♢30ー《束の間の休息》ー30♢




 ワーム討伐から2日後、私達はいかにも高級そうなレストランに来ていた。


 壁には大きな絵画、天井にはシャンデリアが吊り下がっており、椅子やテーブル、その一つ一つに品格がある。


 そんな中、アレクさんにヘンリーさん、ミリアンヌさんとラウルにハリス、そして私の計6人でテーブルを囲んでいる。


 テーブルの上には厚切りのステーキなど、豪華な食事が並べられていた。


「「「「「「乾杯」」」」」」


 お酒やジュースが入った、色とりどりのグラスワインをくっつけ合う。


 そしてゴクリと一口つけると、ミリアンヌさんが口を開いた。


「テムズ川の水質は格段によくなってるとさ。理由はあの大雨のせいにするらしい」


 その言葉にアレクさんは頷く。


「とんでもない勢いの雨でしたからね。それで信じてもらえるでしょう」


 あの後、私達はハリスが作った毒風呂を処理して川の水を戻した。


 幸い、川一帯は避難命令が出ていたので誰かに目撃されるようかことはなかった。ただ……



「竜の影は見られてしまったのでしょう? それはどのように対処されるのですか?」


 ヘンリーさんがそう聞く。


 そうなんだよね。直接見られてはいないらしいんだけど、どうやら雲の中にいる竜の影はかなり大勢の人が目撃しちゃったらしい。


 一応箝口令は敷いておいたけれど、人の口を完全に封じるなんてことはできない。どうしたのものかと頭を悩ませている状態だ。



「それに関しては大丈夫です。僕が記憶を改竄しておきましたから」

 

「「「……は?」」」


 さらっとラウルがとんでもないことを言う。


 き、記憶を改竄?


「そんなことしていいの?」


「本来だったらダメだよ。ただ、背に腹は変えられないからね」


 この力って、人の記憶も変えられるのか……もうなんでもできるんじゃない?


 そんなことを思っていると、かなり驚いた様子でミリアンヌさんが喋る。


「記憶の改竄……長く生きてきたが、そんな力私しゃ初めて聞いたよ」


「記憶の操作は総帥と序列一位のノア様、そしてラウルしか使えない禁断の力だからな。知らないのも当然だ」


 そんなハリスの言葉に、ヘンリーさんとミリアンヌさんは再び唖然とする。


 変な空気になった所で、アレクさんが口を開いた。


「まあまあ。なにはともあれ、全て上手く行ったと言っていいでしょう」


「……そうさね。思っていた以上に上手くいったよ」


 ミリアンヌさんはその首にかけられていた十字架を外すと、ハリスに差し出した。


「あんたも、ありがとうね。これのおかげで多くの命を救うことができた」


「………」


 そう笑顔でお礼を言うけど、ハリスはなぜか沈黙したままだ。


 なにかを考えるように目を瞑った後、受け取るのを拒む。


「未来に戻るにはまだ時間があるからな。それまでは持っていていいぞ」


 その言葉に、ラウルが驚いた表情でハリスを見る。ミリアンヌさんも、意外な表情で聞いた。


「これは最も神に近い物質だ。そんなものをこんなババアに渡しちまっていいのかい?」


「お前はただのババアじゃないだろ」


 すると、ハッハッハッとアレクさんとヘンリーさんが笑った。


「全くもってその通りだな」


 ミリアンヌさんは鋭い眼光でアレクさんとヘンリーさんを射抜く。2人ともその視線を避けるようにグラスに口をつけた。




「そう言えば」


 ヘンリーさんが思い出したかのように私を見る。


「エミリー様はどこの国から来たのですか?」


「国……ですか?」


「はい、未来ではどこの国から使い手が選ばれているのかと気になりまして」


 国かあ。アメリカって言って分かるかな? まあ嘘をつく理由もないし、正直に答えておこう。


「アメリカです」


 


 カランッ


 


 私がそう言った瞬間、食器が落ちる音がした。


 音の方向を見てみると、そこにはどこか冷や汗をかいているハリスがいた。


 驚愕したように目を見開いて、私を見ている。


「アメリカ……?」


 え、どうしたんだろう。なにか変だったのかな?


