♢16ー《力の使い方》ー16♢
真っ白な空間。
そこそこ広い空間で、ラウルは私とアレクさんと向き合っていた。
「はあ、はあ、おえっ……」
「意外とやるじゃんエミリー。アレクさんは……流石ですね」
私はあまりの気持ち悪さから、膝をついて手で口を覆う。
アレクさんは辛そうながらも、ピシッと立ってラウルと対峙していた。
「エミリーはもう限界だね。休んでいていいよ」
「えっ、でも、まだアレクさんがやってるのに――」
「私は大丈夫です。次に私が長く休憩できるよう、しっかりと休んでいてください」
私が気後れしないようにそう言ってくれる。
ラウルは関心した様子でニッと笑うと、後ろから無数の光の柱が出てきた。
「次は耐えられるかな?」
一斉に光の柱がアレクさんに迫っていく。
これにはアレクさんも苦笑いをしながら、両腕を前に出した。
〜1時間前〜
「それじゃあ、今から悪魔を撃退する方法――『力』の使い方を覚えてもらうよ」
屋敷の広い庭。緑の芝生が広がった場所で、私とアレクさんはラウルにそう言われる。
ハリスは一週間後の準備に向けてどこかに出かけていて、ヘンリーさんは悪魔を祓いに街へと降りていった。
アレクさんはヘンリーさんが悪魔を祓えると知った時、驚愕するのと同時にどこか寂しそうにしていた。
その寂しそうな横顔は、今でも忘れられない。
すると、ラウルが喋り始めた。
「この『力』には正式な名前がない。信仰している宗教によって性質が若干違ってくるし、いろんな場所で様々な呼び方をされているからね」
ラウルはそう言うと、綺麗な光の玉を浮かばせる。
これがさっき言っていた『力』の塊らしい。
「魔法みたいに、使う力の名前を唱えればいいの?」
映画や小説みたいにできるんじゃないかと、少しわくわくする。
「いや、そんなことはしなくていい。アレクさん、こっちに来てください」
そう言われてアレクさんはラウルのもとに行く。するとラウルはアレクさんの額に肉球を当てて、なにか光を流し込んだ。
「おお! これは……」
アレクさんの体が小刻みに震える。
ラウルは光を流し込むのを辞めると、アレクさんに向かって訪ねた。
「どうですか?」
「……なんとも言えない感覚です。……ふんッ!」
アレクさんがそう言うと、体が淡く光始めた。
まるで体を電球に変えたかのように淡く輝いている。
「お見事です」
ラウルは当然のごとくそう言った。
「……ヘンリーめ、いつもこれを使っていたのか。どうりで、体のリミッターが外れていたわけだ」
アレクさんは自分の手のひらを眺めながらそう笑う。
するとラウルは私を見た。
「エミリーも、ほら」
ラウルはその小さな手を前に出す。
「う、うん」
少しだけ緊張しながら、私は髪をかき上げておでこを出した。
ペタっと肉球がおでこにつけられる。
そのなんとも言えない気持ちいい触感を感じていると、頭の中になにかが流れ込んできた。
「ッ!」
それは私の頭を通ると、骨、神経へと広がっていく。
それが全身を回った時、ラウルが肉球を離した。
「どう?」
……すごい。自分の体の構造が鮮明に分かる。
どこに胃があって、どこに脳みそがあるのか。
血管の、神経の一本一本を感じる。
自分の中に、光があるかのようだった。
「なんだか、なんでもできそうな感じがする……」
溢れ出る万能感。
私が昔読んだ本によると、人は普段脳を10%しか使っていないらしい。
けど、今は違う。
100%どころか、150%も使えていそうな感覚。
これで勉強をしたら、一瞬で覚えられそうだ。
「それじゃあ、それを体の中で高速で巡回させてみて」
「こ、こう?」
先程アレクさんがやっていたように、フンッと体を力ませる。
自分の中にある光が高速で巡回するよう意識してみた。
すると、私の体から光が溢れ出てきた。
始めは淡い光だったそれは段々と輝きを増していき、今では目を開けられないほど光っている。
「ま、待った待った! ゆっくり、そうゆっくりと巡回させてみて」
ラウルが焦ったような、驚いた声でそう言う。
「わ、分かった」
体の中で高速に巡回している光のエネルギーを、まるで川が流れるようにゆっくりと巡回させる。
すると光がだんだんと収まっていき、淡い光になった。
な、なにか失敗しちゃったのかな?
そう思って2人の方を見てみると、ラウルは驚愕。アレクさんは呆然としていた。
「……ここまでだったなんて…」
ラウルはそう言いながらも、どこか悲しそうな顔をする。
アレクさんはしばらく呆然としていると、我に返ったようにハッとした。
「……今なら、エミリーが天使だと言われても信じられます」
そんな大袈裟なことを言う。
「いや、そんな――」
「いえ、本当に」
食い気味にそう言われる。
……なんだかマジだ。
すると、パチパチと拍手が聞こえてきた。
ラウルだ。
どこからその音を出しているのか、不思議に思う。
「流石はエミリー。僕の相棒だ」
先程の悲しそうな顔とは一転して、誇らしげな顔になっている。
「えっと……今ので良かったのかな?」
「もちろんさ。ここまでの光は初めて見たよ」
手放しでそう称賛される。
なんだか、少しむず痒いな……
すると、ラウルは急に真剣な面持ちになった。
「エミリー、さっきの力はあまりにも大きい。悪魔と戦うときは、今程度の力で戦ってくれ」
「わ、分かった」
そんなに強かったかな……?
