♢21ー《2人と2匹》ー21♢

「あーもうッ! 本当に酷いと思わない!?」


 おしゃれな喫茶店の中、マリーはそう声を上げる。


「はい、そうですね………」


 ロバートは少しだけゲッソリとすると、マリーの言葉を肯定した。


「おじいちゃんもヘンリーもエミリーも、皆私だけ仲間はずれにしてなにかこそこそやってるのよ!? 最近は変な動物が自分の家みたいに屋敷に入っていたし、それも私が挨拶するなり呆然として逃げちゃったのよ!?」


「それは酷いなぁ……」


 何度この話しを繰り返したのか、ロバートにはもう分からなくなっていた。


「けど、なんだか私その動物と昔会っていたような気がするのよね。いや、もちろん会ったことはないんだけど、なんていうか生まれる前から会っていたみたいな?」


 マリーはうーんと悩むが、結論はでない気がした。


「懐かしいような、久しぶりに会ったような気がするのよ」


「そうですか……」


「まあいいわ」


 マリーは愚痴を言ってスッキリしたのか、一転して落ち着いたように喋る。


「にしても、よくビルターさんからお休みの許可が出たわよね。ダメもとで言ってみたのに」


「この間の新聞が飛ぶほど売れましたからね。親父さんもニンマリですよ。それに、これだけ売れたのはお嬢とアレクサンダーさんの協力あってこそですからね。親父さんも無下にはできませんよ」


「私はおじいちゃんに頼んだだけよ。なにもしてないわ」


「いえいえ、お嬢がアレクさんに頼んでくれなかったら俺は今頃鼻をつまみながら川沿いを走っていたでしょうし、他の記者達も同じでしょう。ここまで来れたのは、間違いなくお嬢のおかげですよ」


