第10話 美玖視点 射弦の匂いと射弦への気持ち

「あー楽しかった!! 懐かしいお菓子いっぱいあったね!」


 駄菓子屋でのお買い物を終えて外に出てみれば、ヒューっと風が通り抜けていったけど、私の気分はホクホクしていた。


 お菓子を選びながら射弦と思い出話に花を咲かせられたのも楽しかったし、このお菓子は射弦と半分こしたなーとか、昔を思い出しながらお菓子を選ぶのも楽しかった。


「そうだな、番台のばぁちゃんも昔と変わらず元気そうで安心した」


「うんうん!! あんなにたくさんあるお菓子の値段一つひとつ覚えてるのすごいよね!!」


「確かに、美玖より暗記力すごいんじゃね?」


「もぉ~。……そうかもしれない」


 お店を出た後もどんどん会話が弾んで楽しい。あぁ、もっと一緒にいたいな……そう思ったから、思い切って誘ってみた。


「ね、射弦ー。……お菓子、公園で食べて行かない?」


 言いながら、この寒い真冬に外で食べようなんて、嫌がるかなと不安になった。けれど、射弦は。


「ん? あぁ、いいよ。ちょっと小腹減ったし。食べて行こっか」


 笑顔で答えてくれたから、やっぱり私は嬉しくなってしまった。





「ね、ね、射弦の買ったお菓子見せて―」


「えー? 選んでるところ見てたじゃん」


「そうだけどー。改めて見たいのっ」


 公園のベンチに座ると、私は射弦がどんなお菓子を選んだのか気になって射弦の膝に乗せている袋の中を覗き込んだ。


 昔を思い出して懐かしくなっていたからかな、テンションが上がっていたからかな、つい勢い余って射弦の身体に私の身体が触れて……ふわっと射弦の匂いがしてドキッとした。


(きょ、距離感……近すぎたかな……)


 少しそんな事を思ってドキドキしてしまうけど、触れた射弦の温もりが嬉しくてそのままでいた。


「ね、私が買ったのと結構かぶってるね!!」


「まぁ、美玖とは好みが似てるもんなー」


 何気ない言葉に嬉しくなる。射弦も……私といて心地いいと思ってくれていたらいいな。


「うん。せっかく射弦と半分こしようと思って買ったお菓子まで同じの買っててウケる」


「マジか。ベンチにお菓子並べて“分身の術ー!” とか言ってSNSに載せたらバズるかな」


「うーん、それはどうかな?」


「だめか……くそ。バズって一攫千金をと思ったのに!」


「……そんなんじゃ、例えバズっても一攫千金は狙えないと思うよ」


 私は少しドキドキしてたのに、相変わらず射弦がバカみたいなことを言うからおかしくなって笑った。



 ……今までは、なんで進展しないんだろうってそればかり思ってたけど……冷静になった今なら分かる。


 ……射弦って……バカなんだ。鈍感なんだ。とてつもなく――鈍いんだ。


 私は射弦のそんなところも当たり前に好きだけど、たぶん射弦との仲が進展しないのは、射弦のこーゆーところのせいなんだろうな。


 惚れ薬チョコの時だってそう。――すぐ、変なこと言い出すから。いい感じの雰囲気になりようがないのかもしれない。


 うーん。これはやっぱり……私から告白するしかないんだろうなぁ。


 問題は、いつ告白するか。もしもバレンタインに告白しちゃったら、ホワイトデーがその返事をもらう日になってしまう。それでは射弦の誕生日を全力でお祝いできなくなってしまう。


 内心悶々と考えながら射弦と一緒にお菓子を食べていると、ヒューっと風が吹いた。



「わ、寒ーい」


 思わずそんな声が出て、首をすくめる。



「あれ? そう言えば美玖、今日はマフラーしてないじゃん」


「そうなの。どっかに忘れて来たみたいで、なくしちゃったー」



 言いながらふと、また今日も『マフラーに足でも生えたかな』みたいな事を言い出すのかなと思った。けれど。



「なら、俺のつけとく? 俺はなくても平気だからさ」


 射弦は自分のマフラーを私の首に巻いてくれた。



 ――あぁ、そうだ。射弦は昔からそう。こういう時はふと優しいんだ。



 子供の頃、こぼれた水あめを落とそうと服をびしょびしょにした時だって……射弦は一枚しか着てないTシャツを抜いで私に貸そうとしてくれた。


 でも、そんなことしたら射弦は裸で帰るしかなくなるし、そのうち乾くから大丈夫だよって言って……『夏でよかったなー!』って、二人で笑った。



 町内会の子供たちでボーリング大会があった時だって……うっかり短めのスカートを履いて行ってしまった私に、大会が始まる前に『美玖、これ腰に巻いときな?』って自分が着てたパーカーを貸してくれたことがあった。


