♢27ー《ラムトンのワーム》ー27♢
「集まったな」
朝日が私達を照らし、鎧がその光を反射する。
そんな中、ハリスが声を出した。
「ここからはゲートで移動し、ウェストミンスター橋に移動後は昨日言った通りに実行する。なにか質問はあるか?」
誰もなにも言わない。ただ、覚悟を決めた顔をしている。
テムズ川を汚し、イギリスにダメージを与え続けていたその原因、根源を断つ。
それはこの国の人達の誰もが願ったことだ。
どこか張り詰めた空気の中、ハリスは目を閉じて頷いた。そして、こう言う。
「『ゲート』」
すると、一昨日ラウル達が使っていた光のゲートが出てきた。この先にウェストミンスターがあるらしい。
皆、誰もなにも言わずにゲートをくぐっていく。
抜けた先には、近衛兵が立っていた。
その近衛兵は私達に敬礼をすると、厳格な声でこう言う。
「お待ちしておりました。誓下」
「守備はどうだ?」
ハリスがそう聞く。なんだか本当に司令官みたいだ。
「住民の避難を完了させ、周辺を警戒させています。近くには我ら歩兵隊も待機しております」
「完璧だ。この作戦は絶対に成功させるぞ」
「もちろんでございます」
そう言うと近衛兵は私達から離れていく。
やっぱりああいう人達ってすごく格好良いな。
なんというか、人としての芯がまっすぐしている。
「ラウル、お前は上空で待機。もしも目を覚ましたら、橋ごと吹きとばせ」
「分かった」
「ヘンリーとアレクは川の両端で待機。ラウルの攻撃を食らってまだ耐えているようであれば突撃だ」
「了解した」
「承知しました」
「エミリー、ミリアンヌは結界を張れ。もしもやつが出てきても、ウェストミンスター宮殿だけは守れ。下手したら歴史が変わっちまう」
「了解さね」
「分かった」
それぞれの持場についていく。
私とミリアンヌさんはまだ復旧作業中のウェストミンスター宮殿へと入っていった。
◇◇◇
「緊張しているのかい?」
宮殿の上に登った時、ミリアンヌさんがそう聞いてきた。
「はい……やっぱり、これだけは慣れないですね」
なにかを滅ぼす。たとえそれが簡単にできるものだっとしても、どうしても緊張してしまう。
「はっはっはっ、正直でよろしい。だがね、心配することはないよ。守護者様達はいわずもがな、アレクサンダーとヘンリーだって腕っぷしだけはある。それにね」
ミリアンヌさんは私を見てこう言った。
「何千という悪魔を祓ってきた、このミリアンヌ・カルメルがいるんだから」
そう言って二カッと笑う。
決して強そうな見た目じゃないけど、ミリアンヌさんのその笑顔はどんなに屈強な人よりも頼りになった。
「そうですね、とても心強いです」
そう笑顔で言うと、ミリアンヌさんも微笑む。その笑みはまるで全てを慈しむ聖母のようだった。
すると、橋の上から光の柱が上がる。
合図だ。
それを見た瞬間、ミリアンヌさんは祝詞を唱えた。
「天におられます我らが父よ。悪なる竜を滅ぼすため、私に力をお与えください。川をせき止め、溢れた水を母なる海へと返し、我が祖国を守り給う強大なる神聖の結界をお与えください」
すると、ウェストミンスター橋を中心としてテムズ川の水がゴゴゴといって引いた。
こうやって、神話っていうのができるのかな。
そう思っていると、大きいドームのようにして橋が囲われる。結界だ。
ミリアンヌさんはやりきった笑みを見せる。
「嬢ちゃん、もういいよ」
「分かりました」
そう言って私も力を出す。
ミリアンヌさんが張った結界にさらに私の力を入れていき、強度を底上げする。
何度も練習したので上手くいった。
「私は聖遺物があったからここまでやれたが……なんの媒介もなしにこんなことをやるだなんて、相変わらずその力の量はいかれてるね」
「あはは……」
ミリアンヌさんが言うには、人間の中に内包されている力には限りがあるらしい。
別に減ったらそれっきりということはなく、ちゃんと回復するらしいんだけど、あまりにも使いすぎると強烈なだるさが体を襲うらしい。
ただ、私のその力の量は異常らしい。まず普通の人は屋敷を力で覆うなんてことなんてできないし、そんなことをしようものなら一瞬で気を失ってしまうんだとか。
私自身はあんまり力の量が多いとは思わないんだけどな。
気になってラウルに相談してみたら、力を制限しろと言われた。
特に、上級悪魔の前ではその力を使うなと、初めて力の使い方を習った時と同じことを言われた。
なんで? て思ったけど、なんかすごく真面目な顔をしていたからそれ以上は聞かなかった。
「よしっ!」
底上げし終わる。すると、ミリアンヌさんが聞いてきた。