頑張ればもっといけそうな気がするとは言わなかった。
「しかし、流石はダイナモに選ばれし使い手……こんなにも早く、力の巡回をマスターするなんて……」
「普通はできないのですか?」
「できないことはないんですけど、天界の住民でも幼少期から学んで、マスターするには3年ほどかかります」
えっ、これに3年?
1.2日ならまだ分かるけど、3年って……
ラウルの教え方が美味かっただけじゃないのかな?
「てか、普通だったら力をマスターするのに3年もかかるのに、一週間以内に悪魔と戦わせようとしていたの?」
それってかなり無茶なんじゃ……
「できなかったら僕とハリスで全部やってたさ。まあ、僕はできると思ってたよ。なんたって、ダイナモ使い――英雄なんだから」
ラウルはそう言って微笑む。
英雄はアレクさんだけでしょ……正直、私はアレクさんみたいになれる自身がない。
彼のような心の広さも、路地裏で困っている人を助けるような正義感も私にはないんだから。
「じゃあ、次のステップに移ろうか」
ラウルがそう言うと、急に私とアレクさんは浮き上がった。
「「なッ!?」」
「これが最も汎用性が効いて、最も使われる力。イギリスでは魔法と呼ばれるものだよ」
私とアレクさんを合わせたらかなりの重さになるはずなのに、ラウルはまるで紙でも持つかのように平然としている。
そして、丁寧にそっと降ろされた。
「こ、この力にはどう対処すればいいの?」
見えない力になんて対処できるはずがない。
こんなのを悪魔が使ってきたりでもしたら、一瞬でやられてしまう。
するとラウルは私達を見て頷いた。
「今でも力を巡回させてるね。じゃあ、その力を少しだけ目に集中させてみて」
そう言われて、さっきの力を目に集中させてみる。
すると、光のモヤが見えた。
薄っすらとだけど、ラウルの背中から出ている。
「これが、力を外に出した状態。自分の体内にある力を、外に出してみて」
すると、アレクさんの腕から光のモヤが出てきた。
「おお、これはできたのでしょうか?」
「……ッ! はい、流石です」
ラウルはだいぶ驚いている。どうやら、これはさっきのと比べてかなり難しいらしい。
私も頑張らないと……
そう思いながら、体の中にある光が外に出るよう頑張ってみる。
すると、大量の光のモヤが外に出た。
それは留まることを知らず、辺りを光で満たしていく。
光のモヤは不思議だった。まるで自分の手足のように動かせて、なにに触れているのかがすぐに分かる。
「ストップストーップ!!」
ラウルに慌ててそう言われ、モヤを出すのを止める。
「じ、自分の中に戻してみて!」
じ、自分の中に戻す……? こうかな?
袖から出た腕を服の中に引っ込めるように、体の中に戻していく。
アレクさんの屋敷を包みこんだ私のモヤは、全部私の中に戻っていった。
「はあ、はあ……やばいな」
ラウルが息を切らしながらそう言う。
アレクさんは「これが英雄か……」と呟いていた。
いや、英雄はあなたでしょ……
「エミリー……君は自分が出せる限界よりも、数十倍小さく出してみて。それ以上は禁止ね」
そ、そんな……せっかくできるようになったのに……
てか、今のもそんなに出そうとしていなかったんだけどな。
自分の手から、もう一本腕を生やすようにモヤを出そうとしただけなのに。
意外とこの操作が難しい。
「どうしよう……今日はいっても、力を外に出すだけで終わりにしようと思ったんだけどな……」
ラウルに教えられてから、まだ10分かそこらしか経っていない。
今辞めにするのはいささか早かった。
ラウルがなにかぶつぶつ言っていると、アレクさんが考えごとをするように顎に手を当てる。
「これはもしや……」
アレクさんがそう呟いて、遠くに生えていた庭の木に向かって手を突き出す。
すると、そこそこの大きさがあった木がまるで小枝のごとく折れた。
「んなっ!?」
「おや、やはりできましたね」
驚愕するラウルに、満足するアレクさん。
あんな簡単に木が折れるだなんて……私もやってみよっと。
流石に人の家の木を折るわけにはいかないので、雲を晴らしてみようと天に腕を突きつける。
「ま、待った待った! なにをしてるんだエミリー!?」
「えっ、なにって、アレクさんと同じことだけど?」
ラウルは唖然とする。私の腕と雲を交互に見ていた。
「……エミリー、僕がいない時に、力を外に使うのは禁止だ」
「えッ!?」
せっかく使えるようになってワクワクしていたのに……
がっかりしていると、アレクさんがハッハッハと笑った。
「エミリーはそのうち、街を破壊しそうですね」
「本当にやりそうで怖い……」
失礼な。流石にこんな力を街中では使わない。
そもそも、私は力をひけらかしたい願望もなければ、それを使って叶えたいこともないしね。
