♢18ー《地下大聖堂》ー18♢
「あの、ミリアンヌさん」
「なんだい嬢ちゃん?」
「さっきから、どこに向かってるんですか?」
私達は今、長い螺旋階段を降りていた。もう降り始めてから数分はたつけれど、まだ着く気配がない。
「大聖堂だよ。悪魔を滅ぼすんだ、まずは実物を見ておいた方がいい」
そう言って暗闇の中、ミリアンヌさんはランプを持ちながら一歩一歩進んでいく。
だ、大聖堂? 地下に?
それに悪魔の実物ってどういうことだろう?
そんなことを思っていると、地上にある教会の見た目とは程遠い、あまりにも美しい装飾が施された扉に着いた。
「着いたよ。ご苦労さん」
ミリアンヌさんは扉を開けて進む。
中は地下なのに明るく、どこか別の空間に来たかのようだった。
「まさか地下にこんなものがあるとは……」
アレクさんも驚嘆する。
高い天井に、そこに描かれた無数の天使達。
左右には本物と見違えるようなルネサンス風の彫刻が置いてあり、神聖な雰囲気を出している。
「ここは私が小さいころに作られてね。ローマ教皇陛下のご加護が施されている。下級悪魔が入ろうものなら一瞬で灰になっちまうだろうさ」
す、すごい……でも、なんでその上にある教会があんなにボロボロなんだろう?
「地下に予算をつぎ込むあまり、肝心の教会で足りなくなってしまったようですね」
アレクさんが声を潜めて、ニヤニヤとしながら私に向かって言う。
ド直球で言うなこの人……
しかも皮肉を込めているあたり、ザ・イギリス人って感じがする。
「ふんっ、上の教会があんなにボロいのは、上級悪魔達の攻撃対象にならないためだ。他の大聖堂が攻撃され、もしも消滅しちまったときに聖地がないようじゃ、この国は終わるからね」
どうやら聞こえていたみたいだ。
アレクさんはおやおやと言いながら苦笑いをする。
おやおやじゃないよ……
そんな話しをしながら、豪華すぎる廊下を歩いていく。
これが大聖堂……行ったことなかったけど、本当にすごいな。
昔の人はどうやってこんな幾何学的なデザインを考えたのかすごく気になる。
するとミリアンヌさんが立ち止まった。
「この先が大聖堂の中心……気を引き締めな」
「は、はいっ」
気を引き締める……? 神様の前だから、煩悩を振り払えてきなことかな?
けれど、それは全くの間違いだったとこの先に行って知ることになる。
ミリアンヌさんに着いて行くと、先程の廊下よりも遥かに大きな部屋に出た。
円形状に作られており、どういうわけか太陽の光が差し込んでいるみたいに明るい。
中央には巨大な十字架があり、それを取り囲むように数多くの十字架があった。
十字架はどれも様々なデザインをしており、まるで十字架の市場みたいだった。
「綺麗……」
そうつぶやくと、私の隣――アレクさんの方からゴクリと唾を飲む音が聞こえた。
きっと感動しているんだろう。アレクさんは自分の知らないことが大好きだし、地下にこんな空間があると知っただけでワクワクとした表情をしていたからな。
こんな神秘的な光景を見て、感動しないわけがない。
そう思ってアレクさんの顔を見てみると、アレクさんの顔にはいくつもの汗が垂れていた。
目をむき出しにして中央にある十字架を見ている。
ど、どうしたんだろう?
思っていた反応と違いすぎて困惑する。
「あ、あれを……」
アレクさんがそう言った。
その視線の先には中央にある巨大な十字架があった。
あれがどうかしたんだろう? ……ん?
