♢22ー《初めてと失言と》ー22♢
ワーム討伐まであと4日。とある民家の前。
「それじゃ、今からこの家に憑いている悪魔を祓うよ。事前調査で、ここに悪魔がいることは確認ずみだ。安心して祓うといい」
安心できる要素が1つもないんだよなあ。
そう苦笑いしながら、なんでもない一軒家を見る。
一見どこにでもありそうな家だけど、目に力を集中させれば一目で他とは違うということが分かる。
家の雰囲気そのものがおかしいというか、なにか邪悪な気配を感じるのだ。
ただそれは本当にかすかなもので、この前会った上級悪魔とは比べるのもおこがましいほどだった。
「大体、絵や物に取り憑くのが下級、人に取り憑くのが中級だ。上級はそのどちらにも該当して、本当にやばいやつだと人に取り憑くことなくこの世に顕現する。そいつに出会った場合は全力で逃げな。運が良けりゃ命は助かる」
運が良くて命が助かるって……逆に良くないと落とすことになるのか。
嫌だなあ……と思いながらも、気を引き締めるために頬を手でパンッと叩く。
「私はここで待機している。なにかあったら呼びな」
ミリアンヌさんはそう言うと、事前に用意してあった椅子にどかっと座る。
「高みの見物ですか……」
「せいぜい、私に見下されながら死なないよう頑張りな」
アレクさんはため息をつくと、私のことを見た。
「では行きましょうか」
「はい」
そう言って2人で家の中に入る。
中は特に荒れていることもなく、清潔感のある家だった。
「悪魔はどこにいるんでしょう?」
「ミリアンヌはなにも教えてくれませんでしたからね。自分の目で確かめろッ! なんて言って……」
「はは、結構厳しいですよね」
「まあ私ができるだけ早くワームを滅ぼしたいと言ったからしょうがないんです。エミリーには付き合わせてしまい申し訳ない」
「いえいえ! 私もいつか悪魔を滅ぼすかもしれなかったんですから」
これから悪魔を滅ぼすとは思えないほどのんきな会話。
ただ、それをできてしまうぐらいにはアレクさんは頼もしかった。
「一階にはいなさそうですね。二階を見てみましょう」
そう言われて慎重に階段を登っていく。
階段の軋む音がやけに大きく感じた。
階段を上がると、私はとある物が目にとまった。
「………あれですね」
「ええ、どうやらそのようです」
私達の視線の先にあったのは、1枚の絵。
その絵から、かすかに黒いモヤが出ていた。
「エミリー、先手を」
「分かりました」
なにがあっても守ってくれるように、アレクさんが私の前に立つ。
私はその影から、絵の周りに自分の力を出す。
僅かな光が絵を囲んだところで、物を傷つけない程度に光の粒子を勢いよく発射した。
「ガアアアアアア!!」
すると、絵の中からどろりと青緑色の肌をした悪魔が出てきた。
見た目は少し人に寄っているけれど、その目には眼球がなく、ただ暗い闇が広がっているだけだった。
少し前の私だったらこの時点で悲鳴を上げ、腰を抜かしていただろう。
けどこんな悪魔、あの大聖堂で見たやつと比べればなんてことない。
ライオンと小型犬くらい迫力が違う。
悪魔はそのくぼんだ目で私を睨むけど、私はそれに臆することなく周りに展開していた光を悪魔に集中させた。
「グワアアアアアア………あ……ぁ……」
悪魔が光に包まれて溶けていく。やがて消えると、その場には少量の灰が残っていた。
「おみごとです」
アレクさんが拍手をしてそう言ってくれる。
「ありがとうございます」
「最初の攻撃に耐えたということは、あれは恐らく中級悪魔でしょうね」
「中級ってこんなに弱いんですか? なんだか、下級とあまり変わらないような気が……」
「それは私達が力を持っているからですよ。もしもこの力を持っていなければ、私達は今頃絵から出てきた悪魔を銀の弾丸で蜂の巣にしていたでしょうね」
まあそれでも倒せるんですけどね。とアレクさんは言った。
「普通の人は銀の弾なんて持っていませんし、悪魔を祓う術も知りません。だとするならば、こいつは中級が妥当でしょう」
確かにな。私達はすごく簡単に滅ぼせたけど、本当だったら呪文を唱えながら十字架をかざすんだ。こんなにあっさりとは滅ぼせない。
「確かにそうですね。じゃあ、ミリアンヌさんに報告しに行きましょう」
◇◇◇
「おや、もう滅ぼせたのかい」
ミリアンヌさんが少しだけ目を見開いてそう言う。
「はい。エミリーのおかげでなにごともなく滅ぼすことができました」
「アレクさんが守ってくれていたからですよ」
守ってくれていなかったらきっと私はビクビクとしながら滅ぼそうとしていただろうし、もしかしたら失敗して悪魔が絵の中から完全に出てきていたかもしれない。
「なにはともあれ、初めての悪魔祓いはどうだったかい?」
「そうですね……意外と簡単に滅ぼせちゃいました」
「私はこれが初めてじゃなんですけどね。今までは銀の弾丸で無理やり滅ぼしていましたし」
ミリアンヌさんは答えになっていないアレクさんをキッと睨む。
そしてため息をついた後、こう言った。
「楽に滅ぼせるんだったらそれでいい。ただし、決して慢心はしないことだ。危なくなったらすぐに撤退し、応援を待つんだよ」
「はい、分かりました」
「よし、じゃあ次のところに行こうか」
私達は3人で歩き始める。
数分ほど経った後、アレクさんがミリアンヌさんに質問した。
「しかし、今回会ったのは中級クラスでしたが、中級はあんなすぐに滅ぼせるものなのですか?」
ミリアンヌさんは首を横に振る。
「いいや、中級の強さにも幅がある。あまりにも大きい幅がね。下級は全部雑魚だが、中級でも上位の奴らは術を使ってくることがある」
「術を?」
「ああ。例えば、手から火を出したりだね」
「上級と中級の違いはなんですか?」
私はそう聞く。
私が見た上級と中級はあまりにも差があるが、あの大聖堂で見た悪魔とは絶対に戦いたくない。ただ見極め方がよく分からないので聞いておきたかった。
「上級と中級は知能にも差があるが、これはその個体にもよる。1番はっきりとしている違いは、人の心に漬け込むかどうかだ」
「心に漬け込む?」
「ああ。上級は、その人間が抱えている闇や罪悪感を利用して心の中に入ってくる。そして、その人間の心を壊しちまうのさ」
こ、心を壊す!?
