ブルームーン(無理な相談)
私は2年生の夏に20歳の誕生日を迎えた。その事を『ナイト・オブ・ナイツ』で報告する。
「遂にあの心愛ちゃんもお酒が飲めるようになったか。感慨深いよ」
ランスロットさんはパチパチと拍手すると、そんな親戚みたいな感想を漏らした。
「やだなーランさん。もう、ちゃん付けは止めてくださいよ?」
その私の抗議にランスロットさんはニヤリと笑う。
「そうだな。もう夢見る少女は卒業だものな?それでは誕生日のお祝いに、一杯奢らせて貰ってもよろしいですかな、マイレディ?」
私の前に跪くと、演劇のワンシーンみたいなセリフを言い、ウィンクして口角をあげた。大人の男性がそんな芝居がかったことをして、可愛いと思えるのだから美形ってホント得だと思う。
「ありがとうございます、ランさん」
「というわけで、ゲッコウ。作れ」
ランスロットさんの言葉にゲッコウさんは渋い顔をする。
「言われなくても作るつもりでしたよ。……それで、何にしますか心愛さん?」
「実は決めてました。ジェントルマンズショコラを」
その名前にゲッコウさんもランスロットさんもギョッとする。
「よりにもよって……なぜ?」
「美味しかったです」
「でも嫌な記憶が」
「でも美味しかったです」
私の返答に苦笑いを浮かべつつもゲッコウさんは
「心愛さんは強いですね。……ありがとうございます。ランスロット先輩、私も」
ゲッコウさんが目配せするとランスロットさんもコクリと頷いた。
シェイカーにまず氷が入ってカランとなる。そしていくつかのリキュールがシェイカーの中に入る。
リキュールが氷に掛かると、氷が少し溶けて透明度もやや上がった。
蓋をして両手で押さえると、シャカシャカとゲッコウさんが振り始める。
そしてグラスを二つ取り出すとそれぞれに注いだ。
「私も頂きますね?乾杯しましょう」
「え、はい」
持ったグラスを合わせると、薄いガラスはチィィンと澄んだ音を立てた。
「心愛さん、お誕生日おめでとうございます」「あ、ありがとうございます」
ゲッコウさんはグラスを傾けると喉に流し込んでいく。これはとても珍しい事だ。お店に通い続けて1年半。ゲッコウさんはお酒を勧められても全て断っていた。特別扱いされたみたいで嬉しい。
私もグラスを傾けて味わう。
「あ、やっぱり美味しい」
「良かったです。でも気を付けてくださいね?甘いし飲みやすいですけどアルコール度数は高いです」
「カクテル言葉は?」
「『朗らかで人を咎めない寛大な人』」
「まんまですね」
「言葉通りに紳士的であることは少ないですけどね?」
「どういうことです?」
「男性が女性を酔わせるのによく使われるのさ。心愛ちゃんも気をつけなよ?……って今更か」
困っていたゲッコウさんの代わりにランスロットさんが答えた。
「じゃあ、考えててね」
「ま、予定が合えばね?」
そう言って去って行った。代わりに衛くんが近寄ってきた。
「……アイツと遊ぶ約束?」
「誘われたけどね。たぶん行かないかな」
「そっか。ならいいけど。言いたくないけど、俺の知ってる範囲でも5人は声掛けてるから。行くならそのつもりでな?」
「なにヤキモチ?残念、私好きな人いるから」
衛くんは私の軽口にムッとした表情。
「ちげーよ?忠告だ、忠告。知ってて放置は気分悪いし。……好きなヤツいるんだ?まあ、精々頑張れよ」
そう言うだけ言うと、メガネをクイッと上げて衛くんも立ち去って行った。
「ゲッコウさんって何歳なんです?」
「……気になりますか?でも内緒です」
そう言ってゲッコウさんは微笑んだ。
「教えてくれてもいいじゃないですか。……大人っぽい雰囲気ですけど、他の店員さんに先輩ってつけてるし案外お若い?」
「さてどうでしょうか?」
「本当は何て名前なんです?」
「……今日の心愛さんは質問ばかりですね?どうされたんですか?」
「いや告白しようと思って」
「は?」
「好きです。付き合ってください」
「……これは私の奢りです」
そう言ってゲッコウさんはカクテルを作り出した。差し出されたのは青色の綺麗なカクテル。
「ブルームーンです」
私は受け取ると、何も言わずに口に含む。
「可愛いし、美味しい」
「作成者は無名です。こんな綺麗な見た目なので女性に人気ですがアルコール度数は高いのでお気を付けくださいね?
カクテル言葉は『叶わぬ恋』『無理な相談』。ごめんね、心愛さん」
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