 そんな顔をされると不安になってくる。


 そしてゴクリと唾を飲み込んで、ハリスは私に聞いた。


「エミリーの出身はもしかして…………カリフォルニアか?」


 

 え、なんで知ってるんだろう?


 私は生まれも育ちもカリフォルニアだ。けど、どうやってこんな少ない情報で、50ある州のうちからピンポイントで割り出せたんだろう?


「なんで――」


「フロリダだよ」


 突然、私の言葉を遮るようにラウルがそう言った。


「フロリダ?」


「うん、エミリーの出身だよ」


 な、なんでそこで嘘をつくんだろう?


 ラウルの方を見てみると、まるで話しに合わせろというように視線を返された。


 え、ほ、本当になんなの? なにも分からないんだけど……


 ただ、ここはラウルに合わせておこう。絶対後で聞くけどね。


「う、うん。私はフロリダ出身だよ」


 そう言うと、ハリスは汗を拭ってから安心するように言った。


「だ、だよな……うん。はは、ちょっと勘違いしちまったぜ」


「カリフォルニアだとなにかあるの?」


 そう聞くと、ハリスはしばらくの間黙ってしまった。


 気まずい空気が流れる。


 なにかまずいことでも聞いたかな?


「…………いや、なにもないんだ」


 そう答えを返される。それ以上はなにも聞けなかった。


 すると、空気を変えるようにアレクさんが言葉を発する。


「アメリカですか。私も一度は行ってみたい場所ですね」


 あ、そうか。この時代、アメリカはもう独立しているんだっけ?


 そんなことを考えていると、ヘンリーさんが難しい顔をする。


「旦那様は偏見を持っていませんが、エミリー様はイギリス出身と言っていた方がいいでしょう。今、アメリカとイギリスは緊張状態ですからね」


「仲が良くないんですか?」


「……昔と比べて改善されてきてはいますが、依然としてあまりいいとは言えませんね……」


 ミリアンヌさんも、その言葉に同調するようにため息をついた。


「特に今は、奴隷制に対する批判が巻き起こっている。イギリスだとアメリカ人を時代に取り残された蛮族だと見ているやつも少なくないからねぇ」


 そ、そうなんだ。気をつけよ。


「しかし、かつてのイギリスもそうでしたが、アメリカの奴隷社会は根強い……未来ではどうなっているのですか?」


 アレクさんが興味深げに聞いてくる。


「未来だと奴隷制は無くなっていますよ。差別とかはまだありますが……」


「差別はいつになっても無くなりませんからね。私も昔はよく石を投げられたものです。今では見る影もありませんが、昔は赤髪だったんですよ?」


 あっ、そうか。この時代だと、ヘンリーさんも差別の対象になっちゃうのか……確かに、過去の記憶だと虐められていたな。


 気休めにしかならないかもしれないけれど、未来ではそんな差別なんて無くなっている。伝えておこう。


「未来だと赤髪は、美しい色だと言われていますよ」


 すると、ヘンリーさんは驚いたように目を開く。


 そして、顔を綻ばせた。


「そうですか……いやはや、未来だとなにがどうなるか分かりませんね」


「ヘンリーは子供が生まれた時、赤髪じゃなくて良かったと泣いていたからねぇ」


「なっ、ミリアンヌ!?」


「なに!? 私はそのことを知らないぞ!?」


 アレクさんに詰め寄られるヘンリーさん。きっと、自分の髪色がすごく嫌だったんだろうな……


 ちょっと複雑な気分になる。すごく綺麗な色だったのに。


 いい歳をした大人達がギャーギャー騒いでいるのを愉快な気持ちで見ていると、ハリスが話しかけてきた。


「エミリーは今いくつなんだ?」


「私? 私は17歳だよ」


 すると、ハリスはそうかと言ってどこか悲しそうな顔をする。憐れむような、そんな表情だ。


「そんな歳で選ばれるなんて、随分と優秀だな」


「そ、そう? えへへ」


 嬉しくて頬がむず痒くなる。


「ああ。うん? もしかして、最年少じゃねえのか?」

 

 ハリスはそう言うとラウルの方を見た。


 え、そうなの? 


