第3話 ……これって両想い、だよな?

「お、俺の匂いって……。変なこと言うなよ。嫌ならしなくていいぞ?」


「ん? 嫌なわけないじゃん。射弦とは子供の頃から一緒にいるんだもん。むしろこの匂い、安心するから……好きだよ」


「……っ! そ、そっか。それならそのままつけて帰っていいよ。いつもしてるのになかったら、首元余計寒いだろうし」


 気のせいだろうか。美玖の言った“好きだよ” という言葉に、特別な意味があるように聞こえた。


 けれど……仮にも俺は、『チョコあげない』と言われたばかり。俺が美玖の事を好きだから、自分に都合よく聞こえてしまっただけなのだろうか。やっぱり美玖の本音が分からない。


「射弦は相変わらず優しいなぁ。ありがとー。じゃあ、明日返すね」


 分からないけど、美玖に優しいと言われるのは嬉しいし、今みたいな美玖の笑顔はやっぱり可愛い。どうしたって俺は、美玖に惚れてしまってるんだと自覚する。


「……でも、そしたら明日、美玖はまたマフラーなくない?」


「え? そっか……そしたら明日は……我慢する」


 けど……残念そうにしょんぼりとした美玖も、やっぱり可愛い。結局どんな美玖も可愛いと思ってしまう俺は、相当どうしようもなく惚れてしまっている。


「はははっ。そんな残念そうな顔するなよー。そのマフラーあげるから。自分のが見つかるなり、新しいの買うなりするまで好きに使って」


 そしてつい、美玖の頭をポンと撫でた。


 すると美玖は――やっぱり嬉しそうな顔をして照れた。……ように見えた。けど、これも俺の自惚うぬぼれか? いや、違うよな? やっぱり美玖も俺の事……


 そう思った時。


「ねぇ、射弦? 射弦はなんで彼女……作らないの?」


 急に真面目な顔した美玖にそう聞かれた。


「え? ど、どうしたんだよ、急に……」


 まさか“美玖の事が好きだから” だなんて、このタイミングで言えるわけがない。


「んーだってさ、射弦、モテるじゃん。今年もたくさん本命チョコもらうでしょ? その中から誰か選んだり……しないの?」


「え、いや、今年ももらえるとは限らないじゃん。むしろ今年は誰からももらわない。美玖が……いつもみたいに面白チョコくれるなら、それは欲しいけど」


 代わりに、……どんな誰からの本命チョコよりも、美玖からのチョコが欲しい。美玖からのチョコだけが欲しい、そう言ったつもりだった。


 けれど。


「んー。かぁ。でも、今年はあげないって決めてるから」


 美玖の答えは揺るがなかった。


「そ、そっか。残念。俺、お前のチョコ毎年楽しみにしてたのになー」


「ふふー。毎年気合い入れて選んでたからねー」


 内心、ショックだった。けれどそれを悟られたくなくて、平静を装った。そしてふと不安になった。俺がバレンタインにいろいろな女の子からチョコをもらっていたように、美玖だって、いろいろな男に義理チョコとはいえ面白チョコを配っていたのだろうか。


「たぶん、もらったやつらみんな喜んでたと思うぞ」


 不安になりつつ言ってみれば。


「え? みんなに配ってたと思ってたのー? 私、射弦にしかあげたことないのになー?」


 美玖は冗談ぽくぷくーっと頬を膨らませて拗ねてみせた。


 う。拗ねた顔も、くっそ可愛い……。それに、チョコを渡していたのが俺だけとか……嬉しい。


 でも……それは過去の話。『今年はあげない』と、また言われてしまった。つまり……“今年のホワイトデーは一緒に過ごさない” 遠回しにそう言われた気がして、密かに俺は、またショックを受けた。




◆◇



 翌日、美玖は何気ない顔をして俺があげたマフラーをつけて登校していた。自分のマフラーを無くしたから臨時で付けているとはいえ、俺があげたマフラーを好きな子が付けているというのは込み上げるものがある。


 けれどきっとこれも美玖が新しいマフラーを買うまでの数日だけのこと……。俺のただのグレー一色のマフラーは、暖色系を好む美玖の好みとは違っている。きっと可愛いマフラーを新しく買うだろう、そう思っていた。けれどその翌日。



「ねー射弦ー。これ、あげる。射弦のマフラーもらっちゃったから、やっぱり射弦もずっとなしなのは寒いと思って」


 そう言って渡されたのは、俺が上げたマフラーそっくりの、グレー一色のマフラー。


「え。新しく買うなら自分の買えばいいのに」


「え? まぁいいじゃん、せっかく買っちゃったんだし! それとも……別のデザインの方がよかった? 似てる方が間違いないかなって思ったんだけど!」


「あ、いや。ありがたくもらっとく。わざわざ、ありがとな」


「こちらこそだよー」


 そう言って照れた美玖の首に巻かれてるマフラーもまた、俺が上げたグレー一色のマフラーで。仮にも『射弦のにおいがする』と言われたマフラーなわけで。


 ……気付いてないのだろうか。俺と……お揃いみたいになっていること。それとも……わざとなのだろうか。美玖の真意が分からない。


 分からない……けれど、普通に考えて、どう考えたって、嫌いだとしたら駄菓子屋寄って帰ろうなんて誘うはずがない。


 そしてどう考えたって、仮にも俺の匂いがすると言ったマフラーに顔を埋めてあんな顔をするなんて……多少なりとも俺に好意があるとしか思えない。


 ここまでの俺の考え、間違ってないよな??


 そしてそして……多少なりとも好意がなければ……新しいマフラーを買う時に俺に新しいマフラーを買って、自分はほぼ俺とお揃いだと思われかねない俺のにおいのついたマフラーをそのまま使ったり……なんて、しないよな??


 普通は自分用に新しく買って、古いマフラーを俺に返すよな?? そっちが普通だよな??


 ……俺、間違ってないよな??


 つまり、『今年はチョコあげない』この言葉だけがおかしい。よな??


 正解が知りたくて、自問自答を繰り返す。誰か、間違ってるなら間違ってると言ってくれ。俺……美玖と両想いじゃないかと思うんだけど。


 よし、じゃあ、美玖が俺の事を好きだと仮定して。それなのになぜ『今年はチョコあげない』と言ったか……そっちの可能性を考えよう。


 いや、待てよ? 美玖が言ったのは、『今年はチョコあげない』だ。


 『何もあげない』とは言っていない。つまり……をくれる可能性はあるんじゃないのか??


 そうだ。きっとそうだ。美玖は……今年は明らかな義理チョコだと思われる面白チョコではなく、他のもの……つまり、本命だと思われるものをくれるつもりなんじゃないだろうか?? 


 だとしたら、俺は美玖と付き合いたい。ホワイトデーなど待たずに速攻美玖と付き合いたい。


 また他の誰かに取られる前に……俺は美玖と付き合いたい!!



 その時の俺は、美玖が俺の事を好きだと確信して、少し浮かれ気分になっていた。

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