シェイク!シェイク!シェイキング!

dede

シンデレラ(夢見る少女)




それは苦くて甘い昔話だった。

「ってなことがあったんですよ」

私は話し終えると、手元のカカオフィズの残りを流し込んで喉を潤す。

「……正直意外です。心愛さんが一回しか告白なさらなかったなんて」

「えぇ?私ってそんなイメージなんですか?……でも、そうですね。私が納得するための儀式みたいなものでしたから。両想いなの、ミエミエでしたもん」

「そうでしたか。そのお二人の先輩とはその後?」

「今でも仲良くしてますよ?三人で遊びに出掛けたり、バスケしたり、お酒を飲んだり。今度ココにも連れてきますね」

「良いご縁に恵まれたのですね。お待ちしてます」

そう言って、ゲッコウさんはニコリと微笑む。整髪料でしっかり整えられた髪。皺のない白いシャツに清潔感のある黒いカマーベストにネクタイ。

そんな恰好で背筋も伸びて姿勢がよいものだから、随分と様になる。

カウンターの他の席の女性が何人か息を吐くのが聞こえた。もちろん私も。

「カカオフェイズのカクテル言葉は『恋する胸の痛み』なんです。今の話題にピッタリでしたね」

「そうだったんですね。あ、でも飲み終わったので次はジェントルマンズショコラください」

私のリクエストにゲッコウさんは苦笑いを浮かべる。

「何です?」

「いえ、さきほどのバスケもでしたけど、よくジェントルマンズショコラを頼めますね?嫌な記憶でしょ?」

私は首を軽く横に振る。

「先輩たちとするバスケットボールは楽しい。ゲッコウさんの作るジェントルマンズショコラは美味しい。それだけです」

「そうですか。はい」

私の前に透明な液体の入ったグラスが置かれる。

「?なんですかコレ」

「お水です。心愛さん、今日はここまでにしましょう?」

「ええ?もっと飲みたいです」

「明日、朝から講義はないんですか?」

「……あります」

ゲッコウさんが笑顔を強めて圧を掛けてくる。

私はお水を飲み干すと支払いを済ませた。

「また来ますね」

「はい、お待ちしています。お気をつけて」

そうして私は、バー『ナイト・オブ・ナイツ』を後にしたのだった。夜風にはまだ夏の名残があった。


翌朝。

「おお、感心」

「……衛くんか。そっちもね。朝からご苦労様」

机から顔をあげると衛くんがいた。

ボサボサの髪に黒縁の大きい眼鏡。少し猫背気味。パッとしない見た目で少し口が悪い。1年のゴールデンウイーク直後ぐらいから知り合った。親しい訳じゃないが受けてる講義が同じものが多くて顔馴染みである。

「眠そうな?」

「衛くんもね?これ、絶対寝るわ」

「俺もだわ。ったく、急に3コマから1コマに持ってきやがって。じゃあな」

そう言い残して、更に奥の席を陣取ると机に伏していた。




それはとても苦い昔話……と呼ぶにはまだ生々しい記憶。

無事志望校に合格できた私は大学でもバスケをしようとバスケサークルを訪れた。

当時の私は大学生になれたということで浮ついていたんだろうとも思う。

新勧コンパということで誘われてホイホイついて行き、御託を並べられ圧を掛けられてそれまで飲んだ事のないお酒をついつい飲んでしまった。

「ジェントルマンズショコラというんだ。甘くて美味しいよ?」と勧められたカクテルは確かに美味しかった。

そして急ピッチでアルコールを飲まされた末に、すぐに意識混濁、記憶消失、バタンキュー。次に目が覚めた時には私はベッドの上で、横には知らない男性がいた。

「目が覚めましたか?」

「え、誰……気持ち悪い……頭が……」

「看護師さん呼びますね」

その見知らぬ男性は椅子から立ち上がり読みかけの本をサイドテーブルに置くと、ベッド横のボタンを押す。

「私……確か新勧コンパで……」

「急性アルコール中毒で病院に運ばれたんですよ。そもそもあなた、未成年者でしょ?飲酒してはダメです」

「あなたはバスケサークルの……?」

「違います。あのお店の店員で、ゲッコウと言います。本当に、気を付けてくださいよ?あなた、危ないトコロだったんですよ?」

その危ないというのは、貞操的な意味で、だった。

私は知らなかったのだが、ここのバスケサークルは良くない噂が多かったらしく、今回の一件で調べが入った。女性がヒドイ目に合わされた証拠がたくさん見つかり、逮捕者が今も出てるらしかった。

