帝都への道

篠岡遼佳

帝都への道



「どうも、ぼんやり三段、いねむり四段の「司守つかさもり」です」


 いつも眠そうな目をした師匠は、自己紹介で必ずそう言う。

 本名はそうとう長いらしいが、他人からは「シンアさま」とか「司守様」とか呼ばれている。

 司守というのは、「魂を浄化する」仕事らしいが、仕事をしている様子はない。



 自分はハクラン・モリノという。名字は師匠がつけてくれた。

 とある街の薄暗い場所で生活していたら、自分のことを聞きつけて迎えにやってきたのだ。


 自分は長命種で、いわゆるエルフ族だ。魔法に長けていて、森に棲んでいたらしいが、こんな乾いた土地じゃそれは望めない。魔法も教えてもらったことないから使えない。親も知らない。

 ということで、日々かっぱらいと殴られ屋で生計を立てていた。立ってないかも知れない。いつも腹減ってたし、水はないし、こぶしをするする避けながら、生きててもしょうがないなぁとは思っていた。


 そういうときである。師匠は来た。


 やや眠そうな表情の師匠は、日よけの長いマントの下に全部を隠し、足先のサンダルだけが出ていた。


「迎えに来たよ。君がハクランか」


 一瞬男のような、でも確実にやわらかい女の声だった。

 いきなり名前を呼ばれた俺は、先手を取って焼いていたネズミ串を思いっきり刺した。


「あいた」


 全然痛くなさそうだった。

 むしろ、絶対に腹に刺したハズだったのに、手応えがないことに自分は驚いた。


「じゃ、こっちの番ね」


 師匠はそう言って、一瞬のうちに俺の首を片手で掴み、宙にぶら下げた。

 そして、手を締めてきた。


 息できない。顔が熱い。血が集まる。死ぬ、やばい、死ぬ、ころされる。

 

 一応自分は見た目は子供だ。殴られ屋だから素早いはずだ。

 それでも師匠は、なんのためらいもなく殺しに来た。しかも手で首を取られた。

 やばいやつだ。


 じたばたしていると、師匠のほっかむりが取れた。


 宝石の目をしていた。

 いや、宝石だって負けそうな、赤い赤い燃えさかる炎の色。

 

 ああ、こりゃ負けるわ。

 力が抜けた。相手の手を引っ掻き回すのもやめた。だらーんとなった。


「あれ、長命種って死ぬの?」


 息ができなきゃなんだって死ぬ。

 その基本がなってない師匠は、慌ててこっちの体をひっくり返した。


「……うーん、半死半生ってところかな」


 半分殺すな。


「ではこれをあげるから、君は今日から私の弟子だ」


 言うと、師匠は大きく口を開けた。

 真っ白な、それは牙だ。


 ぷつ、と自分の唇に穴と開けると、瞳より濃い色の血が浮き出る。

 こっちの口に、それが滴った。



 そんなわけで、自分は弟子となり、師匠は師匠となった。

 なんでとか、どうしてとか、このへんはあんまりよく考えてもわからない。

 ともあれ、自分はネズミを喰う生活から抜け出せた。そこは感謝だ。




 ――さて、師匠の旅は、こうだ。

 どうやら、帝都に行かなければいけないらしい。

 最初に見せられたのは、誰かからの手紙。


 冒頭の挨拶もなく、

『あいかわらずか、煩悩まみれの聖職者。

 頼みたいことがあるから帝都に来い。

 すぐにだ。』

 三行半、締めの言葉もなかった。


 すぐにって書いてね?


 と言ったら、

「時間など気にするな、という意味合いだ」

 絶対嘘だろ。

「色褪せぬ友情に漂う行間とはそういうものだよ。

 というか、文字は読めるのか。なら旅はもっと楽になるな」

 ――帝都に着くのは、こんな大陸の端っこからだと、あと半年以上は先になると思う。



 師匠との旅は楽しい。

 ただ、師匠には奇癖がある。


 今も海の街で、水兵が着ているという服を仕立てられたところだ。


「かわいい! きれい! ハクラン最高! セイフク最高!!!」


 最後の台詞はよくわからないが、こっちがこういう謎の服を着ると、師匠はものすごくうれしそうにする。


「いやー、君、銀髪に青は最高だね! おっぱいありがとう!」


 欲望に素直ですね、師匠。


 だが、師匠が俄然元気になるのはこういうときだけである。

 ……だんだん情が移ってきてしまい、師匠が良いなら良いか、と思っているここ最近だ。


 帝都まであともうしばらく。


 なんとなく、あの手紙の主にすごく叱られる未来が、自分でも見えるような気がする。

 





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帝都への道 篠岡遼佳 @haruyoshi_shinooka

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