けど、こんな一瞬でここまでの力が使えるだなんて……
この力が広まったら、世界はやばそうだ。
「……今日はここまでにしよう。てか、もうこれ以上は学ばなくていいよ。十分に悪魔とも戦える」
ええ、そんな……
もっと色々と試したかったのに。
アレクさんも満足していないのか、どこか不満げな様子だ。
ラウルはそんな私達を見て小さくため息をつくと、仕方がないようにこう言った。
「じゃあ、僕と模擬戦でもする?」
「え? ラウルは大丈夫なの?」
力を習ったばかりだけど、今の段階だけでも私達は戦車並の力を持っている。
ラウルが怪我をしないか心配だ。
すると、ラウルはやれやれと顔を振った。
「僕を舐めすぎだよエミリー。流石に、力を習ったばかりのヒヨコには負けないさ」
ラウルがそう言うと、辺りが真っ白く包まれる。
「ここは……」
アレクさんは心底驚いた様子だ。
私はもう3度目なので、全く驚かない。
「ここは僕が作り出した……仮想空間? とでも言うのかな。まあ、ここだったらいくら暴れても大丈夫。存分に攻撃していいよ」
「え、でも――」
私がそう言いかけた時、ラウルのいた場所が大爆発した。
「!?」
横を見ると、アレクさんが腕を突き出していた。
「あ、アレクさん!?」
「大丈夫ですよ。彼はあの程度では死にません」
アレクさんは冷静にラウルがいた場所を見つめている。
爆発で起こった煙が晴れていくと、そこには無傷のラウルがいた。
どうやって回避したのか、目に力を集中させても分からない。
「その通りだよエミリー」
ラウルはそう言うと、その両目が紫色になる。
「全力でかかってこい」
「ッ!?」
ラウルから出たとは思えないその圧に、思わず私は力を出していた。
ドオオオオオオオンッ!!!
そう大きな音がなるが、感触はない。
逃げたのかな? と思って見てみると、相変わらずそこには平然とたたずんでいるラウルがいた。
「その程度? じゃあ次は、僕から行くよ」
そう言って、ラウルは後ろから光の柱を出した。
◇◇◇
そして今に至る。
私とアレクさんの攻撃は全部避けられて、思いもよらないところからラウルの光のモヤや柱が攻撃してくる。
防御にはこっちも光のモヤを出せばいいんだと気付いたけど、そこからはもう防戦一方だった。
力はまだあるけど、ずっと集中し続けていたから気持ちが悪い。
少しだけ横になりたかった。
対するアレクさんは、なんというかこう……すごい。
私と同じようにずっと集中しているはずなのに、最小限の動きでラウルの攻撃を避け続けている。
今も、光の柱をまるで踊るように避けていた。
「すごい……」
前々から思っていたけど、この人何者なんだろう?
少なくとも一般人じゃないことは分かる。
確か過去で、マリーを触る資格がないとか言ってたな……
それとなにか関係があるのかな?
そう思いながら見ていると、アレクさんはいつの間にかラウルの眼の前にいた。
「なッ――!?」
ラウルが驚いた様子で後ろに下がる。
けどそれはもう遅く、アレクさんは腕を振り落とした。
「ラウルッ!」
煙が立ち上がって、状況がよく見えない。
もしかしたら、怪我をしているのかも。
走り出そうとしたその時、煙が引いた。
「!?」
そこにいたのは、腕を振り落としたアレクさんと、そのすぐ後ろにいるラウルだった。
アレクさんは諦めたかのように目を瞑っている。
「参りました」
そう言って降参した。
な、なにが起きたんだろう……
私から見たら、あの一撃は絶対に避けられないと思った。
絶対に当たったと思ったのに、なんで……
私がまだ知らない力を使ったのかな?
あの光の柱もどうやって出したのか分からないし、なんというか分からないことだらけだ。
「……負けるかと思いましたよ」
ラウルは安心したようにはあ、とため息をつく。
「私も、勝ったと思ったのですけどね」
アレクさんはそう言って笑う。
負けても、なんだか楽しそうだった。
「あれ、今って何時だろう?」
私がそう言うと、2人はまるで忘れていたと言わんばかりに「「あっ」」と声を出す。
ラウルがダイナモを見ると、時間はもう昼の4時だった。
「ま、まずい。今日はハリスに2時までだって言ってたのに……」
ラウルがそう言うと、真っ白な空間がパリンッと砕ける。
そしてその空間が砕けた先にいたのは、見るからに激怒しているハリスだった。
「……なにか言い訳はあるか?」
圧のある、重い声でそう言う。
ラウルは目を泳がせた後、こう言った。
「えーと……ごめんね?」
その時、昨日アレクさんに向かって放たれた蹴りが、今度はラウルに向かって放たれた。
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