♢28ー《ラムトンのワーム終》ー28♢

 竜はまるで石像にでもなったかのように直立不動のまま動かない。


「これは……死んだのか?」


 肉を切り、目玉を突いた。


 竜の周りには血の海ができている。


「竜に失血死などあるのでしょうか……? なにはともあれ、念には念をです。このまま胴を断ちましょう」


 そうだな。とアレクサンダーは返事を返し、剣を構える。


 ――その時だった。




 バキバキバキッ




「んな!?」


 竜の鱗が落ちてきた。


 まるで風に吹かれた葉のようにドスドスと落ちる。


「脱皮……?」


 ヘンリーがそう呟く。


 竜はその鱗を全て落とすと、瞬く間にその下から先程よりも大きく硬そうな鱗が出てきた。



〚ぐぎゃあああああああああああ!!!!〛



 先程よりも大きな、そして悍ましい声で竜は叫ぶ。


 見た目は先程よりも一回りほど大きくなり、ゴツゴツとした鱗がまるで体から飛び出すようにビッシリと生えている。


 さっきのはまさに神話や御伽噺などに出てくる『竜』だったが、それが醜悪な見た目になった、いわゆる『邪竜』になったかのようだった。


「ッ! 行くぞヘンリーッ!」


 そう言って2人はまた駆け出した。




 ◇◇◇




「なんだあれ………」


 ハリスは呆然と呟く。その目の先には、巨大化した竜の姿があった。


「ハリスッ!」


 すると、空からラウルが飛んできた。


「どういうことなんだッ!? なんでワームは死なない!?」


 そう聞いてくるが、ハリスにも分かるわけがなかった。


 元の時代では、ワームに猛毒を注入し続けて滅ぼした。


 今回も起きるはずがないと思っていたし、そもそもあの触手はなんだったんだ?


「俺にも分からん。だが、起きたのなら力ずくで滅ぼすだけだ」


 ハリスは光のゲートを出して手を突っ込むと、なにか容器のようなものを取り出した。


「プランBだ。ラウルはワームを攻撃。とにかく、時間を稼いでくれ」


「………プランBなんて、僕聞いてないよ?」


 困惑するラウルだが、ハリスは冷静にあっけらかんとした表情で言った。


「今考えたからな。なに、問題はない。ミリアンヌは歴戦のエクソシストだし、ダイナモ使いであるエミリーの力も入って、この結界はお前でも壊すのに時間がかかるほど強固になっている。結界さえ破られなければ、どうにでもな――」



 その時、横で目がくらむほどの光が輝いた。


 咄嗟にその方向を見てみると、竜が地面に向けて口を開いている。


「んなッ!? ブレスだと!?」


「竜なんだから当たり前だろッ! そんなことより、アレクさんとヘンリーさんが――」


 ラウルは急いで2人を探すが、どこにもいなかった。


「あ、あれ? 2人は?」


「上だ」


 ハリスにそう言われ、ラウルは空を見上げる。


 すると、上空にアレクサンダーとヘンリーがいた。


 しかし、そこでもラウルは首を傾げる。


 じゃあなんで、あのワームは地面の方を向いているんだ……?


 ワームは先程目玉を突かれた2人ではなく、自身のすぐ下を向いている。


 気でも狂ったか? いや、まさかこれは――――



 ようやくその意味を理解した時は、もう全てが遅かった。



 竜の口から放たれた極太の光線が、川の跡に突き刺さる。


 そして、竜はそのまま川沿いに光線を巡らせた。


 大量の土埃が川沿いに舞い、視界を悪くする。


「おいおい、まさかまさか――」


 ハリスは絶句する。視界が晴れてきたことで、ようやくその意図を理解したようだ。



 光線が巡ったことで、地面が抉れる。そしてその抉れた地面から出てきたのは――――竜の体だった。


 自分を押さえつけていた土がなくなったことで、竜は嬉しそうにニマァと笑う。


 そして、そのまま天を目指すようにして飛び上がろうとした。


「チッ、だが、結界が――」


 その時、ハリスはとあること思い出した。


 この結界は中からの衝撃や攻撃を耐えられるよう、聖遺物を使って強固な作りになっている。


 例えどんな攻撃を受けても耐えられるだろう。


 だが、外からの攻撃は別だ。外からだったら、恐らくミサイル一発でこの結界は砕ける。


 しかし、外から攻撃してくるような外敵はもういない。唯一あの触手が気になるが、あれにそこまでの力はないだろう。


 じゃあ、なんで俺はこんなことを思い出す?


