第11話 通い合う、お互いの気持ち

 バレンタインの翌朝。通学中に美玖とたまたま一緒になった。


「あ、美玖。おはよ。一緒に学校行こーぜっ!」


 昨日、美玖からチョコをもらえなかったから、少し気まずい。けれどそれは俺の都合。好きな子から……チョコをもらえなくてへこんでるってだけの話。


 もらえなかったからって、俺が美玖の事を好きな気持ちは変わらない。だから、これから好きになってもらえるように努力するだけ! そう思って、出来るだけ明るく声を掛けたつもりだった。


 けれど……


「あ……射弦。うん、おはよ……」


 美玖は、元気なくて。……心なしか、目が腫れているような気がした。


「美玖……どした? 元気、ない?」


 心配になってそう聞いた。


「ん。また……同じ人に失恋したのかなと思って。でも……私の勘違いで失恋したと思ってるだけだったら嫌だから、ちゃんと聞こうと思って」


 美玖の言葉に、ガクッと膝から崩れ落ちそうな気分になる。そうか――美玖は昨日、俺じゃない誰かにチョコじゃない何かをあげて……断られたのか。そう思った。けれど、地面を見ながら話していた美玖は、急に勢いよく顔をあげて、俺の目を見て続きを話し始めた。


「射弦、あの、さ。桜庭さんと……付き合うの?」


 決意を込めたような美玖の張り詰めた顔にドキリとする。けれど俺にはなんのことだかさっぱり分からない。俺が好きなのは美玖なのに、なんで他の子と付き合うとか思われてるんだよ!? その気持ちがそのまま声に出てしまった。


「へ? なんで桜庭!? 俺が付き合いたいと思ってるのは、ずっと美玖だけなのに」


「……え?」


 ……言ってしまってからハッとする。俺のバカ!! 順序ってものがあるだろ。告白するにしたって、タイミングってものがあるだろ。しかも美玖は今、失恋したって話をしようとしてて……あれ? どういうこと? ……それって美玖は俺に失恋したと思ってたということ? 待ってくれ、むしろ俺の方が美玖に失恋した気分なのに? 


 頭の中こんがらがってきた。けれど、今は俺の場違いな告白を何とかしたい。


「あ……ごめん。ちゃんとタイミングみて告白しようと思ってたのに。つい……。でも、言った言葉は本当。俺はずっと美玖と付き合いたいと思ってた。思いつつ、美玖との関係が壊れるのが嫌で、タイミングを計ってた。そしたら美玖が先輩と付き合い始めてしまったから……その……」


「え……っと……」


 俺の尻切れトンボな言葉に美玖は戸惑っている。


 うぁあああ。俺、だっさ。美玖、困ってるじゃん。ずっとタイミング計ってたくせに、こんな……何のタイミングでもない時に、こんな……男らしくもない言葉で告白して。


 でも、やっぱり俺は美玖のことが好きだから。その気持ちだけは俺の本心だから。だからこそ、気負わなくてもぽろっと出てきてしまったわけだから。美玖が俺にチョコをくれたくれないにかかわらず、俺の気持ちは伝えたいと思ってたから。


 だから、言った言葉に後悔はない。けど……タイミングは……最悪だ。


 でも、今はそれよりも――。


「あー。えっと、それで美玖は――なんで俺が桜庭と付き合うと思ってたの……?」


 今は、ちゃんとこの誤解を解きたい。さっき美玖は『今回は』って言ったけど、俺――前にも何か、誤解させてしまったんだろうか? 身に覚えは、ないのだけど……。


「……だって、昨日……射弦、受け取りたい子がいるってみんなからのチョコ断ってたんでしょ? 机に入れてたチョコまで返しに行く徹底ぶりだったって」


「え? うん」


「なのに、……桜庭さんからのチョコだけは、嬉しそうにカバンに入れて持って帰ったって、クラスの子達が見てたらしくて。桜庭さんって、クラスで一番可愛いって男子から人気だし、射弦は桜庭さんと体育祭委員一緒だったじゃん。だから……“射弦くんが受け取りたかった相手って、桜庭さんだったんだね” って、クラスで噂になってて、だから……」


 美玖の言葉を聞いて、はじめて認識した。――あのシフォンケーキって……桜庭からだったのか。いや、『委員会の時はありがとう』って書いてたから頭の中では桜庭からだとは分かっていたけど、俺にとっては――『美玖じゃない人からのお礼のケーキ』という認識でしかなかった。


