第9話 美玖視点 幼なじみとの思い出

 学校の帰り道。少し前を歩いていた射弦を見つけて、一緒に帰りたくて追いかけた。


 信号で引っかかっているところに追いついて、気付かれないようにそっと息を整える。そして、ドキドキしながら声を掛けた。


「射弦―。一緒に帰ろー」


「あれ? 美玖じゃん、一緒に帰るの久しぶりだな。にしても今日寒いよな―」


「うん、もう2月だもんねー」


 射弦は今までと変わらず歩幅を合わせて何気ない会話をはじめてくれたからほっとした。


「あー、もう2月なんて早いよな。クリスマスも正月もあっという間だった。あと、残るイベントって言えば……学年末テストとバレンタインくらい、か」


 けれど意図せずバレンタインの話題になってドキリとする。


「そうだね……」


「なぁ? バレンタインはチョコを売りたいお菓子業界の陰謀だなんて聞いたことあるけどさ、そこと学年末テストが近いのは、糖分接種してチョコチョコと勉強も頑張れっていう教育委員会の陰謀なのかな」


 ……なのに、射弦は相変わらずバカみたいなことを言い出して笑ってしまう。


「もう、そんなわけないじゃん」


「……ははは、それもそっか」


 バカみたいなことを言った後、こうして二人で笑い合う時間が今はすごく愛おしい。射弦の笑顔に、きゅんとしてしまう。


 ああ、やっぱり私――まだ今も射弦の事を好きなんだなぁ……。そう自覚した。


 けれどこの流れの中で、今年はチョコをあげないと言っておくべきかなと危機感が募る。せっかくまたこうして仲良く話せているのに、今年は急にあげなかったら、射弦は変に思うかもしれない。


 うん。ちゃんと先に言っておこう。


 バレンタインにあげなかったら、射弦の誕生日に誘う理由が誕生日その物しかなくなって少しハードルが高くなってしまうけど。それでも今年は――射弦の誕生日を誕生日としてお祝いしたい。


 小さな決意を心の中でして、何気ない口調を装って射弦に話しかけた。


「ねぇ、射弦。今年はチョコあげないからねー」


 言った。これで、後戻りは出来なくなった。でも――


「え? なんで。今年はくれないの? 毎年お前がくれるチョコ楽しみにしてるのに」


「うん、あげなーい。私があげなくっても、射弦は毎年本命チョコたーっくさんもらうでしょ?」


 この場で射弦の誕生日に会いたいなんて誘うのは唐突過ぎる気がして、話をごまかしてしまった。でも――そうだ、射弦は私があげなくても、チョコ……たくさんもらうんだもんなぁ……。心の端っこから、ゆっくりと不安が顔を覗かせているのを感じる。


「またまたー俺のせいにして。あれだろ? 今年は彼氏への本命チョコしかあげないってことだろ?」


「え? 違うよー? 高知先輩とは、とっくに別れちゃったもん。今年は誰にもチョコあげないってだけだよ」


 応えつつ、チョコをくれた人の中から射弦は誰かを選んで付き合ったりしちゃうのかなと不安に飲まれそうになっていると。


「え? お前……いつの間に先輩と別れたの? だってあんなに仲いいのに……」


 気付けば話題は先輩と別れた話になっていて。そう言えば、射弦にも話してないままだったなぁなんて思った。


 あの時は――射弦に失恋したと思っていたのに、射弦の事をまだ好きな事が原因で先輩と別れた後だったし。射弦と顔を合わせるのは――心の整理がまだついていなかったもんなぁとひっそりと思う。


「へへ。振られちゃった。でも、先輩ってやっぱり優しいよね。別れてもそれまでと変わらず接してくれるし。ほんと、私にはもったいない人だったよ」


 けれど、射弦への気持ちが原因で先輩と別れただなんて、そんなこと言えない。ただ、悪いことをしたのは私の方。振られて当然だと思う。なのに――周りの人に気付かれないくらい普段通り接してくれる先輩はやっぱり優しいなと思う。相手が私じゃなかったら、きっと先輩は――すごくいい恋愛をしたんだろうな。