 結局、竜の自慢のブレスでもこの結界を砕くことはできない。


 じゃあなんで、こんなにも胸騒ぎがする?


 

「は、ハリス。あれ……」



 後ろでラウルがそう言い、なんだと振り返る。


「なッ――!?」


 そこで見たのは、結界の外にある竜の胴体だった。



 まさか、まさかまさか。



 ハリスは1つだけ失念していた。


 それは、竜の成長だ。


 前回滅ぼした時は口しか出ていなかったから気づかなかったが、この竜はたった十数年で小魚のような大きさから地域に壊滅的な被害を与えるほど巨大になった。



 それが、数百年かけて成長していたらどうなる?


 

 竜が空へと上り、結界に気づく。それを煩わしそうに思った竜は、外にある自身の尻尾を使って結界を叩いた。


 巨大な竜の、巨大な質量による攻撃。


 結界の強度を外――もしくは、どちらにも満遍なく振り分けていたら耐えられたかもしれない。


 しかしそんな後悔も虚しく、結界は砕け散った。



「ミリアンヌ、エミリーッ! 今すぐやつを滅ぼせッ!」



 ウェストミンスター宮殿の上にいるエミリー達を見てそう叫ぶ。


 聞こえてはないだろうが、2人はハリスの言いたいことが分かったように頷いた。


「ラウルも、やつが街に被害を与えないよう立ち回ってくれ」


「分かった!」


 ラウルも竜目掛けて飛んでいく。


 そしてハリスは、先程取り出した容器に自分の牙を入れた。


「くっそ、急がねえと!」



 そして、プランBの準備を始めるのだった。




 ◇◇◇




「はああああ!!! くッ!」


 アレクサンダーが竜に剣を突きたてようとするが、すぐさまどこからか出てきた雷により妨げられてしまう。


「いきなり強くなったぞ!?」


 そう叫ぶが、そんなことをしても刻一刻と状況は悪くなっていくばかりだった。


 ヘンリーもこれには苦しそうな表情を浮かべる。


「流石にこれは……」


 結界は破られ、完全に出てきた竜。その大きさはあまりにも大きく、先程自分達が切り刻んだところなど竜にとっては小指を切ったぐらいにしか感じていなかったのだろうと理解する。


 