そのひどい目にあった女性たちの一人に、私もなるところだったんだ……。

「フフ……高評価のお店ということでウチを選んだんでしょうが、彼ら、レビューまでご覧になられてなかったのでしょうね。

もともと店の雰囲気に合わない方たちでしたが、未成年者に無理やり飲ませてたのが決め手となって通報させて貰いました」

その後、親にメッチャ怒られ、先輩たちにメッチャ怒られた。


「あ、いた」

「……未成年者ですよね。こんな場所にまたいらして。あまり感心しませんよ?」

またお店を訪れた私に気づいてゲッコウさんは眉間に皺を寄せた。

「まだ明るいじゃないですか。今日はお客じゃなくて、この間のお礼に来たんです。助けて頂いて、ありがとうございました!」

そう言って手土産を渡す。

「……お菓子の詰め合わせですか」

「甘いもの、お嫌いですか?」

「いえ。ありがとうございます。……あの、一杯、飲みませんか?奢りますよ」

私は身構える。

「いえ、お酒は……」

「ノンアルカクテルです。カクテルに、嫌な印象を持たれたままなのは不本意なので、よろしければ」

「……では、一杯だけ」

私はカウンターの席に座った。

ゲッコウさんは、カウンターの向こう側でシェイカーに氷と幾つかのフルーツジュースを注ぐと蓋をして軽快に振り始めた。

「……音、気持ちいいですね」

「ええ、私も好きなんです」

私は自然と微笑み、ゲッコウさんも朗らかに笑った。

そして壁の棚から可愛らしいグラスを取り出すと、シェイカーからトクトクと注ぐ。よく冷えた、黄色い液体。

「キレイ」

「シンデレラです」

私はグラスを傾ける。柑橘系の爽やかな味が口に広がる。

「美味しいです」

「お口に合ってよかった。こちらはお酒が飲めないお客様でもバーを楽しめるようにと作られたカクテルなんです。

カクテル言葉は『夢見る少女』。……適度に付き合う分にはお酒は良いものだと思うんです。

辛い目に合ったので仕方ないと思いますが……」

ゲッコウさんは寂しそうな表情になった。

「……いえ、やはり何でもありません。今後は気を付けてくださいね?」


「いら……なんで未成年者がまた来てるんですか?」

「今日はお客です」

「未成年者にお酒は……」

「ノンアルを飲みに来たんです。それに、軽食もありますよね?」

「そもそも夜の歓楽街を若い女性が一人で出歩くのが危ないんですよ?」

「この店は大丈夫って私聞きましたよ?」

バー『ナイト・オブ・ナイツ』。カクテルの種類が豊富で料理も美味しく、何より女性に優しいお店として一部で有名だった。

「店内は安全でも店の外で絡まれる事もあるでしょう?」

ゲッコウさんは眉根を寄せて嫌な顔をする。

「まだ遅くない時間帯ですし」

「それでも危ないですって。本当にあなたは懲りない……」

「……ウチは5時からやってる。早い時間帯なら構わんよ。ゲッコウ、帰りはお前が駅まで送ってやれ」

それまで私たちのやり取りを聞いていた店員の一人が口を挟んできた。

「え、ちょっと、ランスロット先輩っ!?」

「引く気はなさそうだからな。早い時間ならまだ余裕がある。ゲッコウ、諦めろ?」

そう、ランスロットと呼ばれた店員さんはニヤニヤしながら告げた。

「……わかりました」

こうして私はお酒を飲まない常連客として通うことになった。


衛くんと知り合ったのもこの頃だったと思う。

「なあ、お前」

「え、私?」

「そう。確か同じ〇〇教授の講義受けてたよな?掲示板見たか?時間変わってたぞ?」

「え、嘘!知らなかった。ありがとう、助かった!えーと……」

「衛だ。気を付けなよ?」

そう言って立ち去ろうとする。

「私、心愛。助かったよ衛くん」


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