 ましてやクラスで一番可愛いとか、体育祭委員一緒だったとか、そんなのはあまり意識していなかった。俺にとっては美玖が一番で、受け取りたかったのは美玖だけだったから。


「……マジか。俺――あのケーキ、美玖からだと思ったんだよ。美玖が昔俺に作ってくれたチーズケーキと包装紙が一緒だったから。だから……有頂天でカバンに突っ込んだんだ。なのに――美玖からじゃなかったから、美玖からはもらえなかったから――俺の方こそ、失恋したと思ってた」


 そんな俺の言葉に、美玖は目を丸くして少し声を荒げた。


「えーなんで? 今年はあげないって言ったじゃん。勝手に失恋したとか思わないでよ、私だってずっと――射弦の事、好きなんだから」


「……え?」


「あ……」


 美玖は思わず言ってしまったらしい言葉に、顔を赤らめた。


 俺が言ったタイミングも最悪だったけど、まさか、美玖の方からもこんなタイミングで言われるとは。


「えっと……聞き間違え……とかじゃ、……ないよな?」


「……私の本音を、聞き間違いなんかにしないでよ。バカ」


 美玖はさらに顔を赤らめて俯いたから、俺は腹の底から何かが込み上げてきて、耳が熱くなるような感覚がした。


 けれど、ここでちゃんと確認しておかなければいけないことがある。たぶんそれはきっと、大切なこと。


「あ……えっと、それで……さっき、って言ったけど……俺、前にもなんかやらかしてた? 俺は――美玖の事、一度も振った覚えないんだけど――」



 ――そうして、俺たちは絡まった糸を解くように話をした。入学式の日、俺と桜庭が体育祭委員になったから、焦って美玖もバスケ部のマネージャーになったこと。


 俺が昔言った、『そんなに高知先輩がいいなら、付き合っちゃえばいいじゃん』という言葉は、俺が勝手に高知先輩に嫉妬して言った言葉だったということ。そして美玖は、それで振られたと思ってしまったということ。


 そして今回も、バレンタインに俺が桜庭からのケーキを持ち帰ってしまったから、美玖はまた失恋したんだと思って泣いてしまったこと。


 ――けれど今度はちゃんと、俺と直接話をして本当のことを確かめようと思ったこと。


 いろいろな話をして、美玖と先輩が付き合うことになったまでの流れと、別れることになった理由も聞いた。



 なんだ、俺達……両想いだったんじゃん。俺も美玖も、物心ついた頃から傍にいたから、お互いのことはなんでも知ってると思ってた。けれど、ちゃんと言葉にしないと伝わらないこともあるんだと思った。



 だから、俺は――学校に着く直前の校門の前で、美玖にちゃんと伝えたくて足を止めた。



「美玖。あのさ……。さっき、話の流れで言ってしまったけど……。ちゃんと伝えておきたいから聞いてほしい。俺は、ずっと美玖のことが好きだ。俺と――付き合って欲しい」


 俺の、誠心誠意を込めた言葉。すると美玖も、泣き出しそうな笑顔で言った。


「うん! ……私も、射弦のことが好き。……大好き。私も、射弦と付き合いたい」

 

 言い切った後、美玖は大粒の涙を零したから、俺はそっとその涙を拭い取った。

そして――


「なぁ、美玖。今日――部活の後、一緒に帰ろ?」


 たまたまとか、偶然会ったとか、成り行きではなくて、俺は意思を持って美玖と一緒に帰りたくてそう言った。


「うん!! じゃあ、放課後、楽しみにしてる」


 そしたら美玖が嬉しそうに返事をくれたから――俺も嬉しくなった。




 家が近所で幼なじみの美玖とは、今までだって何度も一緒に帰ったことがある。けれど、こうして一緒に帰る約束をするのは、はじめてだった。



 ……約束するだけで、美玖があんなに嬉しそうにするなんて、はじめて知った。


 そして、俺もそんな美玖の顔を見て、こんなにも嬉しくなるなんて――はじめて知った。


 幼なじみでも、まだ知らないことがたくさんあるんだと思った。けれどそれは、言葉にしたからこそ分かること。


 だから俺は――これからはちゃんと言葉で美玖に伝えようと思った。

 それが、美玖を大切にするということなのかもしれない。


 俺は、美玖を本当の意味で大切にしたい。少し、そんな事を思った。

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