幼なじみが、今年はチョコあげないと言い出した。

空豆 空(そらまめくう)

第1話 幼なじみがチョコあげないと言い出した

「ねぇ、射弦いづるー。今年はチョコあげないからねー」


 学校からの帰り道。たまたま一緒になった幼なじみの美玖みくと一緒に帰っている最中、そう言われた。


「え? なんで。今年はくれないの? 毎年お前がくれるチョコ楽しみにしてるのに」


 そう、家が近所の美玖とは物心ついた頃からの幼なじみで、バレンタインには毎年おかしなチョコをもらうのが恒例となっていた。


 ある年はロシアンルーレットチョコ、またある年は宝箱に入ったお金チョコ、……瓶に入った惚れ薬チョコ、なんて年もあった。


 毎年どんなチョコがもらえるのか、密かに楽しみにしていた。けれど俺が本当に楽しみにしていたのは……


 ホワイトデーになると毎年『お返しは3倍返しね♡』なんて言う美玖と二人でファミレスに行って、そのままの流れでゲーセン行ったりして遊ぶ事。なのに。


「うん、あげなーい。私があげなくっても、射弦は毎年本命チョコたーっくさんもらうでしょ?」


 美玖はそんな事を言う。


「またまたー俺のせいにして。あれだろ? 今年は彼氏への本命チョコしかあげないってことだろ?」


 そんな美玖に、俺は平静を装って尋ねた。同時に、きっとその後返って来るであろう『へへーバレた?』なんて屈託のない笑顔に対して身構えた。



 正直、俺は子供の頃から美玖の事が好きだった。けれどせっかくの仲のいい関係が壊れるのが嫌で、告白出来ないでいた。正確にはタイミングを推し量っていた。なのに……その間に美玖に彼氏が出来てしまった。


 それも、その相手は……俺が到底適う事のない、部活の先輩。



 ……思えば、美玖とは中学までが一番幸せだった。



 家が近所で同じ歳の美玖とは、子供の頃から当たり前のようによく一緒に遊んでいた。


 夏になれば庭先で一緒にプールに入って水遊びをして、その後は一緒に風呂に入って一緒に昼寝する。寝起きに一緒にスイカを食べて、どっちの方が大きいとか、どっちの方が種が多いとか、そんな勝負をして。


 “種食べたらへそからスイカが生えて来るから気をつけろよ” なんて見え透いた嘘を言ったら、美玖が信じて怖がり始めて。“ウソだよ” って言えば拗ねながら笑う美玖が可愛くて、一緒に笑い合ったりもした。


 小学生になれば、公園で遊んだり駄菓子屋で買ったお菓子を半分こして食べたり。高学年になった頃には、しょっちゅうネットゲームしながら通話して、そのまま他愛ない会話をするようになって。


 中学生になった頃には、それに加えてたまに映画を一緒に見に行くようになった。


 物心つく頃から一緒にいるから、互いの好みも把握していて、そして似ていたから、漫画の貸し借りしたり、一緒に買い物に出かけたり。


 一緒にいることが当たり前で、心地いい関係だと思っていた。


 中二の三学期にもなると、進路の話が時折学校でも話題に上がるようになって、その時美玖の志望校が俺と一緒だという事を知る。


 けれど美玖の当時の学力では足りなくて、『勉強教えて』と言って来た美玖と、俺の部屋で勉強を教えたりしながら一緒の高校合格を目指すようになった。


 受験の日が近づくにつれ、俺の部屋で美玖と過ごす時間が増えていって、時に勉強が分からないと弱音を吐く美玖を揶揄ってみたり、やればできるじゃんと励ましてみたり。


 うたた寝する美玖の頬をつついて起こす日もあれば、俺がつつかれる日もあって、そして眠気覚ましに買ったガムの辛さに一緒に悶えながら笑い合う日もあった。


 俺が美玖専用の受験対策問題集を作ってやれば、美玖はお礼にとチーズケーキを作って来てくれることもあって……


 そうして共に受験期間を乗り越えた仲だったから、俺も美玖も同じ高校に合格した時には、嬉しくて互いに抱きしめ合って喜んだりもした。


 その時……、俺に抱き着いたまま嬉し涙を流して喜ぶ美玖が可愛くて。俺は思わず美玖の頭をポンポンと撫でた。


 けれど嫌がる事なく俺の顔を見上げた美玖とのその距離感に……思わず俺はキス……したくなったんだ。


 その時、俺は急に美玖を女として意識している事を自覚した。そして同時に、もしもそのままキスしようとして拒まれてしまえば、それまでの美玖との関係が壊れてしまうかもしれないと怖くなった。


