第8話 美玖視点――今年はチョコあげるのをやめてみたい。
――冷たい風が頬を撫でる。
先輩と別れてから数か月が経って、季節はもうすっかり冬になっていた。
一度恋愛から離れてみたくて、クリスマスもお正月も友達と過ごした。
去年は受験生だったけど、受験生だったからこそ、最後の追い込みで射弦の部屋で一緒に過ごしたなぁと懐かしくなる。
クリスマスは、『ほら、勉強するぞ』なんて射弦は真顔で言いながら机に向かってるのに、頭にはトナカイの被り物を被ってて。
『ねぇ、格好と顔が一致してないんだけど』って突っ込んだら、『俺たちは受験生だ。浮かれるわけにはいかない。しかし、気分は味わいたいだろう』なんて言うのがおかしくて、盛大に笑いつつ、勉強の合間にコンビニに行って小さなクリスマスケーキを買って来て二人で食べた。
そしたらそのすぐ後、射弦のお母さんが、『ねぇねぇ、二人とも―! クリスマスケーキ買って来たの! どうぞー』ってニコニコした笑顔で部屋まで持って来てくれて。
射弦と目配せして笑い合いながら、『ありがとうございます』ってその日2個目のケーキを食べてお腹いっぱいになった。
お正月は、射弦のご家族は親戚のおうちに行ってたから、家の中に射弦と二人きりだーなんてドキドキしてたのに、『俺達も神頼みしに行こっか』って射弦に誘われて、二人で近所の神社に初詣に行った。
その時願ったのは……『射弦と同じ高校に受かって、この先も仲良く一緒に笑っていられますように』
……なのに、せっかく一緒の高校に合格できたのに――今では射弦と話すのは、教室とか部活の時くらいになってしまった。
もちろんその間は今まで通り普通に会話して、笑い合ったりもしてるのだけど。
でも――去年みたいに二人でいるあの幸せな時間は、なくなってしまった。
なんでなくなってしまったんだろう。
そうだ、きっかけは射弦のあの言葉。
『そんなに高知先輩がいいなら、付き合っちゃえばいいじゃん。美玖は先輩と仲いいし、結構お似合いだと思うけど』
あの言葉に私が失恋したと思って、それ以来射弦を誘わなくなってしまったから。
あれ? ……あの時は、“付き合っちゃえばいいじゃん” って言葉に気を取られて気付かなかったけど……今、冷静になって思い返してみれば。
『そんなに高知先輩がいいなら』って、確かに射弦は言ったよね。それって……射弦は私が射弦じゃなくて、高知先輩の事を好きだと思っていたという事?
でも……私は射弦の事ずっと好きだし、映画誘ったり、勉強教えてって言ったり、毎年バレンタインチョコ渡したりしてたのに。
けれど考えてみれば、あえて好きですなんて言葉は言ったことがない。むしろそんなの今更だと思って避けていた。
それに、映画に誘うのはいつも私だったけど、その前に新作映画の情報を話して来るのは射弦の方からが多かったし、射弦の部屋で勉強することになったきっかけだって、射弦が『コツを覚えたら簡単だぞ?』って、教えてくれようとしたから私が『教えて』って言えたわけだし。
毎年バレンタインにあげてたチョコだって――私はいつも規制品の面白いチョコで、他の子達みたいな手作りの本命チョコじゃなかった。
それは射弦がいつもたくさんもらってくる手作りのチョコが、大抵その日か次の日には食べないといけないものばかりで、『残したら悪いし』とか言いながら無理して食べてる射弦の姿を知っていたから。私まで手作りをあげるよりは、賞味期限が長い既製品の方がいいかなと思ったのがきっかけ。
でも、私のだけを特別に思って欲しくて、普段冗談ばかり言ってる射弦には、インパクトのある面白いチョコの方が喜んでもらえるかなと思ってたのだけど。……でもそれって、むしろ本命チョコからはかけ離れてるような気がする。
しかもその面白チョコだって……『惚れ薬チョコ』なんて見え透いたものをあげたつもりだったけど、射弦ってば『総理大臣とかに盛ったら……』なんて、それ相手男の人じゃん!
つまりは私が射弦の事を恋愛対象として意識してるって伝わってなかったってことだよね。
……そっか、私はいつまでも進展しないことにもやもやして焦ってたけど、……私が意識していたことが伝わっていないなら、進展しようがなかったのかもしれない。
少し冷静になれた今だからこそ、気付けた気がする。けれど。そこまで考えて、ふと我に返った。
……私、全然射弦の事諦めてないじゃん。未練たらたらじゃん。今でも……好きじゃん。
けれど――私が振られたと思ってるあの言葉が、射弦にとってそんなつもりじゃなかったのなら、諦める必要なんてないわけで。
私が射弦に決定的に振られたと思って泣いた言葉だって――
『美玖、先輩と付き合う事になったんだってな。よかったじゃん。まぁ何かあったら相談くらい乗るから。これからも幼なじみとして、よろしくな』
射弦は私が先輩の事を好きだと思っていたのなら、よかったじゃんと言うのは自然な事だし、相談くらい乗るとか、これからもよろしくなって言葉は、別に私との関係を終わらせようとなんてしてないわけで――
むしろ、その後も私との関係を大切にしようとしてくれていたということ。
なのに私は勝手に進展しないことにもやもやして、勝手に失恋したと思って、私から距離を置いただけ――。
え、やだ。私のせいで射弦との関係が終わっちゃうなんて、そんなの嫌だ。
――また、前みたいな射弦との関係に戻りたい。
その上で、もしもなれるなら射弦とそれ以上の関係になりたい。
――でも、もしもそれ以上の関係になれなかったとしても、私は射弦とこの先も、仲のいい幼なじみの関係でありたい。
それは射弦が言ってくれた言葉と同じ。
もしも射弦に他に彼女が出来たとしても、私はそれを喜んであげたい。射弦がなにか相談したいと思った時、話を聞ける相手でありたい。ただの幼なじみとしてでもいいから。
きっとそんなの絶対ショックだけど、けれど射弦は私にとって、子供の頃からずっと一緒にいた、かけがえのない大切な人だから。
――季節はもうすぐバレンタイン。射弦は今年もまた、たくさんチョコをもらうのかな。
私は――今年はどんなチョコをあげよう。今年こそ、本命チョコを渡してみようか。……うううん、むしろ逆。今年はチョコをあげるのをやめてみたい。
バレンタインにチョコをあげたら、3月14日はホワイトデーになってしまうから。
でも、ホワイトデーは、射弦の誕生日だから。
返事をもらうことにドキドキする日じゃなくて、全力で射弦のお誕生日をお祝いする日にしたい。
でも、射弦は、今――私の事どう思ってるんだろう。
離れていた期間が長くなりすぎて、また前みたいに二人の時間を過ごしてくれるのか、不安になってきてしまった。
たとえば学校の帰り道、また今までみたいに『一緒に帰ろう』って誘ったら――、射弦は、なんて言うのかなぁ?
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