♢26ー《討伐前夜》ー26♢
ワーム討伐まであと1日
私達は昨日の部屋で作戦会議をしていた。
ハリスが場を取り仕切り、明日の作戦を説明する。
「まず、ヴィクトリア女王陛下に天界から交信をし、問題なく閉鎖区域にも入れるようにして貰った。それと同時に近隣住民の避難もな」
これで昨日アレクさんが懸念していたことは少なくとも大丈夫ってことか。
「そして肝心の川の水なんだけど、それはダイナモに食い止めてもらう」
「!? そんなことをしたら、川が決壊するぞ!?」
アレクさんが驚愕した表情で声を上げる。しかしハリスは首を横に振った。
「ダイナモの本来の使い方は長距離の移動と悪魔に対する攻撃だ。ウェストミンスター橋の周りに転送門を設置し、川の水は海に逃がしてやればいい」
「ん? 悪魔に対する攻撃?」
そんなの初めて聞いた。過去に戻るしか能がないと思っていたから驚きだ。
私がそう聞くと、隣にいたラウルが説明をしてくれる。
「ダイナモは本来、使い手の力を高めてくれるんだ。そしてダイナモ自体にも攻撃できる機能が備わっているんだけど、扱いが難しいからね。時間もないし、今回は剣で代用する。まあ歴代の使い手達もダイナモを使うことはあまりなかったらしいから剣でも大丈夫」
するとアレクさんが不安そうな顔をする。
「本当に大丈夫なのですか? 急がせておいてこういうのもなんですが、私は時間がかかってしまっても大丈夫ですよ? 急いで失敗するよりも、ゆっくりとやって成功する方がいい」
私もそう思う。ハリスとラウルはちょっと急ぎすぎじゃないのかな。
それが別に悪いことだとは言わないけど、どこかでミスをしていることもある。念入りに計画を練った方がいいと思う。
「いいや、もうラウル達の影響でワームのことが広まっている。俺等が対応しなければ政府が下手にウェストミンスターを調査してワームを刺激するだろうし、お前が何を言おうともこちらはやらなくちゃいけなくなったんだ」
そうだったんだ。確かに、私達の知らないところでワームが目覚めたりでもしたらまさしく悪夢だ。
皆の納得したような表情を確認した後、ハリスは再び口を開いた。
「そして川をせき止めた後、ワームの口が見えたら、俺のこの牙で猛毒を流し込む」
へ? 毒?
皆驚いた表情をしている。お前そんなものを持っていたのかと。
「天界には地球よりも遥かに多い種族がいてな。ラウルは単聖獣、俺は多種聖獣と呼ばれている。単聖獣はラウルのように1つの動物の遺伝子を受け継いだ者、多種聖獣は複数の動物の遺伝子を受け継いだ者だ」
なるほど。天界って面白いな。
するとハリスが自分の大きな牙を指して言った。
「俺が受け継いだ遺伝子はハムスター、たぬき、そして――蛇だ」
大きな牙がキラリと光る。
やっぱりヘビとたぬきとハムスターだったんだ。そのまんますぎて逆に驚く。
「俺はこの牙からありとあらゆる猛毒を出すことができる。それ意外にも、多種多様な薬も出せるぞ。ちなみにジュースなんかも出せる」
そう言ってハリスはドヤる。いや普通にすごくない? 要するに液体だったらなんでも一瞬で作れるっていうことだよね?
そう思っているとラウルが懐かしむように言った。
「こいつの天界でのあだ名は『薬剤師』だったからなあ。僕もよくジュースを作ってもらってたよ」
ハリスの牙から出たジュースか……あまり飲みたくはないな。
「俺は基本的にどんな病気・怪我でも治せるが、体の欠損なんかは無理だ。血を止めることはできるけどな。だから大体の傷は直せるが、腕や足がなくならないよう注意してくれ。もしも切断された場合はすぐさまその部位を回収して持ってくること。もしかしたらくっつくかもしれないからな」
すごッ、薬剤師に医師までできるのかハリス。………有能すぎじゃない?