 『なんで?』って聞いたら『いいから!』としか言わないから、意味が分からなかったけど、ボーリングをやってみてから気付いたんだ。玉を投げる時に前かがみになるから、そのままだとスカートの中が見えるかもしれなかったことを。



 かくれんぼしてたら同じところに隠れちゃって、なのになかなか見つからないから寒くなって来ちゃった時も、パーカーを貸してくれたことがあった。


 ふとそんな思い出がたくさん蘇ってきて、射弦への好きって気持ちが溢れた。だから――


「いいの? ありがとー。へへ、このマフラー、射弦のにおいがする」


 ふわっと漂った射弦の匂いが愛おしくなって、私は射弦のマフラーに顔を埋めた。


「お、俺の匂いって……。変なこと言うなよ。嫌ならしなくていいぞ?」


 でも――この鈍感男子はいつまで経っても気付かないんだろうな。私の中にずーっとある、射弦への気持ち。


「ん? 嫌なわけないじゃん。射弦とは子供の頃から一緒にいるんだもん。むしろこの匂い、安心するから……好きだよ」


 だから――“早く気づいてよ、バカ” そんな気持ちも込めて、『好きだよ』ってところだけ意識して言ってみた。


 きっと射弦は気付かないんだろうけど。


 あーあ。いつ、告白しようかなぁ――。

 

 頭の中でまたそんな事を考えながら射弦と話していると。


『そのマフラーあげるから。自分のが見つかるなり、新しいの買うなりするまで好きに使って』


 そう言いながら、射弦が私の頭をポンと撫でた。


 え、何、この感じ。――めちゃめちゃ……嬉しいんだけど!


 一気に嬉しくなった。けれど同時に不安にもなった。


 きゅんとしたからこそ、不安になった。


 私が射弦と離れている間に――射弦は他の子にもこんな感じで触れたりしてたのかな。


 バレンタインに他の子からチョコもらったら、誰かと付き合ったりしちゃうのかな。それとも――今まで誰とも付き合わなかったのには、何か理由があるのかな。


 これって私にとってすごく重要な事だと思った。だからちょっと真面目に聞いてみた。


「ねぇ、射弦? 射弦はなんで彼女……作らないの?」


「え? ど、どうしたんだよ、急に……」


「んーだってさ、射弦、モテるじゃん。今年もたくさん本命チョコもらうでしょ? その中から誰か選んだり……しないの?」


 射弦は、なんて答えるんだろう。……そもそも彼女を作る気がないのかな、それともいいなと思える子がいなかったのかな。それとも……私でもいい……みたいな余地は、あるのかな。


 いろいろな気持ちが混ざりあって聞いた射弦の答えは――。


「え、いや、今年ももらえるとは限らないじゃん。むしろ今年は誰からももらわない。美玖が……いつもみたいに面白チョコくれるなら、それは欲しいけど」


 そんな答えで。あぁ、そっか。今年から学校が変わったから、確かにもらえるとは限らないし、いつもたくさんもらってホワイトデーに返すのが大変だったから、今年はもらいたくないのかもしれない。


「んー。面白チョコかぁ。でも、今年はあげないって決めてるから」


 もしも、何かの間違いで『美玖からの本命チョコが欲しい』なんて言われたら、私は喜んでバレンタインにチョコを渡すんだろうな。


 だってそしたらホワイトデーに返事をもらわなくてもいいから。

 両想いとして、射弦の誕生日をお祝いできるから。


 でも――今年は明らかに義理チョコだと思われる面白チョコは、あげたくない。


「そ、そっか。残念。俺、お前のチョコ毎年楽しみにしてたのになー」


「ふふー。毎年気合い入れて選んでたからねー」


 でも、毎年あげてた私のチョコを喜んでくれてたのは嬉しいなって思う。けど。



「たぶん、もらったやつらみんな喜んでたと思うぞ」


「え? みんなに配ってたと思ってたのー? 私、射弦にしかあげたことないのになー?」

 

 射弦は、私が射弦にしかあげた事ないなんて、知らなかったんだ。


 もー。毎年射弦にあげるためだけにチョコ売り場に行って、あれこれ悩んで買ってたのになー。


 本当に射弦って、鈍感。けれど今はちょっとそんなところも愛おしい。



 あぁ、もう、本当に――バカ好き


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