2灯

 仕事場に向かって歩く私の後ろを領主さまが同じ速度でついてくる。道行く町の人達がなんだなんだとこちらに顔を向けるがやめて欲しい。私だってわけが分からないんだ。


「ところで、一晩考えて私と結婚してくれる気にはなったか?」


 何をどう考えれば気が変わると思うのだ。

 私は笑顔を引きつらせたまま振り向かずに答える。


「どなたか別の女性と間違えてません?」

「婚姻を迫る相手を違えるような間抜けはいまい」


 なるほど、領主さまは間抜けではないらしい。じゃあだったら。


「何で私なんですか?」


 立ち止まり、振り返る。

 昨日も伝えたが私は領主さまとは初対面のはず。そりゃあ立場が立場だしそちらの顔と名前くらいは知ってますとも。けど向こうはそうじゃない。なんたって私は何の取り柄もないいち領民なのだから。

 そう考えるとだんだん腹が立ってきた。おちょくられてるのか見くびられているのか分からないが、あまりにも身勝手ではないか。


「あなたは。私の何を知ってるっていうんですか」


 自然と語気が強くなる。

 領主さまに対し大層無礼な振る舞いだが、意外なことに昨日から咎められることはなかった。

 だったら、遠慮はしない。

 睨む様にそう問えば、領主さまはすっと目を細める。

 ……それは何だ、怒りなのか? はたまた呆れか。この男、本当に感情が読めない。

 ばくばくと音をたてる心臓の間を縫うように、その人の声が聞こえた。


「――名はハルチカ。年の頃は22だったか。好きなことは食べる事で苦手なことは算術。あと運動か、先週は足を滑らせ川にはまっていたが大事はないだろうか。形式的な事ならば、10年ほど前にこの町を訪れ以来クリウ夫妻の元で暮らし、彼らが没した後は『灯屋』の職を引き継ぎ一人で――」

「わーわー! もーいいです!」


 流暢に語り出した言葉を私は強引に遮って止める。

 こっわ。ストーカーかな?

 私は先程より気持ち速度をあげ、再び職場に向けて歩き出した。


 ◇ ◇ ◇


 緩やかな坂道があちらこちらへと伸び、中央に流れる小川沿いの道にはこじんまりとした家屋が立ち並ぶ。

 ここはシース領。山間に位置する辺境の町である。都会のような華やかさはないが長閑で人が温かく、町の外にさえ出なければ暮らしやすい所だ。


 領主さまの言うように10年前、私はここへ流れ着いた。

 その前はどこにいたかというと森の中。で、更にその前は世界を越えた先――異世界というか。

 私は元日本人であり、どうやら巷で流行りの異世界転生とやらをしたっぽかった。

 いや転生ではなく転移なのかな? 記憶だけでなく体も日本にいた時と同じ自分そのものだ。唯一違うことと言えば何やら年がやたらと若かったこと。推定12歳。10年たってようやく元の年齢に追いついた、そんな感じだ。

 貴族令嬢でもなければチートスキルがあるわけでもない。ザ・一般人であることにくよくよしたりもしたけど、運よく拾われ平和に暮らせているのだから幸せなのだろう。

 私を拾い娘のように可愛がってくれた恩人らとの別れはつらいものであったが、遺された家と職を頼りになんとか暮らしている。


 そんなことを思い出しながら歩いていれば、最初のポイントに辿り着く。

 そこは町を突っ切るように伸びる街道の端で、先には中央広場が望める。さらに先に進めば町の出口へと繋がっているが今は用事のない場所だ。

 この町の東側には見通しの良い丘陵が広がっている。州都へ続く街道もあって行き交う馬車も多く、比較的平和と言えるだろう。

 一転して西側だ。こちらには森が広がり人が寄り付くことはない。それはこの森がただの森ではないからであり、この町が辺境である所以でもある。

 常に黒い霧に包まれたそこは幽玄と言えなくもないが……いや言えないな。どう贔屓目に見ても不気味である。

 しかもその霧が生物にとって毒でしかないのだから質が悪い。基本森の外に霧は発生しない。それでも風向きによっては町まで流れてくることがある。

 じゃあどうするか? そこで私の出番だ。


 今私の目の前に聳える物。金属製の街灯だ。支柱を見上げればゆうに2メートルを超え、先端に金属製の籠のような灯具が据えられている。

 護りの灯と呼ばれるそれは黒い霧を防ぐ結界のような役割を果たし、町の中心から北の町境に沿うように点々と並んでいる。

 夕刻から日没までの間に火入れをし街灯を灯す。それが私、『灯屋』の仕事だった。


 ◇ ◇ ◇


 担いでいた道具袋を降ろし中から長い金属棒を数本取り出すと、端同士を差し込み繋いでいく。すると一本の長ーい棒となるわけだ。先端に着火部位を取り付ければ点火棒の準備はオーケー。

 するすると注意深く点火棒を伸ばし街灯の先端に据えられた灯具へと差し込む。ぶれないようしっかりと固定したら点火棒を両手で握り――――――念じる。

 ふわりと生温かい空気に体が包まれる感覚。それらが両手へと集まり、棒を伝い昇り……先端で弾けて炎へと変わる。灯具へと燃え移れば柔らかな光が辺り一帯を照らし、これで点火は完了だ。


(ん~……何度やっても楽しい!)


 街灯の頂点で揺らめく灯りを満足げに見つめ、ほうと溜息を吐く。

 灯屋を継いでもう何年にもなるがこればかりは仕方がない。だって、魔法だもの。

 魔法。

 全オタク(主語デカ)憧れのアレである。さすが異世界、やばい。

 一言に異世界と言っても色々あるわけで、この世界では何と! 誰もが魔法を使えたりするのだ。もちろん威力は人それぞれ、というか一般人の使える魔法は種火を出すとかそよ風を生み出すとか術とも呼べない程度のもの。認定試験をクリアした人だけが肩書として魔術師を名乗れる、そういう仕組みだ。

 私? もちろん一般人レベルですが。そんなの関係ねぇ! ちっさくたって魔法が使えるんだから! すごい! 異世界万歳!


「君は随分と楽しそうに仕事をするな」


 やばい、忘れてた。今日は一人じゃなかったんだ。

 背後に立つ男から不意に声をかけられ我に返る。慌ててスンと取り澄まして見せるが全然間に合ってない。横目でちらりと窺うとふっと息を漏らし……笑った。


「わっ笑う事ないじゃないですか!」

「……笑ってなど、っいない」


 絶対嘘だ。めっちゃ肩揺れてるし、手で口元抑えてるし。


「領民がやりがいを持って労働に励むのは領主としても喜ばしい」


 もっともなことを言ってるが表情と合っていない。

 腹立たしく思うも、そういえば領主さまのこんなに緩い顔を見るのは初めて見た気がする。式典でも祭りでも、見かけた時はいつも無であった。


(こんな顔もするんだ)


 そんなことに気付いてしまったら、やばい。ギャップが。

 急激に顔に集まる熱は羞恥かそれとも。私は考えないことにした。

 さあ、次だ次。

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