よく目を凝らして見ると、十字架の真ん中になにか小さななにかが貼り付けにされている。
いつものイエス像じゃないのかな。
そう思ったけど、形や大きさが違う。
『力』を目に集中させて、望遠鏡のように遠くを見る。
初めて試してみたけど、上手くいった。
「――――ッ!?」
十字架に貼り付けにされていたのは、クマのぬいぐるみだった。
目はボタンでできており、一見どこにでもありそうなぬいぐるみだ。
けど、あれは絶対にただのぬいぐるみじゃない。
その小さな体からはありえないぐらいドス黒いモヤが出ていて、すぐさま周りの十字架や背にある巨大な十字架に吸収されていた。
漂ってくる死の気配。
アレクさんも、ミリアンヌさんもいるのに、なぜか自分一人でいるような孤独な感覚に襲われる。
「あれが上級悪魔。階級は伯爵だ」
「「!?」」
上級悪魔!? 中級すら見たことないのに、上級だなんて――
〚ぐゲがッ! み、ミリあんヌが……?〛
腹の奥底から出てくるようなおぞましい声。動く気配はないのに、思わず身構えてしまう。
「なんだ。喋れるだなんて、随分と元気そうじゃないか」
ミリアンヌさんは笑う。まるで愉快なものでも見るかのように。
「こいつは十数年前、ロンドンに攻めてきて封印された愚か者さ。確かにこいつの力なら街の1つや2つ容易く滅ぼせるだろうが、ここは大英帝国の帝都・ロンドンだ。よりにもよってここに攻めてくるだなんて、全く持って滑稽だね」
〚………いガにみテいろ……サタンさバが顕現されレば、このグにはおしマいだ〛
「ふふ、サタンも哀れだねえ。せっかく地上に顕現できた悪魔がこの程度で、しかも見世物にされているだなんて思ってもないだろうさ」
ミリアンヌさんはそう言って、クマの人形に腕を突きつける。
すると、その腕から勢いよく光の粒子が出てきた。
〚がアアアアアアアアアアあああ!!!〛
「おっと、いけないいけない。うっかり滅ぼしてしまうさね」
おぞましい人形にも一切躊躇することなく攻撃する。
「これは傲慢ではないのですか?」
恐ろしく思っていると、突然アレクさんがそう言った。
「傲慢?」
「ええ、こいつは人の敵である悪魔。それを見世物にしようなど、はっきり言って正気ではありません。もしもこの場所が攻撃され、封印が解けたらどうするのですか?」
た、確かに。封印されている状態でもかなりの圧を感じるのに、これで封印が解けたらと思うと恐怖しか湧かない。
私からすると、今すぐにでも滅ぼしてしまったほうがいいように思える。
「………多くのエクソシストは、悪魔を恐怖している」
ミリアンヌさんが静かに言った。
「極稀にだが、舐めているバカもいる。そんな奴らをここに連れてくると、たちまちそいつらは考えを改め、恐怖していたやつもこれ以下の悪魔には怖がらなくなり冷静に対処できるようになる。要は、始めのうちにこいつを見ることによって、生存率が大幅に上げられるんだよ」
アレクさんはしばらく黙った後、頷いた。
「なるほど。納得しました」
「ま、あんたの考えも分からなくはない。だがね、こいつにはそんなリスクを背負ってでも、封印しておくメリットがあるのさ」
ミリアンヌさんは私を見る。
「お嬢ちゃんも、随分としっかりしているじゃないか」
「そ、そうですか?」
「ああ。初めてここに来た奴らは、腰を抜かすわ漏らすわで大変だからねえ。お嬢ちゃんもそうじゃないかと思って、私しゃふき物をいっぱいもってきちゃったよ」
そう言って、ポケットの中から大量の紙を出す。
……そんな風に思っているんだったら、早めに言って欲しい。流石にアレを急に見るのはびっくりする。
「まあ、流石はダイナモ使い様と言ったところだね。悪魔に腰を抜かしているようじゃ、滅ぼすだなんて夢のまた夢だ」
そうだよね……私だってこのレベルのやつと戦わなくちゃいけなくなるかもしれないんだ。
怖がらないよう、冷静にならないと。
〚グ、ゲへひひひㇶヒヒひひひ〛
突然悪魔が不気味に笑う。
ボタンでできているはずの目は、いやらしくねじ曲がっていた。
「なにがおかしいんだい?」
ミリアンヌさんが悪魔を睨む。
〚そうダなぁ、そウだなァ、ミりアんヌ。おレらに腰をヌかしたイるようじゃ、ホろボすだなんてユめのまタ夢だ〛
悪魔がゲタゲタと笑いながら言う。
〚おまェの弟子たチもそうダった〛
「………ッ」
ミリアンヌさんの顔が歪む。
〚だガ例外もいタな……あのおとコは諦めナかった。俺ガなんどうデをオろうと、妹をマもっていタっけな〛
すると、悪魔はニチャアと笑う。
〚だかラ、できるダけ残酷に妹をコロしてやった。そノ時の目は――がアアああああああ!!!〛
悪魔が強烈な光で包まれた。
「黙れゴミが」
先程の口調とは違う、殺気の籠もった声でそう言う。
私に向けられているわけじゃないのに、背筋が寒くなった。
「ミリアンヌ」
アレクさんがそう言い、ミリアンヌさんはハッと我にかえる。
「……見苦しいところを見せたね」
「いえ、そんなことはありません。もう十分ですので、戻りましょう」
ミリアンヌさんは頷いて、私達は大聖堂を後にした。
〚あノ小娘がコんだいのダイナモツかいか……フフッ〛
誰もいなくなった聖堂の中心で、悪魔はそう笑う。
〚ミリあンヌも、アノ男も、入れるなダが……あいツは無理だ〛
悪魔は悍ましい笑みを浮かべる。
〚ダッたラ……作ルか〛
そうして、ケタケタと一人笑った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます