第2話 幼なじみとの距離感

「え? お前……いつの間に先輩と別れたの? だってあんなに仲いいのに……」


 思わずそんな疑問が声となって出た。美玖と高知先輩は、はたから見ていれば相変わらずお似合いだと思うほど仲がいい。今朝の部活だって、二人は仲良さげに冗談を言い合っていたのに。


「へへ。振られちゃった。でも、先輩ってやっぱり優しいよね。別れてもそれまでと変わらず接してくれるし。ほんと、私にはもったいない人だったよ」


「…………」


 美玖の言葉に返す言葉が見つからなかった。あんなにお似合いで、あんなに仲がいいのに……高知先輩から告白しておいて、高知先輩の方から振るなんて。一体どういうことだよ。


 けど。仮にも振られたという美玖に、それ以上聞くのは傷をえぐる行為のような気がして何も聞けなかった。だから、ただ無言で一緒に家に向かって歩いていた。


 すると、美玖の方から話しかけてきた。


「ねぇ、射弦ー。寄り道して帰らない? 久しぶりに駄菓子屋さん行きたい!!」


「ん? おう、じゃあ、……久しぶりに行ってみるか!! 駄菓子屋!!」


 そうして、小さい頃美玖とよく一緒に行った駄菓子屋に行ってみることにした。



◆◇


「うわー。見て見て射弦。懐かしいー!! このくじ引きまだあるんだね。1等が出たら特大スーパーボールがもらえるくじ引き!!」


 美玖は古い宝物でも見つけたかのようなキラキラとした瞳で喜んでいる。


「え? ほんとだ。懐かしいな! 結局まだ一度も1等当てた事ないんだよなー」


 壁に貼られた少し年季の入ったスーパーボールくじの見本を眺めながら懐かしくなった。その見本には一番上の段には特大スーパーボール、2段目以降から段々とサイズが小さくなりながらもいろいろな柄や色のスーパーボールが張り付けられている。

 

 子供の頃って、なんであんなにスーパーボールが好きだったんだろう。この駄菓子屋で当てたものなのかどうなのか、特大スーパーボールを持っていると、小学生低学年の頃はみんなのヒーローになれた。その後先生に見つかって怒られるまでがセットだったけど、俺もみんなもこぞってそのヒーローポジに憧れて、少ない小遣いを握りしめてくじを引いたりしていた。


「ねぇねぇ、子供の頃って一番大きいサイズがぜーんぶ1等だと思ってたけど違うんだね。キラキラのスーパーボールは当たりって呼んでたけど、それも違うんだね」


 美玖はまじまじと見本を見ながら笑顔でそんな事を言って来る。


 言われて俺も見て見れば、スーパーボール一つひとつに番号が振られていて、1等や当たりなどという表記はなかった。


「ははは、ほんとだ」


「ね、久しぶりにやってみない?」


「お? やってみるかー!」


 美玖の子供みたいな無邪気な表情に、俺もついやる気になる。



「よーし、当たれー!!」


 当たりなどないという会話をしたばかりなのに、それでも美玖はそんな事を言いながらくじを引いた。


 俺もそれに続いてくじを引く。


「……じゃあ、俺はこれ!」


 くじの結果、美玖は緑の小さなスーパーボール、俺は小さいけれどキラキラとした半透明ピンクの可愛いスーパーボールだった。


「あーいいな、射弦のボール可愛い!!」


「え? じゃあ、美玖にあげる」


「えっいいの!? ありがとうー! じゃあ、射弦には代わりに私のをあげる」


 美玖は俺の手の平からピンクのボールを取ると、自分の緑のボールを変わりに乗せて嬉しそうにはにかんだ。


 そんな美玖の表情を見て、俺も自然と頬が緩む。きっと俺一人では駄菓子屋に寄ろうとは思わなかったし、スーパーボールくじも一人では絶対にやらなかった。美玖と一緒だから楽しいと思うし、そして美玖の何気ないこんな可愛い表情が見られたのだから、このピンクのボールは俺にとっては間違いなく“当たり” だったなと思う。