 そう言ってロバートはマリーの手を握る。


 マリーはポッと顔を赤くした後、その手を握り返した。


「ロバート……」


「お嬢………」



 熱く視線を交わす2人のすぐそばに、2匹の猫がいた。



「なあウィル」


「なんだミルク」


「俺等、いつまでこの光景を見なくちゃいけないんだ?」


 ミルクはげんなりとした様子でそう言う。


 対するウィルも、疲れ切った顔をしていた。


「怒ってはイチャイチャして、怒ってはイチャイチャしてだもんな。この光景も3度目だ」


 はあ、と2人は同時にため息をつく。


「俺も、ケイトとあんなことがしてえよお」


 ウィルがうるうるとした目でそう言う。


「いや、お前ケイトに見向きもされてないだろ……」


「はあ!? そんなことないだろ!」


「いやだって、最近のお前ら全くと言っていいほど喋っていないじゃんか」


 ウィルは顔を真っ赤にする。


「俺もケイトも奥手なんだよ! お前には分からないだろうがな、俺等は言葉を交じわさなくとも心で繋がっている。もう会話なんてレベルはとっくに超えているんだよ!」


「……最近のケイト、誓下にぞっこんだけどな」


「それを言うなッ! あの野郎、俺のケイトに手を出しやがって……」


 お前のでもないけどな、とミルクは思った。


「誓下にそんな口をきくな! どこで聞かれているかも分からないんだぞ」


 ミルクは辺りを確認する。


 そしてネズミとカラスがいないことを確認すると、ホッとしたように息を吐いた。


「ふんッ! ネズミやカラスが足りていないから俺等にこの任務が回ってきたんだろうが。そんなにビクビクとしてたっていねえよ。いたら逆に切れる」


 ウィルはフスーッ、フスーッと鼻息を荒くした。


 余程イライラしているようだ。


「ケイトは最近ずっと誓下の報告係だし、もうボスも変える気はないからな。当分は俺とお前の2人で動くぞ」


 始めはラウルと面識があったミルクら三匹が報告係にされていたが、最近はケイトがずっと報告係をすると自分から言っている。


 別にミルクとウィルはなんでも良かったため、ケイトの望み通りになっているということだ。


 ボスもケイトとラウルが仲が良いのを見抜き、最近はずっとケイトに頼んでいる。


「ああ、あの時反対していれば……」


 ウィルは頭を抱える。まさかラウルとケイトが、こんなにも仲良くなるとは思っていなかったからだ。


「あの歳で守護者を務め、エデンの園序列第三位……加えて見た目もよく、めちゃくちゃ強い。俺等なんかとは文字通り住む世界が違うな」


「あああああぁぁぁぁ、それ以上いうなああああ」


 ミルクはため息をつくと、うずくまっているウィルの頭に手を乗せた。


「まあ、お前にもいい猫が見つかるさ」


「ケイトは!? ケイトじゃダメなのか!?」


「……ケイトはもう手遅れだ」


「あああああぁぁぁぁぁ!!」


 ウィルは悶絶する。ミルクはその様子を見ながら、再びため息をついた。


「俺もそろそろ交尾相手を見つけないとな……」


「お前はいっぱいいるだろッ! いつもあんなにメス猫に絡まれやがってよお!」


「あいつらは友達だ。そんな恋愛的な目で見ていないし、それは相手も同じだろう」


「あああああ! 本当、なんでこういうやつがモテるんだよっ! 世界はいつだって理不尽だ……」


 いつまで発狂してんだこいつ……とミルクは呆れながら、ロバートとマリーを監視する。


 監視というよりは、護衛に近い。


 ラウルはアレクサンダーとエミリー、そしてヘンリーの時間を取ってしまっているため、万が一マリーになにかあった時に誰も守れない。


 そのため力が強く、頼りになる護衛を猫のボスに要請したのだ。


「しかし、最近の俺等動きすぎじゃねえか? もう一週間は休んでねえぞ?」


「それだけ頼られているってことだろ。逆に、今までが休みすぎだったんだよ」


 今までは仕事なんてなかった。


 昼は寝て、腹が減ったら人間にエサをねだって、夜は集会で楽しくお喋りをするだけ。


 ごくたまにボスから『力』の使い方を教わるが、覚えているやつなんて半分もいない。


 ミルクとウィル、ケイトは比較的真面目な方だったためなんとか使えるが、そのせいで今は各地で引っ張りだこだった。


「はあ……疲れた。ケイトと喋りたい。休みたい」


 再びウィルはネガティブなことを言う。


「ワームの件が収まったら休みも出てくるだろ。それに、俺もこの悪臭にはうんざりとしていたからな。一刻も早く収まって欲しいんだが……」


「俺はもう慣れちまったよ。まあ、にしたって早く元通りになって欲しいけどな」


「また川が綺麗になったら、あの丘に行くか」


「ん? ああ、あの子供の頃3人で行ったところか。日の出がめちゃくちゃ綺麗だったな」


 2匹はうっとりと過去の光景を思い出す。


 その日はたまたま3匹で早起きをして、暇だからと遠くを走った。


 暗闇の中がむしゃらに走っていき、ちょっとした丘の上を登った時。


 ちょうど太陽が出てきて、その光が川に反射してとても綺麗だったのを覚えていた。


「そうだな……また、3匹で行くか」


 感慨深そうな顔をして、ウィルはそう言った。


「ケイトは誓下を連れて行くと言いそうだがな」


「そんなこと絶対に認めん」


 ウィルががんぎまった目でそう言ってくる。


 ミルクは はは、と笑うと、不思議そうに聞いた。


「誓下のなにが嫌なんだ? 話しも面白いし、あのような立場にいながらも俺等と対等に話してくれていると思うんだが?」


「………その完璧なところが嫌なんだ。まだ傲慢で見下してくれていたほうが好感を持てる」


 難しいやつだな。とミルクは苦笑した。


「なんであれ、俺等は神の信奉者だ。誓下の命令は絶対に聞くんだぞ」


「……分かっているよ。さすがに、任務に私情を持ち込むような真似はしない」


 ならいいんだ。とミルクは頷く。



「あっ、立ち上がったぞ、後をつけろ」




 今日も今日とて、見えない場所でミルク達は活躍する。




 

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