 そう思うと、やっぱり申し訳なくて――胸がチクリと痛んだ。



「…………」


 しばらく沈黙が流れて、二人の足音だけが響いていた。


 少し気まずい。このままだと……お互いの家に着いてしまう。けど――


『美玖。幸せになって』


 ふと、先輩の言葉を思い出した。


 私の幸せは――子供の頃からずっと一緒にいる射弦と、これからも一緒にいること。


「ねぇ、射弦ー。寄り道して帰らない? 久しぶりに駄菓子屋さん行きたい!!」


 だから前向きな気持ちで射弦を誘ってみた。


「ん? おう、じゃあ、……久しぶりに行ってみるか!! 駄菓子屋!!」


 そしたら明るい返事が返って来たから、やっぱりほっとした。




 駄菓子屋の中は昔とあまり変わっていなくて、目につくところにスーパーボールくじがあって懐かしくなった。


 子供の頃はこのくじが流行っていて、男子は大きいボールを欲しがっていて、射弦ももちろん狙いは一番大きなボールだった。だけど、女子の間ではキラキラしたボールや可愛いボールが流行ってて。


 それが当たると宝物が当たったような気分になれるから『当たり』と呼んでいた。そして、もう一つ――



「ね、久しぶりにやってみない?」


「お? やってみるかー!」


 占いやジンクスが好きな女子の間では、ピンクのボールが出たら『恋が叶う』なんて囁かれていて。


「よーし、当たれー!!」


 私はつい、願掛けしながらくじを引いた。



 そしたら私の引いたくじの結果は緑色。緑って……色の世界ではピンクとはほぼ真裏にある反対色。完全に『ハズレ』。願掛けしていた私は、恋が叶わないと言われたみたいで少しがっかりとした。


 けれど射弦が引いたボールは……キラキラとした半透明ピンクの可愛いボール。


 女子の中では……不透明のピンクよりさらに『当たり』のボール。



「あーいいな、射弦のボール可愛い!!」


 思わずそう言った私に。


「え? じゃあ、美玖にあげる」


 射弦はいつもの屈託のない表情でそう言って、ボールを私に差し出した。


「えっいいの!? ありがとうー! じゃあ、射弦には代わりに私のをあげる」


 そして私は射弦とボールを交換した。


 まさか、好きな人から『当たり』をもらえるなんて。これってくじで当たるよりよっぽど効果がありそう。


 ちょっとそんなバカみたいなことを思うと心が弾む。嬉しくなって射弦の顔を見てみれば、射弦も子供の頃みたいな優しい笑顔を向けてくれていて、その表情にさらに幸せな気分になった。


 あぁ、そう言えば。あの頃は射弦も私も100円を握り締めてここへ来ていて、食べたいお菓子がたくさんあるのにスーパーボールくじだけで40円して。残りの60円で何を買おうか思案したっけ。


 今は100円しか買えないなんてことはないけど、あの頃は……残りの60円がすごく貴重で。だから私と射弦はお互いに食べたいお菓子を相談し合って、半分こして食べていた。


「ねーねー射弦。この水あめ、子供の頃半分こしようとしたら垂れてべたべたになったよねー」


「あ、ほんとだ。懐かしいな! あの頃の俺達はバカだったよなー」


 つい、昔の事を思い出して懐かしくなってしまう。


「うんうん! あの時さー? 射弦が『水あめが服についたまま家に帰ったら、アリの軍団が家までついて来て毎日お菓子をこっそり盗むようになるかもしれない』とか言い出してさー?」


「え、そうだっけ?」


「そうだよ。それで私、それ信じて必死で水あめ洗い流したりしたら服びしょびしょになって、家帰ってお母さんにびっくりされたんだよ」


「あーそうだったそうだった!! 夏だったからよかったよなー!!」


 懐かしくて仕方がない。私が射弦に振られたと思ってから距離を置いてしまってたけど――射弦といると、やっぱりほっとするなぁと思う。久しぶりに過ごす射弦との時間が、より尊く感じる。


 ああ、私はやっぱり今でも射弦の事、大好きだな――。

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