「この力を見込まれてハリスは守護者になったからね。学校での成績は僕の方が上だったのに、こいつが先に選ばれた時は枕を濡らしたよ」
アレクさんの守護者を決めるときもラウルはエントリーしていたらしい。
まあ確かに、いくら成績を考慮したとしてもこの能力は有能すぎる。私でも選べる立場だったらハリスを選んじゃったかも。
そう思っていると、 けど とハリスが喋りだす。
「俺はとにかく弱い。多分もうエミリーよりも下だな。中級クラスの悪魔と戦う力は持っているが、上級は絶対に無理だ」
なるほどね。回復専門ってことか。
理解していると、ハリスはラウルを見た。
「もしもピンチになったらラウルを呼べ。こいつはハッキリと言って化け物だ」
「酷ッ!」
ラウルがなにを急にという表情をする。
「事実だろ? お前と戦った俺の友人はほぼ全員精神を病んでいるんだからな」
え、ラウルって元ヤン?
ビックリとしていると、ラウルが違う違うと首を振った。
「あいつらには精神力が足りていなかったんだよ。実際、ハリスはなんともなかったじゃないか」
「そりゃ俺は戦闘特化型じゃないからな。もしもなんの薬も出せずに戦闘特化だったら間違いなく折られていたわッ」
「ラウルってそんなに強かったの?」
男達に襲われて泣いているイメージがあったけどな。まあでも、私とアレクさんと戦った時は信じられないほど強かったけど。
………ん? じゃあなんで男達相手に逃げたんだろう? ボッコボコにやり返すこともできたはずなのに。
「ああ、こいつは天界で恐らく………いや、確実に1位を取れるほどめっちゃ強えぞ。審査員にも引かれていたぐらいだ」
「ちょ、それを言うなって!」
マジか……すっごいイメージ変わるわ。
「てか、そんなに強いならなんで男達に襲われてたの? やり返せばよかったじゃん」
「その時はとにかく過去を変えないことに固執していたからね。男達に襲われただけで過去が変わったと内心ビクビクとしていたよ」
ああなるほどね。全部納得した。
「話しに戻るぞ。なにごともなければ俺の毒でワームを殺し、体を塵にする。もしも起きた場合に備えてエミリー、ミリアンヌが結界を張っておいて、その中でワームを討伐だ」
ハリスが皆を見渡し、誰もが覚悟を決めた表情でコクリと頷く。
「俺が守護者の時代はなにごともなく滅ぼせたが、今回は時期なんかが色々と変わっている。用心してくれ」
「はい」
「分かった」
「了解したよ」
それぞれが自分なりの返事を返す。
「決行は明日、屋敷の前に集合。集まり次第ウェストミンスターへと赴き、ワームを討伐する」
ハリスがそう言うと、鎧を着た。
私達も流れで鎧を身につける。
昨日ラウルから教わったんだけど、この鎧は自分の力にして体内にしまっておけるらしい。だからいつでも着脱可能なのだとか。
便利だとも思うけど、体内の中ってちょっと怖い。
「この鎧を着た状態で集合してくれ。良いな?」
皆が返事をするのを確認すると、ハリスはよっこらせと椅子から飛び降りた。
ラウルが意外そうな顔をして聞く。
「音頭は取らないの?」
「……ッ! 取らんッ!」
ハリスは赤面するとそう吐き捨てた。
「いいじゃないか別に。私は昨日の格好良かったと思うぞ」
アレクさんがそう追撃する。ハリスはさらに顔を真っ赤にした。
「そうさねえ。私もまるで物語の騎士様になった気分だったよ」
「そうですよね。私も今度はちゃんと声を上げるので、改めて取ってみてはどうですか?」
ヘンリーさんまでそう言う。ハリスはもう限界そうにぷるぷると顔を真っ赤にしていた。
ちょっと可愛そう……私はなんて言おう。えっと……
「えっと……頑張って!」
するとハリスはまた「あああアアアアアア!!」と発狂した後、部屋を出ていった。応援したのになんで……
皆がその背中を温かい目で見ている。
「やれやれ、締まらないなあ」
ラウルは肩を諌めながらそう言った
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