 その後、懐かしい駄菓子を選びながら昔話に花を咲かせ、会計を済ませて店を出た。


「あー楽しかった!! 懐かしいお菓子いっぱいあったね!」


「そうだな、番台のばぁちゃんも昔と変わらず元気そうで安心した」



 美玖は買ったお菓子の入った袋を胸に抱えながら満足そうだ。



「うんうん!! あんなにたくさんあるお菓子の値段一つひとつ覚えてるのすごいよね!!」


「確かに、美玖より暗記力すごいんじゃね?」


「もぉ~。……そうかもしれない」


 そして冗談を言いながらまた笑い合った。――美玖といるとどんどん会話が弾んで楽しい。……やっぱりほっとするなぁと思う。美玖が先輩と付き合い出してからはこうした二人の時間というのはなんとなく避けていたから、久しぶりでより尊く感じる。まだ、もう少し一緒にいたいなと思う。すると。



「ね、射弦ー。……お菓子、公園で食べて行かない?」


 伺うような上目遣いで言われてドキッとした。もしかして……美玖も俺ともう少し一緒にいたいと思ってくれてるのだろうか。


 けれど、――『今年はチョコあげないからね』美玖に言われた言葉を思い出して胸がチクリとする。彼氏と別れて本命チョコをあげる相手もいないはずなのに、今まで毎年欠かさずくれていた義理チョコさえ“あげない” と宣言するのはどんな思惑があるのだろう……。気になって仕方がなくなってきた。とはいえ今更話題を戻してチョコをねだるのも恥ずかしい。


「ん? あぁ、いいよ。ちょっと小腹減ったし。食べて行こっか」


「うん!」


 平静を装って返事した俺に、美玖はまた嬉しそうな笑顔を浮かべて返事した。




◇◆



「ね、ね、射弦の買ったお菓子見せて―」


「えー? 選んでるところ見てたじゃん」


「そうだけどー。改めて見たいのっ」


 公園についてベンチに座ると、美玖は俺の袋の中を覗くように身体を寄せて来た。俺の左腕に美玖の身体がぐっと触れて、ふわっと美玖の髪のいい匂いがする。

たまにある、美玖が女の子なんだなと実感する瞬間。


(……距離感、近すぎるんだけど)


 逆に美玖は……俺の事を男だと実感することはあるのだろうか。それともただの幼なじみとしか思ってないのだろうか。


「ね、私が買ったのと結構かぶってるね!!」


 袋から視線を俺に向けた美玖は、イタズラっ子みたいな顔をしてそんな事を言う。けれどその距離は……しようと思えばキス出来てしまいそうなほどの距離で、抱きしめようと思えばそれも出来てしまいそうな距離で。相変わらず身体や足が、俺に触れたままで。


 ドキドキしているのは……俺の方だけなんだろうか。


「まぁ、美玖とは好みが似てるもんなー」


「うん。せっかく射弦と半分こしようと思って買ったお菓子まで同じの買っててウケる」


 ……むしろ、先輩ともこんな距離感だったんだろうか。俺と美玖はただの幼なじみだけど、先輩とは付き合ってたんだから、そのまま抱きしめ合ったりキス……したりしたのだろうか。


 つい、悶々と考えては嫉妬してしまう。


 いや、けれど考えてみれば美玖は今フリーなわけで。今日駄菓子屋に行くことも公園に寄るのも、誘って来たのは美玖の方なわけで。そしてこの距離感なわけで。


 ……今、告るチャンスなのでは!?


 そんな考えが脳裏に浮かんだけれど、やっぱり『今年はチョコあげないからね』という美玖の言葉を思い出して尻込みしてしまう。


 あの言葉の真意はなんなのだろう。せめてそれだけでも知ってからにしたい。

 美玖とのこの心地いい関係を壊すのだけは、俺は絶対に避けたいのだ。


 


 美玖と一緒にお菓子を食べながら悶々と考えていると、ヒューっと風が吹いた。


「わ、寒ーい」


「あれ? そう言えば美玖、今日はマフラーしてないじゃん」


「そうなの。どっかに忘れて来たみたいで、なくしちゃったー」


 言いながら美玖は寒さに首をすくめている。その首元にはいつもしているマフラーはなくて、一際寒々しく感じる。


「なら、俺のつけとく? 俺はなくても平気だからさ」


 そう言って俺のマフラーを美玖の首に巻いた。すると美玖は。


「いいの? ありがとー。へへ、このマフラー、射弦のにおいがする」


 嬉しそうに俺のマフラーに顔を埋めて照れたから、俺は思わずその顔に、ドキッとした。

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