第5話 美玖の気持ち2
無事に合格が決まったのは嬉しいけど、射弦の部屋で一緒に勉強することはなくなったのは寂しくて、そして何にも進展しないのが悲しくて、ちょっと何かアピールしたくなった。けれど今更告白するのも違う気がして……、バレンタインに『惚れ薬チョコ』なんてものを射弦に渡してみた。
そんなもので何か進展を願う私もバカかなと思ったけど、それを受け取った射弦は。
『なにこれ、すっげー。本物の薬みたい。なぁ、もしこれが本物の惚れ薬だったらさ、総理大臣とかに盛ったら俺が日本を牛耳る裏ボスみたいになれるかな』
なんてことを言い出して。
『裏ボスになったらどうするの?』
と聞いてみれば。
『全国民に、ゲームの100連ガチャ無料配布』
すっごいキメ顔してそんな事を言うから。
『そんな事に国の予算使ったら、日本が破滅するから却下!』
私もキメ顔して言ってみたら。
『うわー真の裏ボスは美玖だったかー』
おでこを押さえて仰け反ってそんな事を言うから、また笑い合った。
そんな射弦との時間はやっぱり楽しくて愛おしい。
けれど、こんなに一緒にいるのに何にも進展しない。
もやもやとした気持ちを抱いたまま入学した高校には、可愛い子が多くて圧倒された。仕舞には入学式早々、女の子の間で射弦がかっこいいと話題になったりしていて。
そしてクラスで一番可愛いと話題になってた
やばい、このままじゃ本当に他の子に取られちゃう。そう思って私は射弦が入ったバスケ部のマネージャーになった。
不純な動機で始めたマネージャーだったけど、やるからにはちゃんとしたかった。
けれど、いざやってみるとこれが大変で。
もちろん先輩マネージャーに教えてもらいながら仕事はひとつひとつ覚えていったのだけど、スコアボードの書き方も分からないのに、各メンバーの名前やポジション、クセなんかも把握しないといけなくて、頭がパンクしそうだった。
そんな時、実質バスケ部の中心メンバーである1つ年上の高知先輩が、私のこともよく気にかけて話しかけてくれて、各メンバーの名前や個性を面白い雑談も交えながら教えてくれるから、覚えやすくてすごくありがたかった。
バスケがうまくてムードメーカーで、気配り上手な高知先輩は、射弦にもバスケを教えていることが多くて、二人が並んでいる姿はとても絵になるなぁと思っていた。
私にとってはやっぱり変わらず射弦が一番かっこよかったけど、私の友達の中には高知先輩がかっこいいと騒ぐ子もいて、マネージャーな事を羨ましがられることも多かった。
だから、ある日の部活帰りの射弦との帰り道。何気なく言ったんだ。
『私の周りでさー、高知先輩って人気なんだよね。でも、確かにバスケもうまいし優しいし、高知先輩ってかっこいいよね』
心の中では“私にとっては射弦の方がかっこいいけど” そう思っていた。そしてほんの少し、ほんの少しだけ、射弦に嫉妬して欲しいなーなんて気持ちもあった。なのに――
「そんなに高知先輩がいいなら、付き合っちゃえばいいじゃん。美玖は先輩と仲いいし、結構お似合いだと思うけど」
嫉妬どころか、私と高知先輩がくっつく事を勧める言葉を言われてショックだった。
私はずっと、射弦の事が好きなのに。私が付き合いたいと思っていたのは射弦なのに。その射弦から、他の人と付き合うことを勧められるなんて。
その瞬間、私がずっと心の中で大切に温めていた恋心が、真っ黒な暗闇に包まれて、パラパラと剥がれ落ちて行くような感覚がした。
そしてずっと目を背けていた現実が、急に襲い掛かって来るような感じがした。
そっか。そうだよね。子供の頃から仲はいいけど、いつも何かを誘うのは私の方からばかりだったし、あんなに部屋に二人きりでいても何も起こらなかったし。
志望校一緒にしたり、惚れ薬チョコなんて見え透いたものを渡したり、同じ部のマネージャーになったり、あまりにもあからさまな事をしているのに、何にも進展しないのは……
射弦は私の事――ただの幼なじみとしか思っていないからなんだ。
むしろ、見え見えすぎるアピールに、いい加減他の人を見ろよと言いたかったのかもしれない。
そう思うと、途端に目の前が真っ暗に見えた。部活に行っても楽しめなくなって、マネージャーの仕事も、集中できなくなった。
そんな時、高知先輩にそっと呼び出された。
『違ったらごめんなんだけど……美玖ちゃん、射弦と何かあった? てっきり二人は付き合ってるんだと思ってたんだけど……最近美玖ちゃん元気ないから、大丈夫かなって気になってしまった』
『あ、いえ、射弦には私が片思いしてただけで……。けど、最近振られちゃって。あはは、私、ダサいですよねー。ごめん、なさい……、マネージャーの仕事には、うぅ、影響しないように……っ、する……ので……』
言葉にしたら急に涙が出てきた。あぁ、そうだ、好きだったのは私だけ。なのに勝手に振られて、マネージャーの仕事がおろそかになってしまっていた事を自覚した。自覚したら自分が情けなくなってきて、後半は涙を堪えながらになってしまった。
すると高知先輩は――。
『……そっか、無理しなくていいよ。それだけ好きだったって事だろ? 子供の頃から仲が良かったならなおの事……。でも、もし、俺が美玖ちゃんの力になれるなら力になりたいと思うよ。……俺じゃ射弦の代わりにはなれないと思うけど、気晴らししたくなったらいつでも誘って。俺は……美玖ちゃんのこと、好き……だから、さ。元気でいて欲しいなと思う』
そんな事を言ってくれた。
まさか先輩が私を好きだと言ってくれるなんて思ってもいなかったから、びっくりした。だからと言ってすぐに先輩を誘ったりすることはなかったけど、自分に自信をなくしていた私は、その言葉に少し心を救われた。
後ろばかり見てたらダメだ。部のみんなにも迷惑がかかっちゃう。前を見ないと……。
なのに、射弦の事を忘れようとすればするほど、積み重ねた思い出がありすぎて、一人ではどうしたらいいのか分からなくなっていた。
だから、ネットで検索してみたり、雑誌の特集ページを見てみたり、友達に相談してみたりした。するとみんな揃って言う事は同じで。
“失恋の痛みは、時間が解決してくれるか、新しい恋をすること”
でも――射弦と一緒に居た時間は、私の人生のほぼ大半。時間が解決してくれるなんて、そんなの一生かかると思った。
けれどこのままいつまでも引きずっていたらバスケ部のみんなにも迷惑がかかるし、射弦とはこれからも同じバスケ部のメンバーなわけなのだし、射弦とこのまま仲違いしたみたいになるのも悲しい気がした。
別に射弦に拒否られたわけではないし、動機は不純だったとはいえ、マネージャーをやると言ったのは自分なのだから、早く元気になって射弦とも今まで通りの関係に戻りたかったし、マネージャーの仕事もちゃんとしたいと思った。
だったら……ゆっくりでも、前を向くために、新しい恋を探してみるのもいいのかもしれないと思った。
そんなある日の部活中、高知先輩に声を掛けられた。
『顧問の林先生が、今から出張で出るらしいんだけど、今日急に暑いからみんなになにか差し入れ買ってきてあげてってお金置いてってくれたんだ。コンビニ行こうと思うんだけど、美玖ちゃんも付き合ってくれない?』
『え? あ、いいですよ! 喜んで』
そんな会話をして、部活を二人で抜けて一緒にコンビニに行った。
みんなに差し入れを配り終えた後、また高知先輩がそっと話しかけてきて。
『さっきは付き合ってくれてありがと。これは俺からのちょっとしたお礼。ボトルカバーついてて可愛かったから、あげる』
そう言って、ペットボトルカバーのおまけがついたスポーツドリンクをくれた。
私はコンビニまでついて行っただけで、ほぼほぼ荷物は先輩が持っていたのに、たぶんこのドリンクだって、荷物にならないようにわざわざ差し入れを配り終えてからくれたんだろうのに。
『わー、このキャラクター好きなんですー。ありがとうございます』
先輩の気遣いが嬉しくて、返事する声が思わず弾んだ。
別にやましいこともなく普通の会話をしていただけのつもりだった。ただ、部活中だったから、少し控えめの声で話していただけ。
だけど、だからこそ、近くにいた人には部分的に聞こえたのかもしれない。
知らないうちに部の中で噂が回っていた。
『なぁなぁ、こないだ高知先輩が美玖に付き合ってって言って、美玖がOKしてたぜ。ほら、ペットボトルカバーも二人お揃いじゃん?』
『マジ? あ、ほんとだ。あの二人仲いいもんなー。そういえば、俺もこないだ部活中にこっそり二人で抜け出してたところ見たわ』
『あ! 僕も僕も。美玖が先輩に好きって笑顔で言ってたのチラッと聞いた。その時は聞き間違いかなって思ったけど、そういう事だったんだー』
『あの二人、お似合いだよな』
『うんうん! でも……射弦はそのこと、知ってるのかなぁ?』
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