に何度美玖に心を奪われているのだろう。



「……そーいうとこ。美玖の、そーいうところ、可愛くて、好き」


「へ?」


 そっぽを向きながらボソッと言った俺の言葉に、美玖が間抜けな返事をした。


「さっき……『こーゆーとこが好き』って言って欲しそうだったから。そして俺は、今、こーゆーとこが好きだなって思ったから。伝えようと思って」


 少し恥ずかしくなりつつ言ってみれば。


「えー? ここ? もー。思ってたのとちょっと、違うんだけどなー? でも、嬉しい」


 美玖はふふっと笑いつつ、『行こっか』と言うような視線を俺に向けてゆっくりと歩き始めたから、俺も一緒に歩き始めた。



 あーあ、俺は確かに美玖のことが好きで、美玖の全部が好きだと思ってて、一日中美玖の事ばかり考えて、嫉妬したりグッと来たりしてるのに、“どこが好き?” って聞かれたら、どこって答えられないのはなんなんだろう。


 いや、だって全部好きだし。逆に美玖のどこかが今と違っていたって、俺は美玖のことが好きだし。なんてことを、一人心の中で思う。



 そして、後はただ帰るだけなのに、俺に見せるためだけにうっすらとメイクしてきた美玖のそのいじらしさが可愛くて。


 俺の中の独占欲がまた少し疼いた。



「なぁ、美玖? 手、繋いで帰ろ?」


 気付けば俺はそんな事を言っていて。


「え? ……改まって言われると、ちょっと、恥ずかしい……けど、繋ぐ?」


 また少し恥ずかしそうにたどたどしく答える美玖に。


「うん。じゃあ、ほら」


 俺は手を差し出した。すると照れた美玖が握り返して来たのは、小指と薬指のわずか2本だけで。


「なぁ、子供の頃の方がもっとちゃんと繋いでたぞ?」


 そう言って美玖の顔を見てみれば。


「あ、あの頃より、射弦の事好きだから……手繋ぐのドキドキしちゃうんだもん」


 赤い顔して俺を上目遣いで見てきた美玖が可愛くて。また、グッときた。




 美玖と一緒に帰るのは、これがはじめてじゃないのに。ただ美玖が俺の彼女になって、少し手を繋いでいるというだけなのに、こんなにもいつもと違った気持ちになっているのが不思議だなと思う。


 それもこれも、昨日美玖が俺にチョコをくれなくて、そして俺が桜庭のケーキを美玖のだと思って間違って持って帰ったから。


 ――美玖は……なんで俺にチョコくれなかったんだろう。


 俺は美玖からのチョコが欲しかったのに。義理でも本命でもなんでもいいから、美玖からのチョコが欲しかったのに。


 気になったから聞いてみた。


「なぁ、美玖。美玖は……なんで今年はチョコくれなかったの?」


「え? ……だって、3月14日が射弦の誕生日だから」


「……それがなんでチョコくれないって話になるんだよ。俺の毎年の楽しみだったのに」


 少し冗談っぽく言ってみれば。


「え、もしかして、射弦。ものすっごく私からのチョコ欲しかったりした?」


 美玖も冗談っぽく聞いて来たから。


「もちろん。好きな子からのチョコを望まない男なんてたぶんいない」


 俺は冗談半分のキメ顔で、そう言ってみた。言った言葉は俺の本心でもあるけれど。


 すると美玖は……少しだけ真面目な表情になって。


「今年はね、射弦には義理チョコじゃなくて本命チョコをあげたいなって思ったの。でも、そしたらホワイトデーに返事をもらう事になっちゃうじゃん? だけどホワイトデーが射弦の誕生日だから。大切な人の誕生日だから。返事とかお返しとか気にせずに、純粋な気持ちで一緒にお祝したいなって思ったんだ」


 そう言った後に、照れながら『くさかった?』なんて言ったから、ふと笑ってしまった。そして――


「そんなわけなんだけど。今年の3月14日は、一緒に過ごせる?」


 美玖が少し期待を込めたような目をして聞いて来たから。


「……もちろん! 毎年美玖と過ごすつもりでその日は空けてる」


 そう言った。




 子供の頃からずっと、3月14日はバレンタインデーのお返しを配って回らないといけない億劫な日という認識が強かった。


 そしてめんどくさいお返し配りが終わった後、美玖と一緒にファミレスに行って、あーだこーだと雑談しながら食事するのが楽しみだった。


 でも、それはその日がホワイトデーだからだと思ってた。でも、そっか。そう言えば……美玖は毎回、『今日は射弦の誕生日だから、射弦の分は私が奢るね』そう言って結局割り勘してたんだっけ。


 ホワイトデーに気を取られて、すっかり忘れてしまっていた。



「ねぇ射弦、誕生日、何が欲しい? あんまり高価なものは無理だけど……今年はさ、いつもよりもっと、誕生日っぽく過ごしたいなって思うんだけど」


 予期せぬ美玖の言葉に、ふっと心の中が嬉しさで満たされた。え、いいのかな、俺が欲しいものをリクエストしても。


「あ、じゃあ、さ、俺……また、美玖が作ってくれたチーズケーキを、美玖と一緒に食べたい……!」


 それはバレンタインデーに、俺が勘違いしたケーキ。俺が本当に欲しかったもの。


「え? チーズケーキ? ……去年一緒に食べたのが懐かしいね。うん、じゃあ、今年は射弦へのお祝いの気持ちを込めて、ケーキ作るね! 一緒に食べよ」


「おぅ。楽しみにしてる」



 そして俺は、美玖が彼女になって初めて迎える誕生日を美玖と過ごす約束をした。


 でも、ちょっと待てよ。――ケーキ一緒に食べるってことは、――場所は俺の部屋、か?


 どこかの店に飲食物持ち込むわけにもいかないし、公園でケーキ食べるのも寒いし。過去の流れからいって、俺の部屋で食べるのが自然な流れだよな?


 だとしたら、美玖が俺の部屋に来るのは、去年俺の部屋で一緒に合格発表を見て以来だ。


 あの時はただの幼なじみで受験仲間だと思っていたけど、今年は――。


 もうすっかり美玖への気持ちを自覚していて、美玖は俺の彼女。


 ――俺、こんなに自分の誕生日を待ち遠しく楽しみに思うなんて、はじめてかもしれない。



――――――――――――――――――――――

ここまで読んでくださりありがとうございます。

いよいよ明日か明後日、完結予定です!

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