5灯

 あの日からストーカー行為がぱたりと止んだ。


 いい加減愛想をつかしたのだろう。

 毎日のように交わされた不毛な会話もなくなり、私の元に穏やかな日常が戻る。


 自己嫌悪。


 どう考えても私が悪い。酷い態度を取ってしまった。

 謝りたいと思う反面、顔を合わせないことに安堵している自分もいる。


「ヘタレ、腰抜け、根性なし、ナメクジ」


 ……ナメクジに失礼だな。

 いくら悪口を並べ立てても状況は変わらない。今の私に出来ることと言えば――。

 もぞりと布団から抜け出し、仕事に向かう準備を始めた。


 今日はあいにくの雨。最近は特に空気が重く、不快指数が跳ね上がる。

 であっても私の仕事に休みはない。灯屋は年中無休なのである。


 雨合羽代わりのフードを被り、ぬかるむ道を踏みしめ進む。


(ああ嫌だ)


 田舎町であるがゆえ舗装されている道は街道と中央広場くらいなものだ。

 踏み固められた土の道を、時折水たまりを蹴とばしながら街灯を辿る。


(思い出したくないのに)


 止まない雨の中。いつも通り点火棒を伸ばし念じれば、ぼんやりと温かな灯が辺りを包む。

 灯具の芯に使われているのは魔法石だ。種火を生じさせる際の魔力で点火し、私の魔法ならおよそ20時間ほど灯り続ける。もちろん雨で消えることはない。火は関係ないんだなぁ。


(だから雨の日は――嫌いだ)


 余計なことを考えまいと、気付かない振りをすればするほど鮮明に蘇る。

 それは私にとってトラウマとも言える過去の出来事だった。


 真っ先に浮かぶのが前世の頃。大学を卒業後就職してすぐの事だ。

 一言で言ってしまえばブラックな職場だった。皆に余裕がなく、その日私はミスをした同僚を激しく叱責した。結果孤立し、体調を崩して職場を去る事となる。

 自業自得とはいえ不幸は重なるもので。失意のまま雨の中を彷徨う私は交通事故に合い命を落とした。


 死んだと思ったのに、なぜか若返って蘇った。この異世界で。

 最初は神様の嫌がらせかとささくれたけども、見ず知らずの私を拾い育ててくれた老夫婦のおかげで何とか前向きになれた。

 そんな矢先、不幸な事故で二人はこの世を去る。その日も雨だった。


(もうずっと、独りでいい)


 だから私はこの田舎町で、灯屋として静かに暮らす。

 もう何も失いたくないから。


 ◇ ◇ ◇


 今日も雨。相変わらずあの人は来ない。

 迷惑だと散々言ってきたくせに、独りがいいなんてうそぶいていたくせに。気にしてしまう自分に嫌気がさす。


 気持ちを切り替え家を出る。

 まだ昼前、仕事には早い時間であったが今日は寄りたい場所があった。

 目的の家の前まで来ると一旦深呼吸。のち、扉をノックしようとしたところで――


「おねーちゃんだー!」

「びしょびしょだー!」


 二人の元気な男の子が飛び出してくる。


「ラシル君、ロイ君! 元気そうで……ちょっ、濡れちゃうからくっついちゃだめー!」


 こちらが雨に濡れていようがお構いなしに突っ込んでくる。相変わらず元気で微笑ましいが……待って、ステイ!


「おやハルチカじゃないか! そんなところで何してるんだい、さあ入んな!」


 ちびたちと格闘する私に気付き家の奥からもう一人現れる。二人の母親であるドリス・カントさんだ。


「いや私濡れてるんでここで結構で」

「ごちゃごちゃ言ってないでほら! あんたたちも手伝ってやんな!」

「はーい!」

「どうぞー」


 母親の号令で子供らが一気に攻勢をかける。それまで耐えていた私だが三対一ではまるで歯が立たない。勢いに押されるがまま私は家の中へと招かれることになった。


 ここは町の東側にあるカントさんのお宅。迎えてくれたドリスさんはとてもきっぷが良く清々しい女性だ。

 この子らにしてこの母である。とても敵わない。


「まったく、昨日まで謹慎だったもんだから元気を持て余しちまって。あんたにも礼を言いに行きたかったんだけど手が空かなくて、わざわざ顔出してもらってすまなかったね」

「い、いえ! そんなことないですよ。そもそも私は何もしてないですし」

「相変わらずつれない事言うねぇ」


 恐縮する私をドリスさんは豪快に笑い飛ばす。いつも通りの会話だ。

 今日私がここを訪れた目的はドリスさんの言葉通り、ラシル君とロイ君の謹慎が明けたからである。

 幼児二人がお咎めを喰らってさぞかし消沈しているだろうと様子を見に来たのだが、そんな事は全然なかった。

 とはいえもう一つの懸念がある。


「謹慎だけでなく処罰も言い渡されたって聞きましたけど……この子たち大丈夫でしょうか?」

「あんたって子は、そんなことを気にしてたのかい? ちび達、ハルチカに見せてやんなよ」


 おずおずと聞けばやはり笑い飛ばされて、そして子供たちへと視線を送れば。

 私に纏わりついていた二人は一斉に走り出し、やがて奥の部屋から何やらを持って戻って来る。


「ぴかぴかにしたの!」

「すごい? おねーちゃんのやくにたつ?」

「! これ魔法石?」


 言葉通りピカピカに磨かれた拳大の魔法石を小さな手が自慢げに掲げる。

 どうやら二人が言い渡された罰は魔法石磨きの労働のようだった。


「すごい綺麗、頑張ったね! つらくなかった?」

「よゆー!」

「ゆー!」


 天使かよ……少年二人のドヤ顔は癒しパワーが尋常じゃない。


「でも領主さまに怒られたんじゃない?」

「うん……」

「むぅ」


 いっいかん、私の余計な一言のせいで!

 一気にしょぼんと項垂れる天使たちと、「何とかしないと⁉」とおろおろと取り乱す私。

 一連のやり取りを見守っていたドリスさんだったがここで堪らず噴き出し、続けてやれやれと息を吐きだす。


「本来ならあたしら親が叱らないとなんだけどね。まあこの子たちにはいい薬だよ」

「もうしないって、約束したよ」

「した!」

「……そっか。えらいね」


 子供たちもドリスさんも。ありのままを受け入れそして、真っ直ぐ前を向いている。

 どうやらずるずると過去を引き摺っているのは私だけのようだった。


 なんとか心に凪をを取り戻した私。しかしドリスさんの次の一言であっさりと。

 無情な時化に見舞われることとなる。

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