灯屋と魔法使いと煤の森 ~いきなり求婚? 嫌ですけど。お友達から始めましょう~
さくこ@はねくじら
1灯
「私と結婚してほしい」
「えっ嫌ですけど」
その言葉はあまりにも唐突で、私は反射的に拒絶を返す。
しばし流れる沈黙。
向き合い見つめ合うも、互いに状況を呑み込めない様子。
よし一旦深呼吸。のち、状況を整理しよう。
ここは自宅の玄関先。突然の来訪者に慌てて戸を開ければ、まず驚きで体が硬直する。
目の前には背の高い若い男。微妙にボロいローブを羽織ったその内で、細く切れ上がった瞳に鋭い眼光を湛え……視線だけで殺傷能力がありそうだ。
一見すると不審者あるいは暗殺者。そうでないことを私は知っているが、それでも身震いしてしまう。
対して向き合う私といえば。身なりもロクに整えずラフな部屋着にぼさ頭で立ち尽くしているわけで、無防備そのものだ。窓を見やれば見事にお花畑な残念女子が映し出されている。
その流れで放たれたのが先程の台詞である。
……うん、完璧に人違いだコレ。訪ねる家を間違えたんだろう。
そう一人納得しうんうん頷いていれば、それまで無表情であった男の眉間に皺が寄る。
圧がヤバイ。いや間違ったのは私のせいじゃないよ?
剣呑とした空気に呑まれぬよう身構えれば、その口が再び開き――
「私と結婚してほしい」
言い直したぞ。何だコイツ。
本格的に意味が分からない。なので私はおとなしく、ご本人に問いただすことにする。
「意味が分かりません」
「結婚というのは、婚姻を結び互いを配偶者として――」
「そういう事じゃなくて!」
ボケ属性持ちか! 真顔のまま、生真面目に「結婚」の意味を解説しだす男に思わずつっこんでしまったじゃないか。
しまったと手遅れながらも取り繕いつつ、何とか次の言葉を絞り出す。
「ていうか、初対面ですよね?」
「……自己紹介が遅れすまなかった。私の名は――」
「知っとるわ! 自分の町の領主さまくらい! だっから、そう言う事じゃなくてだ!!!」
盛大なツッコミと溜息が狭い室内に響き、私は頭を抱えてしゃがみ込んだ。
◇ ◇ ◇
「嫌な夢を見た……」
朝日に促されるようにベッドから体を起こすものの、なんとも頭が重い。
内容はあまり覚えてないが、とにかく疲れる。そんな感じだ。
「う~ん、気にしないでおこう!」
所詮は夢である。ぱっと立ち上がり窓を開ければいい天気だ。今日も穏やかな日になるだろうと、私は朝食の支度を始めるのだった。
午前中は家の中。今日は買い出しに行く必要もないし、掃除やら細々とした家事をしながらのんびりと過ごす。日が南中を越えしっかりと昼食をとったら頃合いだ。
仕事着を着込み、ごわつくマントを羽織る。彩の少ないなんとも無骨なスタイルだが案外気に入っている。職人っぽさがあるし何より動きやすい。
道具袋を担ぎ上げれば準備完了だ。
「さあ! 今日もお仕事がんばるぞい!」
気合を口にし、颯爽と玄関を開けたところで体が硬直する。
あれれ? この展開なんだか覚えがあるぞ~?
「これから仕事か? 付き添っても構わないだろうか」
ボロを纏った不審者こと領主さまがそこにいた。相変わらず表情が乏しく圧が強い。
ユメジャナカッタ……いやまあ分かってたけど。現実逃避してただけだけど。
昨日はおとなしく引き下がった――おとなしくはなかったな?――が、単に出直してきただけのようだ。
「大いに構いますね。是非ともお帰り下さい」
感情を殺した声で平坦に答える。迷惑千万である。
「領民の仕事ぶりを視察するのも領主たる者の務めだ。同行するとしよう」
(だったら最初から聞くな!)
そう心の中で叫んだ。つもりだった。どうやらその声は漏れていたようで。
「ふむ、そうか。では次からは好きにさせてもらおう」
そう告げ、ただでさえ細い目をさらに細め、くいと両の口の端を持ち上げる。……とても心臓に悪い笑顔だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます