♢17ー《変な老婆》ー17♢

「行ってきます……」


 ラウルがハリスに首根っこを捕まれながらそう言う。


 どうやら昨日、一緒に天界に行って準備に必要な物を取ってこようとしていたのに、ラウルが2時間も来なかったせいで今日になったらしい。


「行ってらっしゃい」


 私はできるだけ笑顔で手を振る。


 ハリスが「1日無駄にしやがって……」とグチグチ言いながら、ラウルを引きずっていった。


 あの調子じゃ、またグチグチ言われるな……


 昨日はすごかった。


 謝り続けるラウルを無視して、ハリスはずっと怒ってた。


 どうやら天界へ行くには決まった時間に指定された場所に行かないといけないらしく、わざわざ自分の正体を隠してまで申請したのに、それが全部無駄になったらしい。


 それは怒っても仕方ないわ……


「守護者様は大変ですね」


 私の隣にいたヘンリーさんがそう言う。


「そうですね。ところで、今日はヘンリーさんが指導してくれるんですか?」


 昨日の夜、ハリスは明日はラウルを連れてくから、ヘンリーに任せてあると言っていた。


 すると、ヘンリーさんはニコッと笑う。


「いえ、私は悪魔を滅ぼすというお仕事がありますからね。今日は、とあるお方にお願いしに行きます」


「とあるお方? お前そんな人脈まで持っていたのか」


 アレクさんが少し驚いたようにそう言う。


 するとヘンリーさんは苦笑した。


「旦那様もよくご存知のお方ですよ」


 その言葉に、アレクさんが珍しくゲッとした表情をする。


「待て。もしや、そのお方っていうのは――」


「ええ、シスター・ミリアンヌです」


「……シェフからフライパンを借りるか」


「それがよろしいかと」


 ふ、フライパン? なんでだろう。料理でも振る舞うのかな?


「エミリー様はお会いしたことがありませんよね。シスター・ミリアンヌはイギリスで最も強いエクソシストと言われているお方ですよ」


 え! すごい。そんな人に教えてもらえるんだ。


 少しだけワクワクする。


 すると、アレクさんがゲソっとしながらこう言った。


「そんなに期待しない方がいいですよ。彼女は少し……いや、かなり変わった人ですから」


 アレクさんにこう言わせるだなんて、どんな人なんだろう……




 ◇◇◇




「では、行きましょうか」


 準備をし終わった後。


 ヘンリーさんはそう言って、扉を開けてくれる。


 ありがとうございますと言って、扉をくぐり抜けた。


「馬車で行きますか?」


「どうせ嫌味を言われるんだ。健気に徒歩で行った方がいいだろう」


「それもそうですね」


 3人で他愛のない話しをしながら歩く。


 意外と時間はかかることなく、20分ほどで着いた。


 そこにあったのは、かなりボロボロの教会だった。


 私が見てきた教会よりも一回り小さく、人がいるようには見えない。


 アレクさんが気だるそうに扉の目の前まで行く。

 

