3灯

 街灯一つ灯したからってまだまだ仕事は終わりじゃなく、むしろ始まったばかりである。

 日没までに残りもさくさく灯していかねばならない。なので道具袋を拾い上げると次の街灯へ向け歩き出す。

 そして当然のようについてくる領主さま。まだ帰る気はないらしい。


「お暇なんですか?」

「やるべき仕事は済ませてある」


 皮肉をぶつけて見ても微動だにせず跳ね返す。有能かよ。

 なのにこの不可解な行動、解せない。私と結婚したいとか、本気でのたまっているのだろうか。

 ……思ってそうだなぁ。ボケてたりずれてたりするとは思うが、とても冗談を言うようには見えなかった。

 仕方ない。ならばこちらは無能を見せつけて諦めてもらうしかないだろう。


「えーとですね。私、ご存じの通り何の取り柄もない粗忽者で」

「職務にひたむきであることは十分取り柄と言えるだろう」

「礼儀も弁えないし」

「むしろ親しみを感じる」

「……しがない平民であり、領主さまとはとても釣り合わない女なんですよ! なので――」

「私は領主と言えど準貴族だ。平民との婚姻も問題にならない」

「へぇ……」


 いや違う。言いくるめられてどうする。

 ……いかん、口で勝てる気がしない。こうなったら勢いで押すしか。


「とにかく! 結婚の話はお断りいたします!」

「理由を聞こう」

「ええ……」


 暖簾に腕押しとはこのことか。いやまて、こちらの話に耳を傾ける気があるというのならこれはチャンスだ。

 ここは存分にツッコませてもらおうじゃないか。


「だったらまず、領主さまから理由をおっしゃって下さい。なんで私と結婚したいんですか? お飾りの妻が欲しいとか、本命との逢瀬の為のカモフラージュとか。他には罰ゲーム? あるいは……」


 日本にいた頃嗜んでいたネット小説でありがちな展開だ。とはいえ自分で言って悲しくなってくる。最初の勢いはどこへやら、しおしおと語尾がすぼんでゆく。

 で、あっても。この人は平常運転の様で。


「君に好意がある以外に理由はない」


 はっきりきっぱりと言い放った。っく、負けるもんか。


「だったら。まずは親交を深めるべきでは? 何でいきなり結婚ですか」

「結果的に結婚するならば省いても構わないだろう」


 そうなのだろうか……? いや違う。おおいに構うよ!


「そっ、そちらの事をよく知らないですし、領主さまだって私の細かい所までは把握してませんよ……ね? 価値観の違いとか、後から「思ってたんと違う!」ってなったらどうするんですか」

「認識を改めるまでだ」

(なんだそれ!)

「灯屋しか能がないので、結婚しても領主さまの役に立つどころか足を引っ張る事しかできませんけど」

「問題ない。出来ることをすればいい」


 ナンカモウ、カテルキガシナイ。

 ほんと、私の事好きすぎだろこの人。表情は相変わらず全く動かないが。本当に好きなの?


「……ちなみに私のどこが好きなんです?」

「強いてあげるなら、顔か」

「かお」


 まさか過ぎる答えにがっくりと膝をつく。その潔よさは清々しくすらあるが……私、超絶平凡顔ですが?


「趣味が悪いですね」

「そんなことはない」


 諦めた。今日は痛み分け。又は棚上げとも言うかもしれない。

 もう何本目かになる街灯を手際よく灯し、また歩き出す。会話は切り上げ仕事に集中しよう、そう思った矢先なのに。

 今度は領主さまが口を開く。


「君は、私の事が嫌いだから断るとは言わないのだな」

「嫌うほど知りませんから」

「そうか」


 確かにそう答えれば、基本善人ぽい領主さまなら退くかもしれない。

 でもそれってどうなんだ? 嫌っていない人間を嫌いというのは違う気がする。

 そんなことを考える私が、背後でくすりと笑みを漏らす領主さまに気付くことはなかった。


 ◇ ◇ ◇


 ――――

 あれから何日過ぎただろうか。


 今日も今日とて職務に励む私。点火棒を担ぎながら街灯から街灯へと渡り歩く。

 その後ろをぴったりとついて歩く領主さま。よくもまあ毎日懲りずに来るものだ。

 最近は町の人達も慣れたもので、いつもの光景と微笑ましそうに気さくな挨拶と生温かい視線をかけてくれる。

 なんでやねん。

 そんなこんなで今日も実のない会話が繰り返されるのだ。


「君が好きだ」

「へぇ」

「結婚したい」

「またまた」

「君は可愛らしい」

「ふむふむ」


 どんなに雑にあしらおうと、めげないしょげない諦めない。

 いや、メンタル強すぎでしょ。呆れと困惑の眼差しで見つめれば……相変わらず無表情のまま、目を細めるばかり。だから何なんだその表情は。謎が過ぎる。

 なので聞いてみた。そしたら――


「……君に真っ直ぐ見つめられるのは嬉しいが、少々気恥ずかしい」


 照れ、らしい。

 聞かなきゃよかった。


 スノーウィン・シース。

 確か歳は20代半ばくらい。ここシース領を治める領主さまである。

 長身でやや細身、アッシュグレーの短めの髪を自然に流し、キツめな銀の瞳は鋭い眼光を宿している。遠くから見ればイケメンの部類だが、睨まれると普通に恐怖。

 こんな方だが領民からの評判は悪くなく、いい領主さまだと言える。


 そしてなんとこのお方、魔術師であったりもする。ていうか魔術師でないと領主は務まらないらしい。

 というのもこのシース領。例の森、煤の森と呼ばれるそこから発生する黒い霧のせいで何気に危険な土地だったりする。

 普段は魔法石の埋め込まれた街灯の結界効果により町は守られているが、季節や風向き、あるいは土地に流れ込む魔力によって強く噴き出すことがある。

 それを抑え込むのが領主さまの仕事であり、この国におけるシース領の役目でもあるのだ。

 一度だけ。領主さまが術を行使するのを見たことがある。

 あれはこの世界に来て1年くらい経った頃か。当時の彼はまだ領主ではなかったが、美しい所作から放たれる光の波動はまるで映画かCGのようで、あの衝撃と感動は今でも色あせない。

 初めて見る本格的な魔法。密かに憧れたのは内緒だ。


「どうした?」

「なんでもないです!」


 そんなご立派なストーカーを引き連れ辿り着いたここは、本日最後の街灯だった。


 町のはずれ、切り立った崖の上にぽつんと佇むそれは、森と最も近い場所に立っていた。まあ近いと言っても森は崖下に広がっているのでそこまで危険な場所ではない。

 私はこの街灯が一番好きだった。町も森もすべてを見下ろすこの灯は頼もしく、また寂しくもあり、心が揺らいだ時にはよく足を運んでいる。

 この世界の全てを見渡している。わけではないが、そんな風に思わせる強さがあった。自分のちっぽけさを思い知らされ、些細な事など気にならなくなる。


 ああもうすぐ陽が落ちる。

 青かった空は端からオレンジに染まり始め、やがて闇が覆うだろう。

 刹那の黄昏時を楽しむように空を仰いだ。


 ――そんな時。


 ガサリ


 後方で鳴る音が、穏やかなひと時を遮った。

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