「旦那様! 斬りつけるのではなく、遠距離から再び目を狙いましょう!」


「私達の攻撃が通るか! ここまできたら、力ずくで切るしかないだろう!」


 力は固めて、弾丸のように放つことができる。


 ただ、その攻撃は強力だが消耗が激しい。


 ただでさえ空を飛ぶのに力を使用し続けているのに、アレクサンダーは効くかどうかも分からない攻撃をしたくはなかった。


 数百メートルはありそうな巨大な竜。


 しかし、巨大といっても長いだけだ。


 長さと比べて、太さはそれほどでもない。


 ちまちま遠くから攻撃するのではなく、胴を断ってしまえば勝てるというのがアレクサンダーの考えだった。


「くッ! しかし、雷が厄介だな……」


 竜を守るがごとく、どこからともなく発生する雷。朝は晴れ渡っていたのに、まるでこの竜が雲を吸い寄せているかのように天気は悪かった。


 まるでバケツをひっくり返したかのような勢いで雨が降る。


 その時、アレクサンダー達の方に1つの光が向かってきた。


「な、あれは攻撃?」


 ヘンリーがそう言う。しかしその光は竜からではなく地上から来ており、どこか神聖な雰囲気を醸し出していた。


「いや違う、あれはエミリーだ!」


 飛んできたのは1人の少女。エミリーだった。


「アレクさんッ、助けに来ました!」



 ◇◇◇



 はあ、はあ、はあ。ま、間に合った。


 空の飛び方が分からなくて、1分くらい右往左往していた。



 安堵している私とは反対に、どこか驚いた表情をしているアレクさんとヘンリーさんは、私を見て声を荒げた。


「なにをしているんですかッ! ここは危険です。速く守護者様のところへ!」


 そんなヘンリーさんの言葉に私はムスッとする。私だって、戦うためにここに来たのに。


「未来で女性は引っ込んでいろなんて言うと差別になりますよ!?」


「ここは未来ではないッ! 私達に任せていなさいッ!」


 アレクさんまでそう言ってくる。それに反論しようとすると、下からなにかが上がってきた。


 ラウルだ。


「口喧嘩をしている場合か三人とも!」


 ラウルは私達よりも上へ上昇すると、その体をキラリと光らせた。


 

 そして巨大な閃光を竜目掛けて放つ。


 その体から出ているとは思えないほど極太な光線。


 それは的確に、竜の頭を撃ち抜いた。



〚ぎゃあああアアアアアアアア!!!〛



 光線が消えていく。すると、先程まで私達に見向きもしていなかった竜がギロリとこちらを睨む。


 痛がってはいるようだけど、その顔には傷1つついていなかった。


「な、なんで!?」


 大きな鱗に弾かれたのかと思ったけど、それだったら痛がる要素なんてない。


 なんで傷がついていないの!?


 そんな私の疑問に答えるかのようにラウルが叫んだ。


「再生している! 伝承によると、ラムトンのワームは驚異的な再生能力を持って全ての攻撃を耐えてきたッ! 滅ぼすには頭を切り落とすしかないッ!」


 こ、こいつ再生能力まで持ってるの!?


 たった今告げられた事実に、私は驚愕する。


「やれやれ、だから言っただろうヘンリー。剣で切った方がいいと」


「………しかし、あの竜は雷で体を守っています。どう近づくおつもりで?」


 こんな時までゆっくりと談笑している。


 いつもだったら頼もしく思えるけど、流石に今は辞めて欲しい。


 そんなことを思っている間にも、竜はその大きな口をパカリと開けた。



「ブレスだッ、よけろ!」


 そんなラウルの言葉を聞くまでもなく、私達は散り散りになってその攻撃をよけようとする。



 そして、真っ赤なブレスが放たれた。



 私達は全員避けれたけど、そのブレスは下にあるロンドンへと降りていく。


「ま、まずいッ!」


 皆が焦った表情でそのプレスを見る。


 いくら鎧のおかげで速く動けるといっても、流石にあのブレスには追いつけなかった。



 誰もが終わったと思ったその時――





 ブレスが、光の壁によって弾かれた。



 力を目に集めてその場所を見ると、そこにはミリアンヌさんがいた。


 手をかざして、その巨大なブレスを防いでいる。


 どうやってブレスがそこに落ちるのを分かったのか困惑していると、ミリアンヌさんは私の視線に気付いたのか、ニヤっと笑う。


 まるで、好きなように暴れろというように。



 その表情に私も思わず笑みをこぼしてしまう。


「ラウル! 私全力を出すよッ!」


 そう言うと、ラウルは驚愕した顔で私を見る。



「ダメだエミリー! 絶対に全力は出すなッ!」


「な、なんで!?」


「どうしてもだ! このまま上に行くぞ!!」


 納得はできないけど、逆らうわけにもいかない。ラウルにもラウルなりの考えがあるんだろう。


 渋々と私は高度を上げる。 


 

 にしても、これどういう原理で飛んでいるんだろう?


