♢31ー《守護者の2人、友の2人》ー31♢
早朝。ラウルとハリスは、アレクサンダーの屋敷の一室。そのベランダに2人で座っていた。
日の光を浴びながら、丘の下にある街を見ている。
「はあ、疲れたー」
ラウルがそうため息をついた。
「ここ一週間はやばかったな」
「本当だよ。ハリスと天界に乗り込んだ時は、生きた心地がしなかった」
これは鎧を取りに行った時の話だ。
ハリスとラウルは地球の生物よりも遥かに長寿なため、未来から約200年前のこの時代にもいる。
もしも過去の自分達に会ったらどうなるか。その全てが分からなかったため、細心の注意を払っていたのだ。
ラウルが過去に来てからを振り返っていると、ハリスがどこか黄昏たような表情で街を見ていた。
「やっぱり、懐かしい?」
「……ああ、そうだな。全部が……懐かしい」
ラウルはクスッと笑う。
ハリスは、昔とある事件が起こってからずっと自分を塞ぎ込んでいた。
誰とも会話をしなくなり、酒に溺れ、賭け事に貢献金をばら撒く毎日。
もう、全てがどうでもいいかのような目をしていた。
さすがにこれはダメだと思い、ハリスの家に取り込むと、ハリスはただただ涙を流していた。
なにも言えなくなって、その日はもう帰ったのを覚えている。
あの日のことを思うと、今は信じられないくらい元気になっていた。
まるで、かつて――全盛期の頃のハリスみたいに、いきいきとしている。
ハリスは街を見ながら、ラウルに向けて言った。
「エミリー……あの子、アメリカ出身なんだってな」
「………うん」
「大丈夫だったか?」
その一言で、ラウルはハリスの言いたいことを理解する。
「大丈夫だったよ。特に危険も感じなかった」
「そうか。ほんと、エミリーがフロリダ出身で良かったな。カリフォルニアだったら、お前――」
そして、さも当然のような、そうじゃなくて良かったなと安堵するような声でこう言った。
「今頃、死んでただろ」
「…………まあね。運が良かったよ」
ハリスは大きなため息をついた。ラウルに対してではなく、自分に対して。
「ごめんな……この負の歴史を断てなくて」
「………」
「お前にも、エミリーにも負担をかけちまった。もしも俺があの時――」
「ハリス」
ラウルはそう言うと、首を横に振った。その先を、言ってはいけないというように。
ただ、そうされてもハリスは言葉を続ける。
「……もう、確定だろ。本来これ以上選出されるはずのなかった守護者の選任に、あまりにも早い使い手の捜索。そして――エデンの危機。お前はなにも知らされていないのか?」
「……分かるでしょ? 序列三位なんて肩書きだけ。実際、それに見合う権力なんてなにも持っていない」
やっぱりそうかとハリスは苦い顔をする。
「権力だけで言ったら、序列六位にすら負けるからな……俺達」
これが、ハリスがワーム討伐時のことを説明している最中に言った、『腐っても』の理由だ。
序列三位としての敬意は払われるが、それだけ。実際エデン本来の役目である世界の管理に口を出せる立場ではなく、機密情報ですら知ることはできない。
「守護者の使命に、権力なんていらない。僕等は僕等の誓いを果たすだけだよ」
そう言うが、ハリスは眉を眉間に寄せる。
「そういうことを言いたいんじゃない! エデンの上層部は確実に隠してはいけないなにかを隠している! それを民衆に伝えないのはまだしも、俺達守護者にも伝えないなんて――」
とそこまで激怒すると、ベランダに1匹の猫が飛び乗ってきた。
白い体毛を生やした、ケイトだ。
後ろの方を見てみると、ミルクとウィルがなにやら遠回しにこちらの様子を伺っている。
「あ……お邪魔しちゃったかしら?」
ケイトはハリスとラウルを見ながら言う。
「ああいや、俺のことは気にしないでくれ。ごめんな」
ケイトは明らかにタイミングが悪かったと思いつつ、ラウルを見る。ラウルは不思議そうに尋ねた。
「どうしたの? 君達には休暇を出した筈なんだけど……もしかして伝わってなかった?」
「ち、違うの。えーっと、あの……」
ケイトは恥ずかしそうに体をもじもじとすると、勇気を振り絞って言った。
「あ、あのね、昔とある丘で日の出を見たんだけど、それがとても綺麗だったの……だから、その……」
ラウルはそこまで言われても、結局ケイトがなにを言いたいのか理解できなかった。