 ラウルは記憶の蓋を開けるように、上を見上げる。


「んー、今までの最年少は22歳だったから……確かに最年少だね。5歳も更新だ」


「それって何人中?」


「エミリーを入れて7人だな。アレクが六代目、エミリーが七代目だ」

 

「最高齢はいくつなの?」


「最高齢はロシアで……確か80で使い手になったんだっけ?」


 ラウルが確認するかのようにハリスを見る。


「覚えてねぇが、それぐらいじゃなかったか?」


 は、80!? まだ歩けるのかっていうレベルだよ!?


 ちなみに、アレクさんは76でダイナモ使いになったらしい。


 ……やばいな。元気すぎでしょ。


「四代目は色々と伝説があるからね。アレクさんほどではないにしても、かなり爪痕を残しているよ」


 へー、どんな人だったんだろう。


「ラウルは四代目の守護者に憧れていたからな。そこら辺知り尽くしてるだろ」


「まあね」


 ラウルは照れくさそうにする。


「最年少で選ばれるなんて誇っていいんだぞ。ただ……」


 ハリスはまたもや沈黙してしまう。今日はちょっとこういうことが多いな。


「ただ?」


「……もう少し考えてから決めた方がいいぞ」


 うん……やっぱりそうだよね。


「今はダイナモ使いといってもお試し期間みたいなものだ。一応使い手としての権限なんかはあるが、正式になったわけじゃない。これは今のアレクも同様だな」


 前にラウルも同じようなこと言ってたな。


 確か、戴冠? をしてから使い手なんだっけ。


 すると、ハリスは「あッ!」と声を出す。


 まるで失言したとでも言わんばかりにラウルを見た。


「す、すまん。俺が言うべきことじゃないよな……」


 ただ、ラウルは気にしてない素振りをする。


「いいんだよ。エミリーは若いし、心配する気持ちもよく分かる。それに、ハリスの言う通りよく考えるべきだ」


 うん、だよね。悪魔を滅ぼすなんて誰かがやらなくちゃいけないんだろうし、私が選ばれたんだったら私がやらなくちゃという思いもある。


 けど、やっぱり決められない。


 ミリアンヌさんは私に敬意を払ってくれたけど、私はずっと右往左往しているだけだ。すぐに決められるアレクさんと違って、そんなに偉い存在じゃない。



 そんなことを思っていたら、ハリスがまだ騒いでいたアレクさん達に向かって怒った。


「いつまでやってんだよお前達は!」


 すると、3人はバツの悪そうな顔をする。


「失礼した。ヘンリー、この話しは帰った後に」


「………」


 グッタリとしたような表情をするヘンリーさん。彼のこんな表情を見るのは初めてだ。




「あ、忘れてた」


 ミリアンヌさんはそう言うと、ポケットから一枚の手紙を取り出す。


 その手紙の内容はまだ知らないけれど、私にはなんだか嫌な予感がした。


 そしてそれをテーブルの上に置くと、こう言った。



「ワーム討伐の功労者として、女王陛下からバッキンガム宮殿の舞踏会に招かれている。時期は1ヶ月後だよ。ああそう、報告書に嬢ちゃんのことを書いたら、是非とも会いたいそうだ。ダンスはやったことあるかい? 間違っても女王陛下の前で粗相は犯せないよ」


 うん。私、報告書には書かないで欲しいって言いましたよね? それに、ダンス……? やったことないよ。そんな素人のダンスを女王陛下の前でやるの?


 なんでそんなことになってるのかなぁと思いながら、私は現実逃避をした。

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