 それだけは嫌だった。美玖との関係だけは壊したくない。大切にしたい。そう思った。だから俺はその衝動を抑え込んだ。


 せめて美玖が俺の事をどう思っているのか知ってからにしよう。そう思いながら高校生になった。


 高校生になると、美玖は俺が入ったバスケ部のマネージャーになった。


 そこで俺は少し自惚うぬぼれた。昔からいつも映画に行こうと誘って来てたのは美玖の方だったし、志望校も俺と一緒、勉強を教えてと言って来たのも美玖からで、さらに俺が入った部活のマネージャーになったのだから、これはもう、美玖も俺と一緒にいたいんじゃないか、俺の事を好きなんじゃないかと思うようになった。


 けれど……とある日の部活の帰り道。


『高知先輩って、かっこいいよね』


 美玖が何気なく言った一言に、俺は嫉妬してしまった。


 高知先輩は、一つ年上のバスケ部の先輩。背も高くてバスケもうまい、おまけにイケメンなのに誰にでも優しいさわやかな好青年で、学校中にファンがいる程の人気者。


 俺だって1年の割にはレギュラー入りしたし、1年の中では背が高い方で、それなりに女子からの黄色い声援を浴びたりはしていた。けれど、背だってバスケだって女子からの人気だって、高知先輩には何一つ敵わなかった。むしろ、俺がいつも教えてもらうのが高知先輩で、プレースタイルの参考にするのも高知先輩。俺にとっても憧れの先輩だった。


 ――敵わない。そう思った途端、激しい嫉妬心が俺の中に高ぶって来ていて。


『そんなに高知先輩がいいなら、付き合っちゃえばいいじゃん』


 カッとなった俺は、つい――そんな事を言ってしまった。


 俺の中に、不安があったのだと思う。部の中心メンバーである高知先輩と、マネージャーである美玖はどうしたって話す機会が多く、仲がよかった。

 ひいき目なしに誰がどう見たって美男美女の二人はお似合いで、二人は付き合っているという噂が流れたりもしていた。


 だから……実は美玖も高知先輩の事が好きなんだろうか、二人は両想いなんだろうかと……そんな不安がきっと俺の心の中にくすぶっていたのだと思う。


 もしかしたら、発破をかけることで美玖に否定して欲しかったのかもしれない。否定してくれたら、俺の気持ちは穏やかでいられただろうと思う。けれど、美玖は――


『えー、何言ってるの。私と高知先輩じゃ釣り合わないよー』


 そんな、どっちとも取れるあやふやな返事をした。




 それからしばらく経ったある日。部の仲間から、高知先輩と美玖が付き合い始めた事を聞いた。


 なんだよ、両想いだったのかよ。俺のあの言葉のせいで美玖が告白したのか。そう思った。けれど意外にも告白してきたのは高知先輩の方だったらしい。


 俺の――はじめての失恋。相当なショックだった。けれど……好きなやつの幸せを喜べなくてどうするんだと、俺は心を押し殺して美玖に言った。


『美玖、先輩と付き合う事になったんだってな。よかったじゃん。まぁ何かあったら相談くらい乗るから。これからも、よろしくな』



 そんなわけだから、今、美玖がチョコくれないと言い出したのも、きっと先輩への本命チョコしかあげないという事なのだろう、そう思った。なのに。


 美玖の返事は意外なものだった。


「え? 違うよー? 高知先輩とは、とっくに別れちゃったもん。今年は誰にもチョコあげないってだけだよ」


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