「気だるさとかはないのかい?」
「はいッ! まだまだ全然大丈夫です!」
「………私しゃあんたが天使かなにかだと言われても驚かないよ」
なんかアレクさんと同じことを言ってる……
力が多いって言われても、なにもしていないんだけどな。
ラウルが言うには魂の大きさとかが力の大きさ(容量?)に影響するらしく、天界でもあまり明らかになっていないんだとか。
そう思っていると、ミリアンヌさんが指を指した。
「あれを」
その方向を見てみると、そこには竜の口があった。
「!?ッ、お、大きいですね………」
あまりにも大きいその口。口だけしか出ていないけど、これが水中にあったら岩と勘違いしそうだ。
私は唾を飲み込みながら、竜の口に近づいていくハリスを見守った。
◇◇◇
「くっせえ……」
ハリスは顔を顰めながらそう言う。
「これをまさか2回もやるはめになるとはな…」
前回は最悪だった。
慣れない匂いに、このくっさい口臭。
竜相手に歯を磨けなんてわけわかんないことを言いながら、その歯茎に自慢の牙を刺したのだ。
あまりにも悍ましい記憶に、一瞬フラッとたちくらむ。
「しっかし、どうやって来たんだこいつ……」
こんな王族の力をもろに浴びる場所でここまで大きくなったことにも信じられないし、そもそもなぜ助かったんだ? という疑問が湧く。
かつて、このワームを釣り上げたラムトン家の跡取りは、気味悪がってこれを川に戻した。
彼が十字軍で遠征に行っている間、このワームは巨大になって彼の故郷を荒らした。
そこで帰ってきた跡取りは故郷の惨状を嘆き、ワームを討つことを決意する。
しかしワームは強く、手も足も出なかった。
そこで彼は魔女に助けを求めた。
魔女はやつを殺す方法を教えてやる変わりに、代償としてやつを殺した後、1番始めに家に出迎えた者を殺せと言った。それを破れば、今後ラムトン家の者は9代に渡ってベッドの上で死ぬことはないとも。
跡取りはそれを承諾し、ラムトンの竜を滅ぼした。
本来であれば跡取りが合図を送り、それに気付いた父親が猟犬を手放し、猟犬を1番最初に出迎えるはずだった。
そうすることによって猟犬は殺さなければならないが、家族や人間を殺すよりはましだと判断したのだろう。
しかし、そうはならなかった。合図を聞いた父親はワームが討たれたことに喜ぶあまり、猟犬を手放さずに息子を褒めるため屋敷に行ってしまった。
跡取りは1番始めに父親を出迎えてしまったが殺すわけにもいかないので、その後すぐに猟犬を家に入れて殺した。
しかし結局、跡取りは1番最初に家に出迎えた者を殺すという契約を破った。
その後、ラムトン家の者は9代に渡ってベッドの上で死ぬことはなかったらしい。
これがイギリスの竜伝承『ラムトンのワーム』。
ここで1番おかしいのは、9代に渡ってラムトン家の者がベッドで死ぬことはなかったというところだ。
なにがおかしいかと言うと、ラムトン家は契約を破った代償を払っている。
『やつを殺した後に1番始めに家に出迎えた者』という契約を破ったから履行されたはずなのに、肝心のやつ……ワームが殺されていないのだ。
現に、ワームは今ここで眠っている。
つまり、契約の内容は達成されていない。
じゃあ、なぜラムトン家は代償を払った?
『やつを殺した後』と明記されているのだから、ワームは確実に死んだはずだ。
なぜ今ここにいる?
様々なことが脳裏をよぎるが、どれも無駄なことだと思って考えるのをやめる。
このことは、元の時代でもよく考えた。
天界でも議論の的になったが、結論は出なかった。
じゃあもう無理なのだろう。結論なんて出せないし、そんなことを今考えてもしょうがない。
前みたいに、毒でこいつを殺そう。
そう思って、ワームの口の上に乗る。
そして、その長い牙をずぷりと刺した。
切先から、猛毒を注入していく。
「前と同じで大人しいな。このまま――」
その時だった。
ドプリ
「は?」
地面から、大量の紫色の触手が出てきた。
「な、なんだこれッ!?」
その触手はワームにまとわりつくと、異常なほど瘴気を出す。
「ぐッ、があああッ!?」
ハリスはその瘴気に吹き飛ばされた。
「な、なんなんだ!? こんなの前にはなかったぞ!?」
そんな声も虚しく、触手の動きは収まる気配がない。ずっとワームに瘴気を注いでいる。
「ま、まずいッ! ラウルうううう!!!」
そう叫ぶと、ハリスは光のゲートの中に飛び込む。
その瞬間。
ドッ――ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!!!