 竜もそうだけど、本当に分からないことが多い。


 ただ今はそんなことを考えている場合じゃない。


 早く、この竜を滅ぼさないと………



 竜の体が怒ったようにバチバチと雷を帯び、私達を追って上昇する。



 その後も竜を囲むように遠くから攻撃したり雷を避けたりしていると、いつの間にか雲の上まで来ていた。



 鎧のおかげか力のおかげか、不思議と酸素が足りなくなるなんてことはない。


 逆に、まるで寝る時のようにゆっくりと息をしても辛くなかった。


 私もこんなに動けると思ってなかったな……今まで運動は最低限しかしていなかったし、こんな風に空を飛んだこともなければ戦ったこともないのに……



 なぜか、昔もこんなことをやっていたかのように動ける。



 体が別の人の記憶を模写しているっていうのかな? なんて表せばいいか分からないけど、まるで歴戦の戦士みたいに動けた。



「ラウル! これどこまで上るの!?」


 このままだったら宇宙まで行っちゃいそうだ。流石に力があっても宇宙で生きていけるかは分からないし、こんな戦いをしながら夢を叶えるのはなんか嫌だ。


「もう少しだ! ハリスが来る!」


「え?」


 ちょうどその時だった。


 まるでタイミングを見計らったようにして、竜をなにかが包みこんだ。


 それは音波? のようで、最初は音で攻撃しているのかと思ったけど、どうやら違うみたいだ。


 竜もなにがなんだか分かっていないのか困惑しているように頭を振る。


 ダメージは効いてなさそうで、本当になにをしたいのか分からない。



「な、なにやってるんだ?」



 ラウルも分かっていないのか、困惑したような声を出す。


 すると――


「あッ! 見て!」


 音波がなくなった時、明らかに竜に異変が出た。


 さっきまで身を守るようにして体を走っていた雷がなくなったのだ。


「これで近づけますね!」


 アレクさんがそう笑顔で飛び込む。


「危ないッ!」


「え――」



 バンッ!



 アレクさんは竜の尻尾に思い切り吹き飛ばされた。


「旦那様ああああああ!」


 ヘンリーさんがそう悲痛な叫び声を上げる。


 唖然としていると、なにか竜の挙動がおかしくなった。


 まるで痛がっているように尻尾を振り回している。


「え、あれは―――」


 そこで見たのは、果敢にも尻尾に張り付いているアレクさんだった。



「ハッハッハッハッ! 鎧のトゲで助かった!」



 そう笑いながら、尻尾に剣を突き立てる。


 そしてそのまま竜の長い体を走った。


 まるでアクロバットのように、その体を走って行く。



〚ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!〛



 余程痛いのか、今までにないほど竜が叫び声を上げる。


「竜の三枚おろしですね」


 いつの間にか私の隣にいたヘンリーさんがそう言う。


「いや、なにこんな時までジョークを言っているんですか」


「ハッハッハ、これは失敬。しかし、本当に面白いお方だ」


 ヘンリーさんは先程とは一転して、笑みを浮かべながらアレクさんを見る。


 それは私もそう思う。なんか、こんな時まで楽しんでいるみたいだ。


「私達も行きましょう。狙うは竜の首。エミリー様、私に力をくれませんか?」


 ヘンリーさんがニコッと笑って手を差し出してくる。だから私もニコッと笑って、その手を取った。


「はい、もちろんです」


 繋いだ手から、私の力をヘンリーさんの体に送り込む。


「おお……素晴らしいお力です」


 これはミリアンヌさんに言われたことだ。『エミリーはお前達よりも抜き出て力を持っている。あんた達の力がなくなりそうになったら、エミリーに分けてもらいな』。


 力は自分の体の一部みたいなものだけど、ヘンリーさんに送り込むと、まるで切り離されたかのように感覚がなくなった。


「ありがとうございます」


「はい、どういたしまして」


 私達は剣を構えて竜に突撃する。


 すると、今まさにアレクさんが竜の首の方まで剣を進めていた。


「お、エミリーとヘンリーっ! 来てくれたか!」


 すると、竜が首を曲げて体の上にいる私達を見る。


 や、やばいッ!


 そしてブレスを吐こうと口を開いた時、極太の閃光が竜の頭を包んだ。



〚ぎゃあああアアアア!!!〛



「させないよ」


 そう言ってラウルは私達を見て口角を上げる。私達はその笑みを信用して、竜のことなんて気にせずひたすら首に剣を振り下ろした。


「ハアアアアああ!!」


 まずヘンリーさんが剣を振り下ろし、竜の首を抉る。


「ふんッ!」


 そしてその次にアレクさんが剣を振り下ろし、さらに掘り下げた。


「「今です、エミリー!!!」」



 そう2人に押されて、私はジャンプをして剣にありったけの力を込める。



「ハアアアアアアアアアアア!!!」


 そしてその肉が再生する前に、首を断ち切った。




〚ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!〛



 途方もないほど大きい断末魔。思わず耳を抑え、切り離された体から飛び降りる。




「フハハハハハッ! 素晴らしい!」


 アレクさんが笑いながら一緒に落ちていく。


 なんだか私も笑ってしまった。


「無事に行きましたね」


 ヘンリーさんも落ちてきた。その顔はとても満足していて、仰向けになりながら落ちている。


「よくやった三人とも」


 そしたらラウルまで来た。


 