心神喪失の状態になるってことかな?
「心を壊された人間は、まるで抜け殻のようになっちまう。私はそういうやつを何度も見たことがあるが、どいつもブツブツとなにかを言っているか、ずっと涙を流しているかのどっちかだったねえ」
こ、怖ッ。それって治るのかな?
そう思っていると、アレクさんが聞いた。
「対処する術はないのですか?」
ミリアンヌさんは少しの間だけ沈黙する。
「………ある。それは、強靭な精神を持つことだ。心を強く持っていれば、たとえ心の中に入られても壊すことはできないのさ」
………やばい。私だったら一瞬で壊されちゃうかも。
ただ、私は今までの人生に後悔も罪悪感もない。
常に「誰からなにを言われても誇れる人間に」と言われて育ってきたし、やましいことはなにもしていない。
……案外大丈夫かも? ただ、油断だけはしないようにしないと。
「止まりな」
突然ミリアンヌさんがそう言って止まった。
私も慌てて止まり、一歩後ろに下がる。
「あいつを見な」
そう言ってミリアンヌさんは1人の男性に目を向ける。
その男性を目に力を集中させて見ると、黒いモヤが出ていた。
「ありゃあ憑かれているね。嬢ちゃん、周りの人に気づかれないくらいの光であいつを包みな」
「は、はいっ」
私は言われた通りにその男性を薄い光で包む。
すると、男性の体から出ていたモヤがゆるいだ。
だんだんと苦しむように揺れていき、そしてそのモヤがポンッと出てきた。
人の形で、全身が影でできているように真っ黒な姿だ。
「今だよ、アレクサンダーッ!」
ミリアンヌさんがそう言うと、アレクさんは腕を突き出して悪魔に向ける。
そして、その腕から出てきた光が悪魔を貫いた。
悪魔は声を上げることなく灰になっていく。
「あ、あれ? なんか肩が軽くなったぞ?」
その男性は肩をまわすと、嬉しそうに歩いていった。
「今のは……」
「中級だね。あの男の心をゆっくりと支配していたんだろうさ」
「支配?」
破壊じゃないのかな?
「支配は破壊とは違って、その人間の心を自分の負の力で満たすんだ。満たし終えるとその人間は自分の意のままに操ることができるようになる」
「人間もできるのですか?」
そんなアレクさんの言葉に、ミリアンヌさんはゲエっと眉を眉間に寄せる。
「誰に使うつもりだい?」
「誰にというわけでは………もしかしたらミリアンヌを傀儡にして、偉いお方達とコネを作るかもですね」
ニコッとアレクさんは微笑む。
いつもだったらこちらも微笑ましくなるような笑みだけど、なぜか今は寒気がした。
「ふんッ! あんたなんかに漬け込まれるほど、私の心は弱くないよ」
「否定をしないということは………できるのですか?」
え、できちゃうの?
そんなの絶対にまずいと思うんだけど……
ラウルが聞いたら、禁忌がー禁忌がーって言いそう。
「そんなもん私だって知らないよ。ただ、できないということはないんじゃないかい? この力だって、初めは存在しないと言われていたんだから」
確かに、こんな魔法みたいな力なんて存在するとは思っていなかった。
しかもちょっと教わっただけで木とかを薙ぎ倒せるようになるし、これは一部の人にしか教えられていないのは納得だ。
こんなのが広まったら、いろんなパワーバランスが崩れそうだしね。
そんなことを思っていると、アレクさんが私に向かって言った。
「エミリーには意中の男性などはいないのですか? もしかしたら、この力で虜にできるかもしれませんよ。まあ、あなたはそんなことをしなくても虜にできそうですが」
そんなお世辞を言ってくる。
残念ながら私は元の時代でお世辞にはなれているため、嬉しくなることはなかった。
「今はいませんよ。いつかはできればいいと思っているんですが……」
「おや、ではロバートなんかはどうです? あなたとロバートがくっついてくれれば、私は安心して夜眠ることができる」
「はは、マリーに嫌われますよ」
「おっとそれはまずい。あの子に嫌われたらエミリーの時代に行きましょうかね」
「あははっ…………ん?」
「どうかされたのですか? ――あっ」
アレクさんはしまったという顔をして、気まずそうにする。
そして私達はゆっくりとミリアンヌさんを見た。
ミリアンヌさんは聞き逃してはくれなさそうな表情で、ニマニマと笑う。
「んで? 嬢ちゃんの時代ってなんだい?」
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