巨大な光の柱が、ワームを覆った。
◇◇◇
「ぐッ! なんて力だッ」
ミリアンヌさんは必死に衝撃を受け流すため、前に防御結界を貼る。
私もそれを手伝い、なんとか安定させる。
「はッ、ハリスは、し失敗したんですかッ!?」
衝撃波のせいで上手く喋れない。
「わッ、分からんッ! ただ、確実になにかの介入があったッ!」
「な、なにかッ?」
「恐らく悪魔だろうッ! クソッ! それも上級クラスだねッ!」
じょ、上級クラスの悪魔!? な、なんでそんなやつがここに……
混乱していると、衝撃波が収まった。
それに続くようにして、光の柱も消えていく。
「そ、そんな………」
光の柱が消えた跡には、一匹の巨大な龍。
その竜は上半身しか出ておらず、他の部位は地中に埋まっているようだった。
フシューッと鱗で覆われた鼻から息が出る。
竜の目は完全に見開いており、遠くからでも今にも暴れ出しそうなほど怒っているのが分かる。
[ぐぎゃああああああああ!!!!]
鼓膜が張り裂けるような叫び声。
その声によって、結界がビリビリと音を立てる。
「アレク、ヘンリー今だッ!」
そうミリアンヌさんが言うと、聞こえているはずがないのに、まるでそれを合図にしたかのようにアレクさんとヘンリーさんが左右から竜に突撃する。
その動きはまるで閃光のように速く、ワームを切り刻んでいく。
「す、すごい……」
鎧の効果もあるだろうが、それにしたってすごいの一言しか出てこなかった。
「あれじゃ本当に騎士だね……」
ミリアンヌさんが呆れたような、嬉しそうな声でそう言う。
「ははっ……」
私も、どこか笑いながら2人のことを目で追っていた。
◇◇◇
「どうした!? 衰えたかヘンリー!?」
高速で竜の肉を切り刻みながら、アレクサンダーはヘンリーを見て笑う。
対するヘンリーも笑いながら答えた。
「老いてなお成長する旦那様がおかしいのですよ!」
そんな風に会話をしながらも、2人は竜を下から上に向けて切り刻む。
[ガアアアアアアアアアアああ!!!]
竜がそう叫び声を上げる。
「まるで一昨日のハリスだな」
「それを言ってしまうと、また拗ねてしまいますよ」
ハハハッ! と2人は笑い合う。まるで、ハイになったように。
「しかし、あまりにも簡単じゃないかヘンリー!」
「油断なさらずに、このまま目を突きますよ!」
2人は空を飛びながら、竜の肉を切る。
切って切って切って、やがて頭の上に飛んだ。
そして、2人で竜の黄色い瞳を剣で突く。
[ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアあああ!!!!]
竜はこれまでとは比べ物にならないほどの断末魔を上げ、硬直した。
2人は川の水が引いた陸へと降りる。
「簡単すぎじゃあないか?」
「鎧のおかげだというのを忘れずに」
「ハハッ! 確かにな。しかし、まさか自由自在に空まで飛べるとは思わなかったな。ハリスには感謝しておかねば」
そう言って、鎧で覆われた腕を見てニコリと笑う。
「随分とハリスのことを気に入っていますね。やはり、相棒だからですか?」
アレクサンダーは難しい顔をして、少しの間沈黙する。
「そうかもな。ただ、初めて会った時から、なんだかずっと昔か会っていたような気がするんだ」
アレクサンダーにもよく分からなかったが、確かにアレクサンダーはハリスを一目見た時、どこかで会ったような気がした。まるで生まれる前から会っていたような、そして親友だったような不思議な感覚だ。
これは彼が元々私と面識があったからだろうか? と考えるが、やっぱりよく分からなかった。
「私もですよ、旦那様。彼を一目見た瞬間、なぜだか懐かしい気持ちになりました」
ヘンリーはそうふふっと笑う。
「やっぱりお前もか?」
「ええ」
そう言って2人は笑い合う。そして拳を合わせた。
「いつまで経っても、私達は兄弟だ。永遠のな」
「ええ、生きる時も、死ぬ時も一緒です」
ずっと昔からやってきた、ヘンリーとの拳合わせ。
なぜだか、これにハリスが加わってもおかしくないと思った。
過去と未来とは、不思議なものだ。
アレクサンダーは感慨深くそう思った。
お前も、そう思っているんだろう、ハリス《相棒》。
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