 さっきまで集まっていた雲が次第に晴れていく。


 光が差し込み、雨が降る中私達を照らした。


 私達は顔を見合わせて、やり遂げたように笑みを浮かべる。


 

 しかし――――



〚ぐがああああ!!〛



「なッ、再生してる!?」


 なんと、頭だけになった竜がその断面から体を生やそうとしていた。


「首を吹き飛ばすまで終わらないか!?」


 ラウルがそう言うが、アレクさんとヘンリーさんが首を振った。


「私にはもう力がありません」


「私もですね。エミリー様から貰った力も、全部剣に込めてしまいました」



 もう2人は動けないらしい。え、て、てか着地はどうするんだろう?


 ただ、よく見てみると着地ができるほどの力はあるみたいだった。首を吹き飛ばせるほどの力がないってことか。


「くッ! 僕ももうあの閃光は出せない。あと少しなのに……」


 ラウルが悔しそうに歯を食いしばる。


 

 ………私が全力を出す。


 ラウルに止められていたけど、もうそんなことを言っている場合じゃない。


 そう決心してると、地上が見えてきた。


 ただ、なんだか様子がおかしい。


「なにをやってるの?」


 他の三人も異変に気付いたのか、地上を見た。


 そこでは川の跡地の一部を光で囲って、その中に真っ白な液体を貯めてあった。


 なにがなんだか分からず困惑していると、声が聞こえてきた。



「ガッハッハッハッ! いい趣味をしているじゃないか!」


 ミリアンヌさんがハリスに向かってそう言う。


「そうだろう!? 俺が渾身の力で作った対邪竜用の超猛毒風呂だ! ゆっくりと浸かってくれよ!!」


 ハリスもガッハッハと笑う。


 

 そしてその様子を見た竜が、まるで死にたくないような、驚愕したような声で叫び声を上げた。




〚がアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!?????〛





 しかしそんな叫び声を上げても、その竜は頭だけだ。回避する手段はないし、どれだけ体を生やそうとすっぽりと入ってしまいそうなくらいには毒風呂も大きい。


 鼓膜が破れるような絶叫を上げ続けるが、それも虚しく、大きな音をたててハリスが作った毒風呂に落ちた。


「しゃあッ! 予測も完璧!」


 ハリスとミリアンヌさんはハイタッチした。なんかすごく仲良くなってる。




「うわッ!」


 突然ラウルの力に引っ張られ、ゆっくりと地面の上に降ろされる。


 あ、危なかった。地上の様子を気にしすぎて、着地を忘れてた……


 ドクンドクンと心臓が鼓動を上げる。


「よくやったハリス!」


 そう言ってラウルはハリスのもとに駆け寄る。ハリスもラウルの方に駆け寄ると、ギュッと抱きしめた。


 え、なんかエモい……


 猫と……珍獣とはいえ、小さい動物同士が抱き合っていると、そこでしか得られない栄養が生み出されている気がする。


 癒されていると、同じようにその様子を見ていたミリアンヌさんは私達を見る。


「私らもするかい?」


 そういやらしい笑みで言った。


「遠慮しておきます」


「結構です」


 アレクさん達が即答する。ミリアンヌさんはケッと口を尖らせた。


「嬢ちゃんは――おっとっと」


 私は思いっきりミリアンヌさんに抱きつく。


 するとミリアンヌさんは優しく私の頭を撫でてくれた。


「だ、旦那様見ましたか?」


「あ、ああ。あのミリアンヌが、まるで聖母のように――」


「やかましいわ!」


 そんなことを話しながら、私達は笑い声を上げる。



 空はよく晴れ渡っていた。






 






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