そんな様子を見かねたハリスが、ラウルに向かって言う。
「一緒に行きたいってことだろ? 行ってやれよ」
「え、そうなの?」
ラウルは驚いたようにケイトにそう聞く。
「う、うん……」
ケイトは消えいるような声でそう言った。白い体毛は、どこか赤くなっているように見えた。
「……分かった。予定が空いている日でもいい?」
すると、ケイトは一転して花が咲いたような笑みを浮かべる。
「も、もちろん! じ、じゃあ、私はここら辺で失礼するわ。あの2人にも言ってくるわね!」
ケイトがそう言って指した先には、血の涙を流しながら暴れているウィルと、それをなんとか押さえつけているミルクがいた。
嬉しそうな表情で、ケイトは2人の元に走って行く。
彼女との距離がある程度離れたところで、ハリスはニヤニヤとしながら言った。
「かーッ! この女垂らしが!」
「……? どういうこと?」
ラウルは本当に分かっていないような、困惑した表情でそう言った。
そういえばこいつこんなやつだったなとハリスは思いながら、言葉を続ける。
「まあ、あいつらに情を入れるのもいいけどな。そのうち未来に帰らないでくれって引き留められるんじゃないか? そうなった時、情に厚いラウル君は果たしていつもみたいに冷静に判断できるのかな〜」
そう煽るように言うと、ラウルは目を細めて、再び街の方を向いた。
「大丈夫だよ。僕が未来から来たことは言っていないし、帰る頃には、僕の記憶も全部消しておくから」
ラウルのあっけからんとした言葉に、ハリスは目を見開く。
そして少し間を置いて落ち着いた後、静かにこう言った。
「…………お前はそれでいいのか? 見たところ、随分と仲を深めているようじゃねえか。お前のことだ。どうせあいつらも部下とかそういうんじゃなくて友達なんだろ? それでも、お前は――」
「ハリス」
ラウルは再び、諭すような声で言う。
「僕等は守護者だ。その使命を、忘れちゃいけない」
そう言われて、ハリスはなにも言えなくなってしまう。
結局のところ、どっちが正しいかなんて判断できない。いや、きっとラウルの方が正しいんだろう。
ただ、感情を生まれ持った生物として、ハリスはそれでいいのかと言い続けたい。
けど、ラウルはハリスと違って、子供の頃から守護者に憧れ、守護者となるべく努力し、守護者になった後も、その使命をなによりも優先させてきたやつだ。
現に、今友情よりも使命を優先させている。
それに意義を唱えることが、ハリスにはラウルの覚悟を侮辱しているように見えてならなかった。
「……そうか」
だからこそ、そう一言で済ませる。
ラウルの覚悟を、誇りを侮辱しないためにも。
また静かな空気が流れた時、ラウルが口を開いた。
「ありがとう、ハリス」
突然そう言われて、ハリスは困惑する。
「な、なにがだ?」
すると、ラウルは顔を伏せてこう言った。
「ずっと、ずっと不安だったんだ。過去に来てから、なにをすればいいのか、こんな風に動いていいのかって……」
ハリスはただ黙ってその言葉を聞いている。
過去を変える。それは神自らが定めた大罪。
ただ、ラウルは過去に来た理由が分からない以上、動かなければいけなかった。
未来の希望であるエミリーを守り、エデンに導くためにも。
しかし、それをするということは大罪を犯すことになる。
真面目なラウルにとっては、耐えがたいことだったろう。必要なこととはいえ、罪を犯すだなんて。
そして、そんな不安をエミリーに見せるわけにもいかない。彼女はまだただの少女で、なにも知らないのだから。
「ハリスが来てくれたおかげで、本当に助かったんだ」
精神的にも、肉体的にも。
ただ、ハリスはそんなラウルの感謝の言葉を聞いて、表情を暗くする。
「そうか……頑張ったな」
「……うん」
そして、こう言葉を続けた。
「なあ、ラウル。お前が守護者であることに誇りを持っていることも、上に立つものがルールを守らなければいけないという考えを持っていることも、全部知っている。ただな……」
ハリスは震える声で、こう言った。
「俺は……俺は、過去を……未来を、変えたいんだ」
天獄のエデン @gandolle
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