 私も一緒に行こうとしたら、ヘンリーさんに止められた。


「エミリー様はここで待機を」


「は、はい」


 確かに、見ず知らずの私がいたらミリアンヌさんも困惑するかもしれない。


 そんなことを思っていたけど、どうやら違うみたいだ。ヘンリーさんが疲れたような目でアレクさんを見ている。


 アレクさんはフライパンを片手に、ドアをノックした。


「シスター、私です。アレクサンダーです。開けますよ」


 そう言ってドアを開ける。



 その瞬間、アレクさんに向かって4つの包丁が飛んできた。


 アレクさんは持っていたフライパンで全てを弾く。


「また来たのかいこの悪ガキがッ!」


 扉の奥から出てきたのは、修道服を着た老婆だった。


 見た目からかなりの老齢で、その顔には深い皺がいくつもある。


「やれやれ……相変わらずですね。ヘンリー、」


 ヘンリーさんがそう呼ばれて、なにやら白い包み紙に巻かれた物をアレクさんに渡した。


「こちら、40年もののワインです。どうぞ、お納めください」


 ミリアンヌさんはバッとアレクさんからワインを取ると、包み紙を取ってニンマリと笑った。


「話しだけは聞いてやろう。ほら、お入り」


 そう招かれて、私は後から教会に入っていく。


 教会の中を歩いていると、多くの子供たちが出てきた。


 パッと見て、15人くらいはいる。


 小さな赤ちゃんもいれば、中学生くらいの男の子もいた。


 皆、興味深そうに私を見る。


 もうこの時代の服に着替えているし、別におかしいところはないと思うんだけどな……


 そう思いながら、手で髪をかく。もしかしたら寝癖がついているんじゃないかと思ったからだ。


 そうしている間に、私達は応接室のようなところに招かれた。


 すると、ミリアンヌさんがコーヒーカップを2つ持ってくる。


「どうぞお嬢ちゃん」


「あ、ありがとうございます」


 ミリアンヌさんは私にコーヒーカップを渡すと、もう一つは自分の分なのか、一口飲んでから口を開いた。


 どうやら、アレクさんとヘンリーさんの分はないらしい。


「それで? クソガキどもが今頃私になんのようだい?」


 ミリアンヌさんは2人をキッと睨む。


 お年寄りとは思えない、人を射殺すような鋭い眼光だ。


 すると、アレクさんが静かに要件を説明する。


「私とエミリーに、力の使い方を教えてください」


 その言葉に、ミリアンヌさんは酷く驚く。


 そして、ヘンリーさんに向けて勢いよく視線を移した。


「あんた……この2人に言ったのかい!?」


 ヘンリーさんは首を横に振る。


「いえ、言ったのは私ではありませんが……仕方なかった。これは断言できます」


 ミリアンヌさんは はあ……と驚いたように息を吐くと、ヘンリーさんに向かっていった。


「なにがあったかは聞かないでおいてやる。聞いたところであんたは答えないだろうしね」


「助かります」


「んで? そっちの2人は? なんで力の使い方を知りたいんだい」


 私とアレクさんの方を見てそう言う。


 なんて答えればいいんだろう……


 そう思っていると、アレクさんが答えた。


「悪魔を滅ぼすためです」


「!?」


 嘘偽りなくそう答える。


 ミリアンヌさんが驚いた表情をし、少しだけ沈黙する。


「……ウェストミンスターの件かい」


 !?


 な、なんでそのことを……


 驚く私とアレクさんを見て、ミリアンヌさんは笑った。


「あんな騒ぎになっていたら嫌でも耳に入るさ。そして、私のところにも要請が来ている」


 そう言って、ミリアンヌさんは一通の手紙をテーブルの上に置く。


 アレクさんがその手紙に書かれていたマークを見て、酷く驚いた。


「これは……ッ!」


「ウェストミンスターのことについて協力して欲しいと書かれてある。いつもだったら考える間もなく断るんだけどね……他でもない女王陛下の頼みだ。私は協力するつもりだよ」


 どうやらその手紙は、イギリスの女王からの手紙らしい。


 そんな人から頼まれるだなんて、イギリス1っていうのは本当だったんだ……


 口からかなりお酒の匂いがするし、修道服のポケットからはタバコのような物まで見えている。


 正直、一目見た時は全然信じられなかった。


 そんなことを思っていると、 けれど、とミリアンヌさんは言葉を続ける。


「協力もなにも、私にはなんの手がかりもない。ひとまずは様子見をしようと思っていたが、そこでアレクサンダー。あんたが来た。お前達はなにか知っているんだろう?」


 鋭いなこの人……


 その慧眼に驚いていると、ヘンリーさんがアレクさんに向かって言った。


「もう話してしまいましょう。どうせ、いつかはバレるのでしょうし」


 アレクさんはそうだな……と言うと、ここに来た経緯を話した。


 ウェストミンスターにラムトンのワームが眠っていること、私がダイナモ使いのこと(アレクさんもダイナモ使いなことは、混乱させるため言っていない)、一刻も早くワームを滅ぼしたいということなどだ。


 それを言い終えると、ミリアンヌさんは勢いよく私を見る。


 その顔にはいくつもの汗がたれていた。


「あんた……いや、あなたは使い手様なのですか?」


 慣れていなさそうな敬語でそう聞いてくる。


 私は少しだけ戸惑ったあと、質問に答えた。


「は、はい。一応……」


 そう言うと、バッとミリアンヌさんが土下座をする。


「んなッ!?」


「え!?」


 アレクさんもヘンリーさんも驚愕する。私もだいぶ驚いていた。


「ご無礼をお許しください。誓下」


 そう、静かに私に向かって言ってくる。


 私はなにがなんだか分からず、あたふたとした。


「い、いえそんなっ!顔を上げてください!」


 ミリアンヌさんは顔を上げるけど、姿勢はそのままだった。


 そうじゃないと思いつつ、なんとか起き上がってもらえるよう苦労する。


 そこからもとの姿勢に戻すまで、10分はかかった。


「私はそんなに偉くもないので、さっきの態度で十分ですよ」


 そう言うけど、ミリアンヌさんは受け入れない。


「なにをおっしゃいますか。その崇高なる使命を背負う貴方様に敬意を払うことはごく当然のことでございます」


 どうしようかと困っていると、アレクさんがミリアンヌさんに向かって言った。


「誓下? が頼まれているのに、それに応じないというのはどうかと思いますよ」


 その言葉に、ミリアンヌさんはグッと唸る。


 そしてしばらく悩んだ後、ため息をついてから喋った。


「ったく。お嬢ちゃん、この喋り方でいいんだろ?」


「は、はい。そっちの方が落ち着きます」


「ふっ、変わった子だね。あんたらも、この子を見習いなっ!」


 アレクさんとヘンリーさんは少しだけげんなりとする。


「それでは、力の使い方を教えてくれるということでよろしいですか?」


 ヘンリーさんがそう聞くと、ミリアンヌさんはフッと笑った。


「誓下に頼まれて断れるはずがないよ。それに、ワームを殺すためだろ? 女王陛下からも頼まれているし、むしろこっちが教えさせてくれっていいたいぐらいだ」


 その言葉に、私達はホッとする。


 ハリスの計画はかなり綿密に作られていて、時間もないだけに一刻の猶予も許さない。


 一週間じゃなくてもいいんじゃない? って言ったけど、「目標は高い方がいい。そして、それを達成してこそ俺等は10歩前に進めるんだ」と言って聞かなかった。


 変なところで頑固だけど、ハリスは自分に厳しいんだよな。


 ………人にも厳しいけど。


「それでは、後はお任せします。私は先に悪魔を滅ぼしておくため、これにて失礼します」


 そう言ってヘンリーさんは部屋を出ていく。


 3人だけになると、ミリアンヌさんはよしっと声を上げる。



「それじゃ、早速だけど始めるよ。私についてきな」








 

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