第4話 美玖の気持ち1

 私には、仲のいい幼なじみがいる。その人の名前は、射弦。

 勉強も出来て、スポーツも出来て、背も高くて、おまけにイケメン。

 でも、私にはそんなの全部どうでもいい事。


 私にとっての射弦は……物心ついた頃からそばにいる、かけがえのない存在。何物にも代えがたい、大切で、大好きな人。


 幼稚園の頃は、家のすぐ裏の広場でヒーローごっこをするのが射弦は好きで、私はよくお姫様役をやっていた。


『かいじんコワイヤーツめ! ひめはゆずらないぞ! えい、やぁ! とりゃぁー! ……はっはっはーやっつけたぞー!! ひめ、だいじょうぶですが、あくは ねだやしにしましたぞ!』


『さすがヒーロー! わたしをたすけてくださったのですね!』


 そんな三文芝居をしては、手を取り合って抱きしめ合うこともあれば……。



『あ、美玖、毛虫ついてる』


『え、うそ! とってとってとって!!』


『うっそー! くっつき虫でしたぁー!』


『もぉおおお!! いづるのばか!!』


『ひっかかる美玖がバカなんだよーっ。はははっ』


 そんなやりとりをして、私は射弦をポカポカと軽く叩きながら笑い合ったりもしていた。


 何気ない日々が楽しくて、心地よくて、いつも一緒にいるのが当たり前だった。けれど射弦は幼稚園の頃からモテたから……バレンタインにはたくさんの女の子から『いづるくん大好き♡』なんて言いながらチョコをもらう事が多かった。

 

 だけど私は、そのたくさんのチョコから差別化したくて、私のチョコを一番特別だと思って欲しくて、いつからかバレンタインには面白いチョコを探して来て、射弦にあげるようになった。


 ホワイトデーになると、射弦は同じお菓子をたくさん買って来て、チョコをくれた人みんなに同じように配っていたけれど、幼なじみの私だけはちょっと特別。射弦の家で、いつもケーキをいただいていた。


 だって3月14日は、射弦の誕生日だから。


 私にとっては、ホワイトデーのお返しなんてどうでもよかった。そんなことより、射弦の誕生日の方が大切で、射弦が生まれて来てくれた日を一緒にお祝い出来ることが嬉しかった。だから、射弦のおうちの誕生日会に私も呼んでもらえる事が幸せだなって思ってた。


 けれど……大きくなるにつれて、子供の頃は当たり前だったおうちでのお祝いがなくなっていった。


 だから――『お返しは3倍返しね♡』なんてホワイトデーを理由に付けて、3月14日には射弦とファミレスに行って、私の分は奢ってもらって、射弦の分は誕生日のお祝いとして私が奢って、――結局割り勘して一緒に食事するようになった。


 どうしたって、何したって、私は子供の頃から射弦の事が特別で、大好きで、――それが恋心だと気付いたのは、いつからなんだろう。そこに区切りなんてものはなかったのかもしれない。



「なぁ、美玖、昨日のスパイカズン見た?」


「見た見た!! ついにお互いの正体バレちゃったよね。この先どうなるのかなー」


 子供の頃から一緒にいるから、好きなものや興味が似ていて、好きなアニメやゲームの話をすることも多かった。


「ふっふっふ。俺はあのアニメの漫画の最新巻を持っている」


「うっそ!! 読みたい!! 貸して!!」


「そう言うと思って持って来た」


「マジ? さすが射弦、神じゃん!」


 漫画を貸したり借りたりすることも多くて。


「だろ? そう言えば、夏休みに映画もやるらしいな」


「えー!! ヤバい、見に行きたい!! ねー射弦、一緒に行こ?」


「ん、いいぞ。どうせ映画見にいくなら、俺、あのアニメに出て来る猫グッズも買いたい」


「あっあの巨大猫、可愛いよね!! 私も欲しい。じゃあそれも一緒に見に行こ!!」


 一緒に映画に行ったり、買い物に行くことも良くあった。家に帰れば通話しながらネットゲームして、それが休みの日の前日だったりしたらそのまま寝落ち、射弦のいびきで目覚めて通話越しにおはようと言う事もあった。


 よくアニメや映画の中で見る彼氏彼女というものにはまだピンと来ていなかったけど、射弦との関係がこのまま続けば、そのうち彼氏彼女みたいな関係になっていくのだと勝手に思っていた。


 けれど、中学2年のある日。


「ねー、美玖は射弦君と仲いいけど、付き合ってるの?」


 親友の舞にそんな事を聞かれた。


「え? 射弦とは子供の頃からの幼なじみだけど、付き合ってるわけでは……」


「でも美玖、射弦君の事好きでしょ。射弦君モテるしさ、早くしないと他の子に取られちゃうよ? ほら、来年は受験生だし、高校別々になったら会う時間だって必然的に減っちゃうんだし。今のうちじゃない?」


「あ……そう、なのかな……」


 急に不安になった。そっか、今までは当たり前に同じ学校だったけど、高校生になったら別の高校に行くことになるかもしれないんだ。射弦はどこの高校に行くんだろう。……同じ学校、行きたいな。自然とそう思うようになった。だから私は、射弦と同じ高校を志望校にした。


 そんなある日、学校の帰り道でたまたま射弦と一緒になって、テストの順位の話になった。話しているうちに私の順位だと志望校合格は厳しいんじゃないかという話になって、テストで分からなかったところの話になった。


 数学の図形問題とか理科の計算問題が苦手だって話したら、コツを掴んだら簡単だぞ? と射弦は言い出した。けれど歩きながら説明してもらっても分からなくて。そして、私はどうしても射弦と同じ高校に行きたくて。


 だから……思い切ってお願いしたんだ。


『ねぇ、射弦。勉強……教えてもらえないかな』って。


 射弦とは家が近かったし、子供の頃から互いの部屋には行き慣れていたから、自然と射弦の部屋で勉強することになった。


 けれど、その頃の私にとってはもう子供の頃みたいな感覚ではなくて、好きな人の部屋に二人きりだという、少し特別な感覚になっていて。


 問題を教えてもらう時、同じ問題集を見るために近くなった射弦の顔にドキドキしたり、『おーい、美玖。寝るな―』って言いながら頬を突いて来る射弦との距離感に嬉しくなったり、うたた寝してる射弦の寝顔に見とれてドキドキしたりした。


 そんな様子を学校で舞に話した時。


『で、射弦君とはどこまでいったの。キスとか、した?』


 内緒話をするような距離感と声で、そんなことを聞かれたりしたけれど。


『え? するわけないじゃんー。まだ付き合ってるわけでもないのに』


 赤面しながらそう答えつつ。


『でもさ? 美玖と射弦君はもうペアみたいなもんじゃん。そういう事が先にあってから付き合うのもありだと思うんだよねぇ。だって今更“好きです、付き合ってください” とか、言う感じじゃなくない?』


 舞のその言葉に、『確かにそうかも』と思ったりもした。


 だから――


 射弦の部屋に行く度に、唇に艶があった方がキスしたくなるのかなとグロスを塗ってみたり、べたべたしない方がいいのかなとマットタイプの口紅にしてみたり。


 むしろ唇はリップクリームくらいの自然な感じにして、代わりに女の子っぽい香りがする方がいいかなと、いい匂いがするヘアクリームを使ってみたり。


 思い返すとバカみたいな事をしたりもしていた。


 けれどやっぱり何にも進展はないまま。それでもやっぱり射弦と過ごす時間は幸せで、射弦と同じ高校に行きたかったから、勉強はかなり頑張った。


 

 そしていよいよ合格発表の時。射弦の部屋で一緒にネットで合格発表を見た。

 するとお互い無事に合格していて――私も射弦も興奮したからなのかな、気付いたら抱きしめ合いながら喜んでいて。努力が報われた嬉しさと、緊張の糸が切れた安心感、そして射弦がやっと抱きしめてくれたという喜びで、思わず涙が出た。


 すると射弦が私の頭をポンポンと撫でながら私の顔を見つめたから……いよいよキス、されるのかと思った。


 けど、そんな事はなくて。幼なじみだから、距離感が近くなりすぎただけ……そこに私が勝手に期待してしまっただけなのかなと、少し悲しくなった。

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